第十五話 連続するもの
「どれもこれも可愛い!」
大きなガラス窓には金色で『カナリア洋装店』と描かれている。
中へ入ると、そこはまるで別世界。
純白の壁紙に、鮮やかなスカーレットの絨毯。
あらゆる場所に金色の鳥の装飾が施された鏡や椅子、机は、可愛らしさと豪華さを兼ね備えている。
服装に興味のないわたしでも少しときめいてしまうような可愛らしい洋装で溢れかえった店内は、すべての試着室が埋まっているほど。
とても大盛況のようだ。
「あのブラウスも、スカートも、ドレスも、全部可愛い!」
「そうですね。試着室の待ち札をもらっておきましょうか」
「そうね! ああ、あの布、とっても素敵だわ!」
竜胆があちこちと見に行ってしまうので、結局待ち札はわたしが貰いに行くことに。
受付兼会計所となっているカウンターには、黒く艶やかなドレスを身に着けた婦人が立っており、店内に出入りする客に「いらっしゃいませ」と言いながら愛想を振りまいている。
「すみません、試着室の待ち札をいただけますか」
「はぁい! ……あら、あなたはたしか……、
「はい、そうです。
わたしは札を受け取り、ニコリと微笑んだ。
「やっぱり! わたくし、オーナーのエレインでございます。珍しいですわね。お父様もお母様も、あまり洋装をお召しにならないから」
「ああ……。薬草畑での畑仕事や調薬はけっこう汚れてしまうので、基本的にはいつも洗いざらしの作業着です。休日のお出かけにはいいですよね、お洋服。勧めておきます」
「あら、ありがとうございます。今日はドレスをお選びに?」
「友人の就職祝いに作りに参りました」
「素敵だわぁ。そのご友人はどちらに?」
「たぶん店内をくまなく見ているところだと思います」
「それは嬉しいわ。
「はい、そうします」
もらった札には『参・優先』と書いてある。
どうやら順番を融通してくれたようだ。
父と母の元へ通う患者さんが営むお店では度々こういうことがある。
八百屋では果物をおまけしてくれたり、精肉店では帰りながら食べられるように揚げたてのコロッケをもらったり。
ありがたいことだ。
そのとき、エレインの背後、
「あれって……」
「ああ……、嫌ですよねぇ。連続殺人鬼なんて……。警察の方に頼まれてここら一帯の商店街の店舗にはみんな貼っていますのよ」
「そうですか……。まだ捕まってないんでしたっけ」
「ええ。たしか……、今月の初め、六人目の遺体が発見されたとか……。それに……」
エレインは周囲の目を気にしつつも、どこか好奇心を含んだような小声で言った。
「噂では、被害者の身体から臓器が抜きとられていたとか……。怖いわぁ」
「そうなんですか……。まぁ、葦原国の警察の皆さんは優秀ですから。信じましょう」
「その通りですわね」
目撃者から聞き集めた特徴を合わせて作られたというモンタージュ写真。
残念なことに、誰も真正面から顔を見たことが無いらしく、どこかおぼろげな顔。
犯人には自信があるのだろう。今まで顔を隠すようなフードやマスクをつけた姿は一度も報告されておらず、いつも堂々と歩き、実際に煙のように去って行くらしい。
(多分、犯人は〈人間〉ではない)
人間は自らの意志で粒子状になることは出来ない。
おそらく、人型の〈何か〉の仕業だろう。
「若い子が狙われているって聞くから、
「ご心配、ありがとうございます」
たがいに会釈をかわし、わたしはまた店内の人の波の中へと戻っていった。
「
「どうしました?」
「この生地最高に可愛い!」
竜胆が触れているのは自由に触れるように展示されている巻かれた布のひとつ。
「モスリンですか」
「さっき他のお客さんに聞いたらね、シュミーズドレスっていうのが流行っているらしいの。薄い布を重ねてふわっとストンとしたシルエットのおしとやかな雰囲気のやつ。聖女っぽくない?」
「言われてみれば、それらしく見えるかもしれませんね」
「銀色の糸で刺繍をしてもらって、パールとカラーレスサファイヤを散りばめたら、とっても素敵だと思うの!」
「いいんじゃないですか? これ、待ち札です。もうすぐ呼ばれると思うので、採寸してもらいましょう」
「楽しみ過ぎるぅ!」
布に触れながらニコニコとはしゃぐ竜胆を微笑ましく思いながらも、思考は自然と先ほど目にした手配写真へと移っていた。
犯罪捜査は専門外だし、仕事でもない。
ただ、
エレインが言っていた噂、『臓器が抜きとられている』というのは、本当のことだ。
模倣犯と区別するために、警察があえて流した噂だ。
新犯人と捜査関係者しか知りえない別の大きな特徴を隠すために。
「あ! 私の番!」
番号を呼ばれた竜胆は、触っていたモスリンを丁寧に巻きなおし、大事そうに番号札を抱きしめた。
「いってらっしゃい」
「はぁい!」
満面の笑みで試着室へと向かった竜胆を見届け、わたしは近くにいた店員に「採寸が終わったら声をかけていただけますか。外の空気を吸いたいので」と頼み、通りへと出た。
いい天気。着飾った人々が幸せそうな顔で歩いている。
親と手をつなぎ、人形を抱きながら歩いている子供たち。
母親の手と首元には大粒のダイヤモンドをあしらった素敵な装飾品。
葦原国は若き皇帝陛下の出現に沸き、誰もが国の若返りを感じている。
それは景気にも顕著に表れ始めており、人も街も国も、どこか華やいで見える。
恐怖も、悪意も、暴力も、どこか他人事のように感じているのだろう。
今まさに、視線の先にあるというのに。
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