第三十話 ご提案

 透華とうかとお茶をした日の夜、竜胆にせがまれるまま、どんなことを話したのかをかいつまんで説明した。

「なかなかやるじゃん、透華とうか

「ああ、うん、そうなんですかね」

「ちょっと独占欲出し過ぎでそこは心配だけど」

「独占欲……」

「多分、これから大変だと思う、翼禮よくれい

「え、それはどういう」

「彼、どうやらスキンシップに関して遠慮はなさそうだし、性格的に敵を排除することを何とも思わなそうじゃない? もし翼禮よくれいが何かのアクシデントで他の男性に触れでもしたら、その触れられた男、原因不明の高熱にうなされそう」

「え、それ本当ですか⁉」

「まぁ、まだわかんないけど、可能性はあるわよね。あと、なんかめっちゃ触ってきそう。腕とか」

「え、えええ……」

「嫌なら嫌って言うのよ。どうやら翼禮よくれいの命令には忠実みたいだし」

「命令って……」

翼禮よくれいが受け入れたことはきっと嬉々として何度もしてくると思う。もしかして、またお茶の約束した? それも、数回分」

「はっ……。月に二回、お茶をする日を設けることになりました……。その、お互いを知るためにはたくさん話をしないと、ということで」

「上手いわね。童貞のくせに、抜け目ないわ。三年間毎日妄想してたんでしょうね」

「そんなこと……、あるのでしょうか……」

翼禮よくれいには酷いことしないとは思うから、そこだけは安心だけど。何か怖くなったり嫌な予感がしたりとか、もう無性に寒気がしたらいつでも私を呼ぶのよ。火恋かれんと一緒にかけつけるから」

「わあ、最強の二人ですね」

「もちろんよ。翼禮よくれいのためならなんでもする二人なんだからね」

「頼もしいです」

 親友二人を出動させないよう、わたしも気を付けて透華とうかに接していこう。

 まだ、ただの友達だ。……一応。

「明日は戦闘よね?」

「そうですね。西から南の範囲です」

「これが一ヶ月続くなんて、本当に人間はお祭が好きね。私も好きだけど」

「最終日の疲労が未知数ですが、ぼちぼち頑張っていきましょう」

「そうね。今日は二人で晩酌しない? 恋バナしたいし」

「いいですよ」

 わたしと竜胆は蒸気機巧妖精ジャック・オ・スチームに手伝ってもらいながら十品以上のおつまみを作り、数種類の果実酒とともに初夏の夜を楽しんだ。


 翌日、昼過ぎまでぐっすりと寝たわたしたちは、久しぶりに主上おかみに呼び出されたので、支度をしてから内裏へと向かった。

 内裏に着くと、すでにそれらがわたしたちの部屋へと届けられている最中であり、主上おかみもその場に立っていた。

「ど、どうされたのですか」

「それが……。今年は大々的に祇宮祭を開いているだろう? 諸外国からの献上品が止まらないのだ」

「あ、ああ……。わかりました。すぐに検品にとりかかります」

「すまない。本当に、すまない」

 主上おかみが頭を下げようとしたので、それを慌てて阻止しながら、わたしたちはさっそく仕事に取り掛かることにした。

「では、よろしく頼む。今日終わらなくてもいいからな。私は清涼殿で事務仕事をしているから、何か不審なことでもあったら言ってくれ」

「かしこまりました」

「おまかせくださいませ」

「うむ」

 主上おかみは少し疲れた様子だったが、いつも通りキリっと表情と姿勢を正し、自分の部屋へと戻っていった。

「さぁ、頑張りましょうか」

「呪術師たちが手伝いに来てくれればすぐ終わるのになぁ」

「そんなこと言っても呼びませんからね」

「ちぇっ」

 品物は多種多様。同じものなど一つもないのに、山と積まれている。

「どうやら人間の素材を使った恐ろしい呪物は少ないようね」

「ああ、多分、彼が自分で作った分は回収してくれたんだと思います」

「愛の力ね」

「な、そ、そんな」

「はいはい、仕事するわよ」

「ぐぐぐ」

 竜胆は人生経験で言えば何枚も上手だ。

 最近恋心がどんなものなのか知ったわたしが適うはずもない。

「おや……、生体起源ののろいは結構あるみたいですね」

 珊瑚と琥珀が多いようだ。禍々しいものがいくつかその気配を漂わせている。

「髪の毛とかは自分のものを使う人もいるものねぇ。特に女性」

「爪もありますね。これは……」

 わたしがある折りたたまれた布を杖で持ち上げると、竜胆が顔をしかめた。

「それってまさか……」

「そのまさかです。女性だけが月に一回出血する際の血液で呪言じゅごんを描いた布です。男性はあまり血を使いませんよね。なんでなんでしょう」

「そりゃ、痛いからよ。怪我の理由も説明しづらいし。ぞわっとするわ」

「こっちは男性の……」

「精液ね。定番の呪物だわ」

「歯もありますね。奥歯でしょうか」

「きっと強力な呪物が手に入らなくなったから、自分たちでどうにかしようって魂胆なんじゃない?」

「それはそれで困った事態になりましたね」

「多分、そのうち他のおかしな呪術師が作り出すわよ。強力な呪物を」

「はぁ……。警戒しておかないと」

「頑張りましょ」

 わたしと竜胆はたった二時間で十五個もの呪物をみつけ、解呪した。

 その中には美術的価値のあるものもあり、のろいも価値の一つだということはそれぞれの説明文に書いてあったが、危険なものに変わりはないのですべて解呪した。

「いっそ展示しちゃえばいいのにね」

「え、どうしてですか」

「呪物博物館みたいなのを建てて、みんなに見てもらうの。そうすれば、『どんな呪物を作ろうと見破られて無駄に終わる。大層な恨みも、最後はただの工芸品になってしまう』ってわかってもらえると思うの」

「……天才ですね!」

「そうでしょう! 私も今話しててそう思った!」

 わたしと竜胆はさっそく主上おかみの元へと出向き、この案を話すことにした。

「というのはいかがでしょう、陛下」

 竜胆の説得力のある提案と声色に、主上おかみは大きくうなずいた。

「竜胆、君は天才だな!」

「光栄です」

「さっそく建てることにする。今までの呪物で残っているものはすべて展示することにして、その紹介文は文官たちに書かせるとしよう。翼禮よくれいたちの報告書と照らし合わせれば簡単だろうからな。本当にいい案を持ってきてくれた。ありがとう。そろそろ倉庫が埋まりそうだったのだ」

「え、全部取っておいているのですか?」

「二人が砕いたり燃やしたりしていないものは取っておいているぞ。いつか政敵にでも使ってやろうかと思ってな。あはははは」

「え、ええ……」

「冗談だ。ただ、捨てるのも縁起が悪そうだからとっておいたのだ」

「なるほど。それもそうですね」

「これから大工たちを呼んで建築計画を立てなければな」

「では、わたしたちはこれで失礼いたします。呪物の解呪に戻ります」

「うむ、頼んだ」

 わたしと竜胆は平伏し、自分たちの部屋へと戻っていった。

「困ってたのね、陛下」

「まさかとっておいているなんて思いませんでした」

のろいはあれだけど、美術的価値が高いものが多かったからね」

「それはまぁ、そうですね」

 わたしと竜胆は顔を見合わせて笑うと、夜の当番の準備を始めた。

 今日もまた激しい戦いが始まる。

 少し気温が下がって来た。雨の匂いが漂う。

 昼間にうるさいほど鳴いていた蝉も、今はただしっとりと数匹が鳴いているだけ。

 血が流れるのを、知っているのかもしれない。

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