第6話 出会った二人 その3


「ま、最初は辛いだろうけど頑張ってとしか言えませんね」


「そんな、クラスメイトの危機なのに助けてよ~」


「ふぅ、クラスメイトのよしみで優しくします」


 そう言って上着を脱いで準備に入る俺に彼女は素っ頓狂な声を上げていた。


「えっ、ちょっ!? ほ、本当に、す、するの!?」


 こっちも同級生とやるなんて想定外だ。今日はバイトをして報酬を貰って帰るだけだったのに本当に面倒な事になった。このパターンは俺だって初だ。


「それが仕事ですので……時間も無いしサクッとやろう、明日も学校なんで」


「あっ、学校……もう、行けないんだ……ううっ……」


 もう何度目か彼女は泣き出していた。普通ここまで来れば大体の女は諦めるのに彼女はまだ諦めきれないようだ。


「お父さん、お母さん……何で、尊男も……どうして」


「世の中そんなものです……親なんて平然と子を見捨てるし肝心な時に他人は助けてくれない、結局は金なんですよ天原さん」


 これは俺自身の経験談だ。実の父から家を追い出された俺だから言えると同時に、その親の庇護下でもある矛盾だ。親が金持ちだったから一人暮らしなんて出来ている。だから自分で金を作って親から独立しようと必死なんだ。


「でも私は……私は……」


 ただ正直な話、泣いてる女は抱きたくない。理由はいくつか有るが俺は、とある病気で症状が高まると破壊衝動が強くなり相手を傷付けることが多々あった。過去にそれが原因で家を追い出されたしジローさんと出会ったきっかけでもある。


「はぁ……少し気が変わりましたので上と話をして来ます。逃げようとしたら庇えないので変な事は考えないように、いいですね?」


「うん……分かった」


 だけど結局は今のすら言い訳で、俺は親や幼馴染に見捨てられた彼女の境遇を自分に重ね合わせ同情し二の足を踏んでしまった。だからジローさんの所に戻るなんてバカなことを言ったんだ。




「ああん!? セイメー、てめぇ今、な~んて言った?」


「いえ、その……お、俺は……」


 やっぱり怖い、怖過ぎる。俺は彼女の処遇を考え直してはどうかとジローさんに提案していた。この人に意見するのは世話になってから初だ。


「もう一度チャンスをやる、さっさと終わらせてこい」


「そうよセイメー、同級生ちゃんに同情するの分かるけどさ、ジローさん怒らす前に帰りなよ、ね?」


 二人でピザにハイボールとか宴会やってるからワンチャン有ると思ったがダメだった。やっぱり二人とも普通に夜の街の住人で情けなんて一切無かった。


「…………彼女は、この仕事に向いてません沈めても、すぐに壊れて大した額も回収出来ません、だ、だから――――」


「まさかオメー惚れたか?」


「ちっ、違います――――「じゃあ同情か、セイメー前に話したよな? 任侠だとか仁義なんて安っぽい時代は終わった、今の極道は金と頭だってよ」


 それにコクリと頷く、俺がジローさんと知り合ってから何回も聞かされた話で情けは捨てろ自分だけ助かればそれで良いという話だ。


「俺の前ん組の組長は意地を通してサツにパクられシマ奪われた挙句に最後は組が空中分解、おかげで俺ら下っ端は路頭に迷った、くっだらねえ意地を通した結果だ」


「は、はい……」


「よ~し、分かったなら行け見逃してやる」


 だけど俺は動かなかった。自分でも何で意地になってるのか分からないけど久しぶりに俺の中で何かゆずれない思いが有って自然と口を開いていた。


「……あっ、飽くまで提案です、しっ、沈めるより俺の助手とかっ――――ぐふっ」


 次の瞬間、頬に鋭い痛みが入って俺は殴り飛ばされていた。少し遅れてレナさんの悲鳴も聞こえる。口の中では血の味がして何で俺はこんな事してるんだろうと倒れて震えながらジローさんを見た。


「オメーはまだカタギだ、だがグレーなのは分かってんだろ? 俺をこれ以上失望させっ――――ん?」


 ジローさんが言葉を止めたと同時にガチャっと後ろのドアが開いて入って来たのは顔面蒼白の天原さんだった。何で部屋から出て来てるんだと彼女を睨みつける。


「あまっ、はら、さん……何で出て来て……」


「葦原!! な、何でっ!? どうしてよ!?」


「そ、それは――――「早く部屋に戻れ、今はガキのしつけの時間だ。逆らったらどうなるか体でな?」


 俺が恐怖で立ち上がれないでいるとジローさんが倒れている俺の頬をペチペチ叩いて説明する。そのタイミングで彼女と目が合って思わず顔を背ける。今の情けなくて惨めな姿を彼女に見られたくなった。


「こ、こんなのひどい……」


「これが裏の世界の掟、セーメイはあんたを庇って上の命令に逆らったからアンタの代わりに罰を受けてるの、これ基本だから」


 レナさんが首を振りながらヤレヤレと肩をすくめて言う。そのまま酔いが醒めたから帰ると言って部屋から出て行ってしまった。面倒事はごめんなのだろう。


「そ、そんな……わ、私、こんな事になるなんて……」


「ったく、めんどくせーな次は無いぞセーメイ!!」


「うっ……ぐっ、でも話をっ――――「と、とにかく行こ葦原!!」


 彼女は何を思ったか俺に肩を貸して起こすと先ほどの部屋へ戻ろうとしていた。止めようとしたがジローさんも後ろから付いて来て最後には二人揃って部屋に押し込められていた。


『いいかセーメイこの部屋から出たけりゃヤって来い、見張りも置いておくから下手な事は考えるな、次は無い』


 ドア越しにジローさんはそれだけ言うと外から鍵を掛けた。俺は口の端から血を流し隣に座る天原さんも頬の殴られた痕が痛々しく、お互いに散々な姿だ。




「そ、その……ごめん」


「いいさ、自分でも柄じゃないって……思ってる」


 血は止まったけど口の中はまだヒリヒリする。これからどうするか扉の前でジローさんか部下が見張ってるだろうしと考えていると天原さんが口を開いた。


「そっか……じゃ、じゃあ、その……し、しよっか」


「え? いいの? その……須佐井の事とか」


 俺が口にした瞬間、彼女は突然ムッとした顔をして俺を睨んだ。どうしたのだろうかといぶかしんでいると彼女は口を開いた。


「いいのよ、あんな奴なんて、もうどうでもいいし!!」

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