第四十五話 敬意
「お前は……、
開口一番に言われた言葉に、わたしは苦笑いするしかなかった。
現場には綺麗にトレンチが掘ってあり、墳墓の中へと続く入口にはすでに木材による補強もほどこされている。
久しぶりに言われた「家無し」という蔑称。これは人間界の国には属さないことが多い
「
夏家の人々も、秋家の人々も、わたしという、
それもそのはず。
その
所詮、
「
瞬きするほどの瞬間。
突如として四季族の身体が沈み、まるで
「頭が高いぞ、愚民ども」
天狐には
まさに、今目の前で起こっているのがそれだ。
「
「四季族ごと滅ぼすぞ」
わたしが躾けられているわけではないのに、背中に流れる冷や汗。
竜胆は口元に薄笑いを浮かべ、楽しそうにこの光景を眺めている。
まるで、
「も、申し訳ありませんでした……」
「それは誰に言っている?」
空気が重い。口を開くにも、体力を使うほどに。
「あ、
わたしは自分一人に向けられた嫌味ならば、すぐに彼らの身を起しに近寄っただろう。
でも、一族全体を邪険にされる言葉はただ躱すわけにはいかない。
家族を馬鹿にされるのが一番嫌いだ。でも、さすがにこれは……。
「その謝罪を受け入れます。お互いに敬意をもってまいりましょう」
「ありがとうございます……」
空気が変わった。
周囲の音が耳に戻って来た。鳥の鳴き声、川のせせらぎ。木々が風で触れ合う音。
夏家と秋家の人々が大きく呼吸を繰り返し、地面に手を突いたままゼェゼェと息をした。
「立て。これまでにわかったことをすべて話すのだ」
「は、はい。すぐに報告書を持ってまいります」
「口頭説明は専門家から……」
両家に雇われている考古学者が数名、恐る恐る近づいてきて、現状を説明してくれた。
「では、埋まっていた墳墓と棺の様式、そしてご遺体は夏家祖先のものだけれど、副葬品はすべて秋家の遺物だと、そういうことなんですね?」
「いえ、墳墓と棺の様式は夏家、副葬品は秋家ですが、あのご遺体がどちらの家の者なのかはまだわかっていないのです。なにぶん、ミイラ化してしまっており、判別には法医学者や病理医など、たくさんの人々の鑑定が必要なものですから……」
「着ていた服は……」
「酷く劣化しており、それに……。あまりに時代が古く、まだ
服装に華美な装飾がされることはなく、基本的には闇夜に紛れる黒一色。王宮に出向く際の服も、上質な布ではあるものの、色は黒。
今回見つかった遺体は、つまり、そういうことなのだ。
まだ春・夏・秋・冬の四家に分かれる前の時代のものというわけだ。
「当時からやんわりとした区別はあったものの、明確な分化はなされておりませんでした」
「おかしいな。
「
「まだ何もわからない……。そんな段階で争っていたのか、お前たちは」
長老たちはそれでもこれは危機的状況なのだと、必死な形相で訴えた。
「ここは代々夏家が護ってきた土地。そこから秋家の副葬品が出たとあれば、これまでの歴史と領地の境界線が脅かされるというもの……。熱くもなりましょう」
「秋家はただでさえ四家の中で一番領地が狭いのですから。広げられるチャンスは貴重なのです。それに、伝承によれば秋家にはまだまだ見つかっていない財宝が多く残っているはずなのです。祖霊の皆々様方のためにも、探し出さなければなりません」
「何が『領地が狭い』だ! 清らかな水源の多くはお前たちの土地にあるのだぞ! 水に金を払う我々の身にもなってみろ!」
「見苦しいぞ夏家! 平地の多くはお前たちがせしめているというのに! 我らは神々が住まう山々を心苦しくも切り開かねば家も建てられなかったのだぞ!」
ぎゃあぎゃあと言い争う声は次第に人数も声量も増していき、あたりは騒々しくなっていった。
「阿呆どもは放っておいてさっそく遺体を運ぼうか。
学者たちは顔を見合わせ、頷いた。
「それもそうですね……。では、お邪魔させていただきます」
「運ぶのは
「わかりました。任せてください」
わたしは
そして学者たちに
「これで空を飛んで帰れます」
「さすが
「竜胆は自分で飛んでくださいね」
「ちぇっ。はぁい」
「では、行くぞ」
わたしたちは空へと飛び立ち、奎星楼へ向かった。
地上ではまだ両家が言い争っている。
その声はあまりに大きく、聞こえなくなるまでに結構な距離を有した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます