第十四話 不敬

 竜胆リンドウが言った通り、凶鬼きょうきなどの襲来は一切ないまま玖藻祭は最終日まで滞りなく進められ、大盛況に終わった。

 今年は気候も穏やかで天気にも恵まれ、日奈子長公主の噂も相まって人出は過去最高だったらしい。

 斎宮いつきのみやの代理に選ばれた娘がどんなものか、皆一目見たかったのだろう。

 そして、見た者全員が言葉を失い、ただただ祈りをささげたという。

 あふれ出る祈りの力に抱擁され、すっかり虜になってしまったようだ。

「では、わたしたちは陛下にでも報告に行きますか」

「あら! やっと私もあのおぼっちゃんとお話しできるのね」

「不敬すぎる……。そういういい方はダメですよ、流石に」

「だって、偉そうなんだもの」

「実際、偉いんです。この国で最上位に位置する存在ですから」

「まぁ、そうか。どっちの姿で挨拶するべき? 竜胆ちゃん? 竜胆くん?」

「竜胆ちゃんでお願いします。皇帝陛下はかつて戦場に出ていたこともあるお方。竜胆くんの姿で出て行ったら、すぐに禍ツ鬼マガツキだと指摘されてしまいますよ」

「それは困る。でも、この神職の装束飽きちゃった……」

 とても切ない顔。竜胆はわたしの提案で女性のふりをすることとなり、さらには本当に女性の姿かたちで過ごすことになってしまった。

 多少は希望を聞いてあげてもいいのかもしれないなと思った。

「……じゃぁ、一着だけ、ドレスを買ってあげますから。それでいいですか?」

「きゃぁああ! ありがとう翼禮よくれい! わたし、超大人しくするって誓う!」

「はいはい……」

 ただ、ドレスは一日で出来るようなものではない。

 今日のところはいつもの装束で主上おかみに報告へ行き、その帰りに採寸しに洋装屋ブティックに行くことになる。

「どんなドレスがいいんですか?」

「もちろん、流行はやりのバッスル・スタイルドレスがいい!」

「……あの、お尻部分が盛り上がった布たっぷりの?」

「そう! 可愛いわよねぇ」

「いったいどこでそんな情報を仕入れてくるんですか……」

「ああ、玖藻神社の巫女さんたちとおしゃべりしたときに教えてもらったのよ」

「いつの間に……」

 街行く人たちを見ていれば、どんな服装が流行っているのかはなんとなくはわかるのだが、わたしには服装ファッションについて共通の趣味を持つ友人はいないため、竜胆の人間関係構築力コミュニケーション能力には脱帽だ。

「でも、ドレスってコルセットとかいう拷問器具みたいな下着をつけなきゃいけないんですよね?」

「そうらしいわね! 楽しみだわ。かかって来いって感じ」

「ああ、なるほど……」

 友人たちと同じだ。御洒落おしゃれには我慢も必要なんだという。

 わたしのように『楽で動きやすくて洗濯しやすくてすぐ乾く服が好き』というのとは次元が違うらしい。


 杖に跨り内裏へ向かうと、獣化種族バスティトゥの凄腕大工組による工事がだいぶ進んでいた。

「わぁ、もう骨組みが出来ているじゃない!」

「流石ですね。宮大工の資格ももっている職人のみなさんですから。骨組みの段階からとても美しいです」

「それにみんな素敵ね……」

 竜胆はうっとりとした表情で大工たちを眺めている。

「ああいう屈強な方々がお好みなんですか?」

「もちろん。性別関係なく、私はガタイの良い人が好きよ。私自身があんまり筋肉あるほうじゃないから、単に羨ましいのよね」

「なるほど」

翼禮よくれいはどんなひとが好み?」

「ううん……。穏やかな老犬のようなひとですかね」

「うん、全然共感できない」

「よく言われます」

 共感してもらったことは人生で一度もない。でも本心なのだから仕方がない。

「穏やかな老人じゃだめなの?」

「年齢はなるべく近い方がいいな、と思っているので。老犬というのは雰囲気のことですよ、雰囲気」

「へぇ……。そのまま育っていってね、翼禮よくれい

「な、どういう意味ですかそれ」

「いいのいいの」

 竜胆の満足そうな顔に少々の不満を感じながらも、主上おかみを待たせるわけにはいかないので、ゆっくりと降下して紫宸殿ししんでんへと降り立った。

 簀子縁すのこえんにあらわれたわたしたちを見つけた主上おかみは、自ら近づいてきてくれた。

「おお、翼禮よくれい。それと……、竜胆リンドウだな。このあいだは満足に挨拶できなくて済まなかった」

「いえいえ、陛下。このようにお声がけいただき、恐悦至極にございます」

「うむ。楽にしろ。で、どうだった、玖藻祭は」

「滞りなく。陛下のお心遣いのおかげです」

「またそんな思ってもないことを。正直に言っていいと何度も……」

「今回は正直な感想です。陛下は妹君である日奈子様のためによく尽くされました。素晴らしい行いです」

「そ、そうか。なら、素直に受け取っておこう」

 主上おかみは嬉しそうに口元を隠しながら照れている。

「こちらが報告書です。何かご不明な点がありましたら陰陽省まで……」

「ああ、そうそう。所属を変えておいたぞ」

「……え」

 主上おかみは建築予定図を広げ、ある建物を指さした。

「いまはまだ完成していないが、麗景殿れいけいでんだったところを翼禮よくれいの仕事場として改装するから、好きに使うといい。竜胆のように、これからも仲間が増えるかもしれないだろう? 陰陽省は肩身が狭そうだし。かといって警察署はまた取り締まる対象が違うからな」

「あ、ありがとうございます……」

「内装に注文があれば、急なんだが明後日までに職人に伝えてほしい。なにしろ、新しく作る後宮の設備が思っていたよりも豪奢になりそうで……。時間が足りないのだ」

「わ、わかりました。内装は特に希望はありません。必要な家具の類は使いやすいものを自分で用意しますので……」

「じゃぁ、それにかかった費用をあとでまとめて書類にして提出してくれ。経費で払う」

「あ、はい……」

「じゃぁ、こちらからは翼禮よくれいへの頼み事はないから、三日間くらいゆっくりするといい。私も工事にかかりっきりだからな。仕事をふってやれなくてすまん」

「あ、では東の太門の様子を見に行ってもいいでしょうか。もちろん、今日と明日は休みます」

「仕事熱心だなぁ。わかった。じゃぁ、東の太門は任せよう。報告はいつも通り書類で」

「はい。かしこまりました」

「うん。ゆっくりしろよ」

「ありがとうございます。では、失礼いたします」

 わたしと竜胆は深く頭を下げ、再び杖に乗って空へと飛び立った。

「え、あれ? 良い奴じゃん」

「不敬」

「おっと、ごめんごめん。良い人だね、陛下」

「多分、妹の日奈子様のことが丸く収まったからだと思いますよ。陛下は姉妹きょうだいを大事にしていらっしゃいますから」

「そのようだね。ご両親はいないの?」

「ああ、そこはまた複雑で。かつての大長公主様、つまり、先帝の叔母である月草の君が養母だったようです。今は特例として太皇太后という位に付き、隠居しておられます」

「へぇ……。太皇太后って、皇帝の祖母の中でも后だった人に贈られる称号よね?」

「そうです。陛下にとっては母親同然なので本当は皇太后という称号にしたかったようですが、年齢的にその地位がもたらす責務に身体がもたないということで、太皇太后になったようです」

「ものすごい高い地位よね?」

「そうですね」

「どういうことなの? 今の皇帝陛下って……、何者なの?」

「ううん、どうなんでしょうね」

「気にならないの?」

「平和に暮らせれば別に」

 一瞬、目を逸らしてしまった。

 主上おかみとその周辺の人物ついて秘密裏に調べているなど、口には出せない。

「ふぅん。ふぅん」

「なんですか?」

 忘れてしまいそうになるが、竜胆は禍ツ鬼マガツキだ。わたしの何百倍もの時間を生きている。

 隠しても、わずかな表情の違いから読み取られてしまうだろう。

「なんでもなぁい。早くブティック行こ!」

「ああ、はいはい」

 春の気候は本当におだやかだ。

 人生も、こうであればいいのに、と、想わずにはいられない。

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