第二十九話 透華の理、初の邂逅まで

 私は呪術師の家系に生まれた。

 大隔世遺伝というやつで、力が強く、兄弟たちからは酷く疎まれた。

 さらには本家の連中。奴らは分家に生まれた私が許せなかったらしい。

 両親が事故で亡くなった後、私にだけは何の支援もしてくれなかった。

 でも、それでよかった。

 端から期待などしていない。

 教材はいくらでも手に入った。

 両親が遺してくれていたから。

 きっとこうなることがわかっていたのだろう。

 私はすべて独学で知識を手に入れた。

 すると、いつからかすべてが〈素材〉にしか見えなくなった。

 植物も、動物も、妖魔もののけも、凶鬼きょうきも、人間も。

 両親が残してくれた家で暮らしてはいたが、兄たちは私に一切お金はくれなかった。

 稼ぐ必要があった。

 そのために、私は呪物づくりを始めた。

 なるべく効果の強い、酷く凶悪なものを。

 その方が売れるのだ。

 人間は自分で解決できないことを、すぐに暴力に頼ろうとする。

 呪物は最適だ。

 上手くいけば、何の証拠も残さず殺せるから。

 そうやって稼いでいるうちに、私の呪物は評判になった。

 でも、それだけ有名になると、警察に目を付けられることを心配しなくてはならなくなった。

 そこで、私はいろんな工芸品の作り方を学んだ。

 種類を増やし、捜査の目をごまかし続けた。

 自力で生きてきた。

 十八歳になり、呪術師組合に所属できる年齢になった。

 縁があり、兄たちとは違う、蓮華組にお世話になることになった。

 そこでの初日、出会ったんだ。

 〈素材〉ではない、特別な存在に。

 太陽よりも美しい朱色の髪。

 キラキラと輝く瞳。桜色の頬。花びらのような唇。

 鈴の音かとおもうほど可憐な声。

 一目惚れだった。

 名前はなんというのだろう。

 隣にいるのは……、そうか安心した。兄妹きょうだいなのか。

 危うく、殺すところだった。

 可愛い。とにかく、可愛い。

 その瞬間、世界が色彩を帯び、すべてが明るく目に映り始めた。

 なんと素晴らしいのだろう。彼女が生きている世界は、最高に美しい。

 気を惹きたい。見てほしい。知ってほしい。知りたい。好きだ。とめられない。

 お兄さんが名乗ったのは「杏守あんずのもり」。

 聞いたことがある。たしか、皇帝の〈影〉をしている一族だと。

 ああ、それなら私にもできる。そう思った。

 こうしよう。同じことをするんだ。

 素材として人間を調達するために連続殺人を始めた。

 すべては、〈同じ〉になるために。

 殺す対象はすべて犯罪者。社会のゴミだ。

 誰も困らない。

 ああ、はやく会いたい。

 はやく言葉を交わしたい。

 もっと強い呪物を作ろう。

 彼女は内裏で働くらしい。

 これなら、高官たちも買うだろう。

 この呪物なら、彼女の目に留まるだろう。

 ああ、愛おしい。

 手に入れたい。

 彼女に近づく奴を片っ端から殺せば、この手は届くだろうか。

 ああ、そんなことをしたら印象が悪くなる。

 胸にある紋章を知ってから、彼女の身にあるのろいを遠目から確認してから、余計に思いは募るばかり。

 どうかその棘薔薇いばらで私を貫いて。

 彼女ののろいで死にたい。

 ああ、名前を知った!

 杏守 翼禮あんずのもり よくれい……。

 なんて素晴らしい名前なのだろう。

 ご両親はさぞ徳の高い方々なのだろうね。

 だって、翼禮よくれい様を授かることが出来たのだから。

 ついに会いに行こう。

 内裏の隅。誰にも邪魔されない場所で、二人きり。

 想いが溢れて止まらない。抑えきれない。

 殺されてもいい。

 いや、困るかも。だって、私たちは結ばれる運命なのだから。

 お慕いしております。

 心から。

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