第4話 出会った二人 その1


 迂闊に名前を呼んでしまったが今は変装していたのを思い出し冷静になる。この変装がバレた事は一度も無いからだ。


「初めまして自分はセーメイと申し――――「葦原でしょ!! な、何でここにいるのよ!! あんたも借金取りの仲間!?」


 再度セーメイと名乗るが完全にバレていた。やはり名前を呼んでしまったのが仇になって偽装もバレてしまったようだ。


「他人の空似では、ないですか?」


「ウソよ!! だって、その眼……学校と同じだしっ!! 他は全然違うけど……」


 しかし彼女の言う眼が同じというだけで分かるものなのか。色々と頭を働かせるが今から騙すのは無理だ。目の前の少女は冷静を取り戻し言葉には少しの怒気まで滲ませている余裕が有った。


「はぁ……ったく最悪だ、学校の人間にバレるなんて」


 改めて観察したら頬も赤く腫れていてスカートから伸びる膝にも血が滲んだ絆創膏が貼られていた。


「やっぱり、本当に……じゃ、じゃあ助け――――「無理だ」


 何を言ってるんだ何の対価も無しに助けてくれるなんて頭がおめでたいと言う言葉を俺は必死に飲み込む。これでも一応はジローさんの店の商品で、そこは知り合いであっても関係は無い仕事をするだけだ。


「天原さん、まず君は今から風呂に沈められる」


「風呂に沈められる? こ、殺されるの!?」


「違う、説明受けましたよね? 無い頭で少しは考えて下さい」


「は、はぁっ!? 私そこまで頭悪くないから!!」


 これも新人研修なのかとジローさん達を恨みながら俺は話を進めようとするが目の前の天原さんは納得出来ないのか文句ばかりだ。だが俺はそれも完全無視を決め込んで強引に説明を進めた。


「以上です……条件は――――」


「こんなの嘘、さっきの女の人も皆、み~んな、ウソツキじゃない、何で私が」


「は? レナさんを嘘つき呼ばわりは止めろよ」


 あの人は女性では俺の病気を聞いて軽蔑しなかった最初の人だ。何も無くなった俺に夜の街のいろはを教えてくれた恩人でもある。


「ひっ!? そ、そりゃ美人だけど、しょせん体売ってる人でしょ……そんなの」


「はぁ、君が夜の仕事をどう思っても構わないが今から同じ仕事やんだよ、しかもさっきの人は売り上げトップだ、馬鹿にすんな!!」


「ひっ、大声出したって……ううっ、な、何で……誰も……助けてくれないのよ」


 思わず怒鳴っていて天原さんはまた泣き出してしまった。これじゃジローさんと同じだ……いつものように説得と店に馴染ませるのが俺の仕事、知り合いが来るなんて初だから焦っているようだ。


「むしろ良かったですね天原さん、この店は本番は必ずゴム有りで破った場合、客には制裁、嬢にはアフターピルは無料で罰金無しの良心的な店です」


「ご、ゴムってコンドームよね!? そ、そんな事するの!?」


「風俗店しかも裏風俗ですから普通の店ではNGでもここは違う、手早く稼ぐにはサービスを充実させなくてはいけませんからね」


「そ、そんな……アタシそんな事したこと無いし無理だよ……嫌ぁ、助けて……たか、お……くっ、誰も居ないんだ、ううっ……うっ」


 説明しただけでまた泣き出してしまった。それに須佐井の名前が出て少しイラっとした。だが、この状況で頼るのなんて家族か彼氏くらいだし仕方ない。とにかく彼女を落ち着かせようと話を聞くことにした。


「少しなら事情を聞きますよ」


「ほんと? じゃ、じゃあ聞いて!!」


 やはり女性は話を聞いて欲しいタイプが多いと実感する。このバイトを始めてから知ったことだ。



――――綺姫視点


 私、天原綺姫あやきどこにでもいる普通の学生だった。つい数時間前に両親の借金が判明するまで私は本当に普通の女子高生だった。それに目の前に現れた同級生の変貌にも驚いた。


「では最初から話して下さい」


 とにかく私は今日一日の怒涛の連続で心も体もボロボロだ。無理やりこの店に連れて来られ目の前の同級生、葦原星明あしはらほしあきに非常な宣告をされ絶望した。でも同時に彼と話すのは少しドキドキしている。


「う、うん……朝さ挨拶して少し話したでしょ?」


「ええ、鬱陶しかったです」


 そうだったんだ。彼は学校では物静かで学校では「陰キャ」なんて呼ばれていた。私はそういう言葉は好きじゃないから使わない。だって人を差別してるみたいで嫌だったから。


「え、えっと……放課後まで暇だから夏休みのバイト何しようかって図書室で雑誌とフリーペーパー見てたんだ」


「部活は?」


「私、放課後はバイトしてて部活入ってないから」


 なるほどと言って彼は頷く。やっぱりあの眼だ。実は今の前髪とメガネで隠れていた顔を私は前に一度だけ見たことが有る。去年、図書室で眠っていた彼がうなされていた時に実はコッソリ見ていた。


「そうですか、では続きをどうぞ」


「う、うん……」


 話をしながら私は彼を見る。今年からクラスが同じになって気付けば彼の眼を見るようになっていた。だって、いつも悲しそうな眼をしていたから。


「尊男……ううん、須佐井が一緒に帰ろうって言うから部活終わりまで待ってた」


 大事な話が有るから部活が終わったら話したいと言われた。そして校門で待ち合わせて私は帰り道をドキドキしながら歩いていた。


「私さ、分かったんだ告られるって……やっと告られるってさ」


「はぁ、良かったですね~」


 なんか全然興味無さそう。他人の恋バナって普通すごい食いつきいいのに私も好きだし、でも何か彼はノリが違う。


「そこまではね……それでさ家に着いたら、あいつらが居たの」


「あいつら? ああ八岐金融の二人ですか、ムツゴローコンビが担当だったらしいですね可哀想に、面倒だったでしょ?」


「ムツゴローコンビ?」


 そこで私は借金取りの男女二人組が八岐吾郎と八岐六未むつみという名前だと初めて知った。


「八岐金融の暴力担当の兄妹です、さっきの男の人、八岐二朗さんの従兄妹ですよ」


「えっ!? そうなんだ……」


 そこから最悪な展開が私を待っていた。私の人生で一番最悪な一日が幕を開けた。

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