第四十六話 例え、幾歳巡ろうとも
奎星楼の五階。様々な種族や動植物の標本が並んでいる中の中央にあるステンレス製の台に遺体を運んだ。
時折、強い消毒液や洗浄剤の匂いが漂ってくる。
「まず、切開する前に、このご遺体についている様々な微粒子の採取を行います。次に呪術、
「もし、体内に遺物がある場合はどうするんですか?」
「それを傷つけないよう、切開の方法を考えなければなりません」
「我々におまかせください。専門家ですので」
学者たちは興奮しているが所作はいたって冷静だ。
わたしたちはおとなしく任せることにした。
作業が始まって一時間ほど経った頃、透写で遺物のようなものを見つけたと報告があった。
「なんだろうね、これ」
竜胆が興味深そうに写真を見つめている。
「この映り方からして、宝石みたいだな」
「割れているようにも見えるが……」
「最優先で取り出してみましょう」
二時間後、取り出したという報告にそれを見に行くと、わたしも竜胆も目を見合わせて驚いた。
「これは……」
遺体から取り出されたそれは、美しい
「名前が彫られていますね……。『翠』と『雨』、かな?」
「
「ありました!」
考古学者が持ってきたのは、古い名簿だった。
「これには遺体が見つかっていない王家の人々の名前が書かれている。発掘調査で見つかるたびに名前を消していくのだが……。調査があるたびに、王家側から何度も訊ねられる名前がある。それほどに、彼女は愛されていたのだ」
パラパラとめくられるページの中、
そしてある姫の名を指し示した。
「
わたしは全身に鳥肌が立ち、指先が震えるのを感じた。
その伝説ならば、わたしも聞いたことがある。
「確か、
「そう。それが
「会いたかったぞ、永遠の友よ。何百年も、何千年も、そなたを探しておった……」
震える声で何度も名前を呼んでいる。それほどに、大切なひとだったのだろう。
「でも、なぜ屍来族の格好で埋葬を……」
「それはきっと、この玉札と
「え、ちょ、ああ!」
豊かな銀髪が、窓から入って来た風でふわりと揺れた。
「
「
現れたのは、
「何故、何故わたしに使いを寄こさなかったのだ! どうして一人で死んでしまったのだ!」
「泣くな、友よ。仕方なかったのだ。無敗と恐れられたわたしも、最後の最期で無茶をしてな……。愛する者を救うためには、ああするしかなかったのだ」
『愛する者』という言葉に、
「……影武者か」
「ああ、そうだ。わたしは、本来ならば切り捨てなければならぬ自身の影武者を、愛してしまったのだ。人質に取られた彼女を、見捨てることなどできなかった」
悲しそうに微笑む姿すら美しい。
視線が合う。
「君は……、あの魔女族の女性によく似ているな。わたしの愛する女性を助けてくれた、あのひとに……」
「わたしの名は
「そうか……。
驚いた。自分の
「君に流れる血に礼を言う。ありがとう」
「光栄です」
「私のことを探していたということは……。我が愛しの君はたどり着けなかったんだな、仲間たちのもとに」
「少し、違うんだ」
そう言うと、
「そなたの影武者は、
「戦地に……。死んだのか」
「その戦いぶりを評価され、四季族として叙勲。春家の初代家長となったぞ。生涯独身をつらぬき、たくさんの戦争孤児を立派に育て上げた。素晴らしいひとだ」
「生きたのか! 平和な世を、健やかに……。生きてくれたのか……」
涙が流れた。
心が叫んでいる。久しい再会に。
護ったぞ、と。貴女の愛する人を、ちゃんと平和な未来へ送り届けたぞ、と。
「戦ってきた甲斐があるというものだ……。愛する人が、未来を生きられたのだから」
「あの……、わたしに流れる血が……、暁の魔女の記憶が……」
――ごめんね。身体、ちょっと借りるわよ。
耳元で聞こえた声は、わたしに似ていた。
腕が勝手に動く。杖を持ち、床に突き立てた。
――
口が勝手に動いた。
杖から白い花弁が噴き出し、それは
――光れ、輝け、煌めけ、舞え。
杖に咲いた大輪の薔薇が光を放ち、部屋を覆った布に投影を始めた。
「ああ!
わたしはそのすぐ近くで戦っている女性の姿に釘付けになった。
(あれが……、暁の魔女)
そっくりと言うには照れるほど可愛い顔をしたひとだった。
朱い髪を一つに結び、仙術ではなく魔術を使うその姿は鮮烈。
(強い。今のわたしよりも、遥かに)
そしてたどり着いた場所に、瀕死の
周囲には敵の亡骸が散乱し、たった一人でここまで戦い抜いたその壮絶さを物語っていた。
しかし、それが最期だった。とっくに限界を超えていたのだろう。
おそらく、『何とかしてください! どうか、どうか生き返らせて……』と言っているのだろう。
でも、それだけは神でも不可能だ。
技術的に可能でも、一度
暁の魔女は涙を流しながら、
二人に追いついてやってきた屍来族の戦士たちも何事か気づき、涙を流した。
そして、周囲に散らばる屍の山を片付け、おもむろに穴を掘り始めた。
木を切り倒し、急ごしらえだが美しい模様を彫入れた棺も作り、その中へと
そして、
『戦争が終わったら、ちゃんとしたお墓を作りに来るからね』と。
「それが……、あの墳墓だったのか」
そして自分の額に触れ、そっと涙が頬を伝った。
「きっと、
「そうだと思う。
映像が終わり、花弁は煙のように光の中へと消え去っていった。
「ありがとう、
「あれ……」
薄紫色のキラキラした何かが、まるで
胸の奥にきゅっと甘い鈍さが走り、鼻の奥がツンとした。
(わたしのことを、暁の魔女だと思ってくれたのかな……)
一陣の風が吹く。
まるで恋人たちの再会を祝福しているように。
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