第3話 オモテと裏の顔 その3


「ども、ジローさん居ます?」


 外装もだが内装は普通でパッと見では違法な店には見えない。しかし店の受付に座っている人は厳つい顔に額に斬り傷も有ってカタギじゃないは明らかだ。


「ん? ああセイメーか、兄貴なら上で待ってるぜ」


 あごで奥の階段を示すとそれだけで俺は頭を下げ奥に向かう。歩きながら見れた客層は全体的にオッサン多めで当たり前だが従業員は相手の女と今のジローさんの部下だけだ。


「失礼しますジローさん、来ました」


 ノックを二回して感覚を開け、またノックを二回して俺は「星明です」と声を出した。昔からのしきたりと合図のようなものらしい。


「おう、セーメイか入れ!!」


「はい、失礼します」


 そこに居たのは初見なら間違いなく場違いだと感じるスーツ姿の男だ。こんな安っぽい場末の飲食店ふーぞくには似つかわしくない人物で雰囲気だけなら若社長か企業の重役かという感じで不審に思われるような容姿をしていた。


「ん? もう一発ヤッた後か……レナが来てたんだがな」


「すいません、お手数かけて、レナ姉さんには俺からお礼出しますんで」


 ジローさんが女を用意してくれるなんて珍しい。自分で調達しろと言われてから女の用意をしてもらった事なんて今まで無かった。それでも謝るのが基本だ。上には何が有っても逆らってはいけないのは夜の街『値ノ國ねのくに通り』の大事なルールだからだ。


「気にすんな言ってねえ俺も悪いしな、それにアイツが勝手に来ただけだ……取り合えず何か飲むか?」


「きょ、恐縮です、でも一応は次も有るんで」


「オメーなら酒が入ってても立つもんは立つだろ、ほんと真面目だな」


 実は酒は何度か無理やり飲まされたが好きじゃない。そもそも未成年飲酒は完璧アウトだ。さて、そろそろ白状すると目の前の人はヤクザ屋さんの幹部だ。蛇王会という関東で勢力拡大中の組織で目の前の八岐やつぎ二朗さんはそこのナンバー4だ。


「そうか、さっき女にサインさせたからサクッとやってくれ報酬はいつも通りだ、その後に余裕が有ったらレナの相手もしてくれると助かる」


「さ、三連戦……まあ、こんな病気ですから行けますけどね」


「病気ねえ、こっちは大助かりだけどな? さて行くか」


 最後にグラスの酒を一気飲みしてジローさんは立ち上がると俺をいつもの場所に案内する。




「おうレナ、新人は泣き止んだか? セーメイが来たぞ」


「あ~来ちゃったか私もセーメイと話したかったのに、でもゴメンねジローさん、この子まだダメみたい、むっちゃんとゴロー君に殴られたみたいで」


 そこに居たのは紫のナイトドレス、簡単に説明するとスケスケな衣装を着たこの街一番と名高い嬢のレナさんが居た。そしてレナさんの隣に座って俯いているのはこの街と無縁そうな制服姿の少女だった。


「はぁっ!? あんのバカ野郎ども!! いつも商品に傷付けんなって言ってんだろうが使えねえな……ったく」


「ほ~ら、あんたもいい加減に諦めな一年もすれば慣れるわよ、ここで三年以上やってる私が言うんだから、ね?」


 レナさんとジローさんが話しているのは目の前の制服少女の事だろう。俺の予想だと借金で首が回らず売られて来た感じか。この街では割と見る光景で流れとしては珍しいものではないな。


「……ひっく、いやぁ……」


「はぁ、サインしちまったんだから諦めろ借金1216万、耳揃えて働いて返せ」


 ジローさんのドスの効いた声に目の前の黒髪の制服少女はもちろんレナさんですらビビッていた。俺も少し怖かったのは内緒だ。


「ひっ!?」


「きゃっ!? もうジローさん怖過ぎ~」


 さっきまで普通だったのに急にご機嫌斜めだ。たぶん名前の出た吾郎さんと六未さんのやらかしが原因だ。その恫喝で目の前の少女は再び泣き出してしまった。


「ああ、わりい、え~っと、どうすっかな」


「ま、ここは若い子が一番、セーメイはこういう子の扱い得意だし、よろしく~」


 そこで俺にお鉢が回って来た。ここまで来ると俺のもう一つの仕事も白状する。それは、この店での嬢たちのプレイの練習相手だ。


「……まあ仕事なんで、部屋はいつもの場所で?」


 売られて来てすぐの嬢の中には最初は客を取れない者も多い。最悪の場合、稼げず自殺なんてケースも有ったそうだ。そこで困った店側は経験がそれなりに有る若い男で慣らしてから店に出すという体験入店とは違う独自のOJTのような仕組みを考えたらしい。


「ええ、サクッとやって現実見せてあげて、じゃね~」


「おいレナ……じゃあ頼むぞセーメイ、今回も頼むな?」


 それだけ言うと二人は出て行ってしまった。実際このパターンも一度や二度では無い。だがここで俺は俯いた少女に初めて違和感を感じた。よく見ると見覚えのある制服だと俺はこの時になって気が付いた。


「っ!? え?」


 そして泣き腫らした少女が顔を上げると目が合う。見覚えのある長い黒髪と赤いカチューシャに泣き腫らしたのか目元は真っ赤でビクビクしながら俺を見ていた。


「え、天原……さん?」


「あ、葦原っ!?」


 そこには朝に会った同級生の天原さんが居て動揺し俺は思わず彼女の名を呼んでいた。やってしまった完全なミスだ。

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