第十三話 それぞれの事情
次の日、華やかな女性神職正装を身に着けて朝からご機嫌な
いつもと違い、頭に金色の飾りをつけているせいか、なんだか首が凝る。
日奈子長公主の代理で
「
社殿の奥。斎宮のために用意された部屋に通されると、そこには美しい唐衣を身に着けた
「
「いえいえ。
「うっ……」
感極まった
「ほら、せっかくのお化粧がとれてしまいますよ」
「うっ、は、はい……」
「『次こそは聖女が生まれてくるだろう』と一族に予言されていたにもかかわらず、わたくしはそう生まれてくることは叶いませんでした。それでも、両親はおしみない愛情を注いで育ててくれました。しかし、一族の者たちの口は閉じることが無く、両親に嫌味を言い続けております。『聖女が生まれなかったのは母親が
「前世のことなど誰にもわかりません。そんなもの、一部の強い霊感を持った人間たちの間で流行っている占いに過ぎません。だから、気に病むことなどないのですよ」
「
ホッとしたような、柔らかな笑顔。
こんなにも華奢な体に課せられてきた重責は、さぞ辛かったことだろう。
「あなたが笑って生きていることが一番の親孝行だと思いますよ」
「
「母がよくそう言ってくれるので。受け売りです」
「うふふ。
「なんだか照れますね」
「うふふふふ」
甘く燻された香の匂いが漂ってきた。
いよいよだ。
玖藻神社の斎王と葦原国の斎宮がお披露目される。
もちろん大衆の前を輿で通るときには御簾で仕切られ、顔までは見えないが、ただよう静謐な雰囲気は伝わる。
わたしと竜胆は新たな斎宮に深く頭を下げると、一度外へと出た。
玖藻神社の社殿前に用意してある輿まで向かい、その横に立ち、待機した。
(ああ……、始まった)
宮司が祝詞を読み上げ、巫女が五色の布が付いた鈴をもって舞い、陰陽術師たちが一斉に祈祷を始めた。
玖藻神社に半透明な白いシャボン玉のようなものが浮かび始め、道を埋め尽くすほど集まった見物人の中から歓声が上がる。
わたしと竜胆はその間、弱まってしまう守護の結界を強化し続けながら一応周囲を警戒する。
白いシャボン玉に
太陽に煌めくそれらは、ゆっくりと弾けると、〈桜〉〈紫陽花〉〈
それを合図に、輿が持ち上げられ、内裏へ出発した。
「このあと、どうなるんだっけ?」
竜胆が小声で聞いてきた。
新しい神職の装束に浮かれていたから聞き逃したのだろう。
わたしはもう一度丁寧に説明した。
「内裏に向かい、皇帝陛下にご挨拶します。その後、霊廟にて皇帝家の祖霊の皆様方へ、神殿では葦原国の神々に祈りを捧げ、来た道とは逆回りの道順で玖藻神社へと戻ってきます。今日はそれで終わりですね。まぁ、何時間かかかりますけど」
「明日は?」
「明日は国内外の貴族のみなさんからの参拝を御受けします」
「明後日は?」
「抽選で受かった一般の皆さんの参拝を御受けして終わりです」
「その次の日に陽永神宮に出発ってことね」
「その通りです。昨日は色々あって皇帝陛下のお力で玖藻祭の日程をずらすことが出来ましたけど、本来は今日が二日目の予定ですね」
「ああ、そうか。じゃぁ、街のひとたちがこんなにも今日熱狂しているのは、昨日突然延期になっちゃったからなのね」
「そうですね。そうだと思います」
平和だ。天候から気温から香りまで、すべてが〈春〉としてこの場に存在しているかのように。
「そういえば、竜胆は言っていましたよね。皇帝家には敵が多いって」
「ああ、そうだったわね」
「今のところ、目立った
「ええ。そうなるように情報統制をしてきたからね」
「……え?」
「言ったのよ。
「そ、それって……!」
「そう。もう私は
「でも、どうして! あなたの家族でしょう?」
「そうね。でも、私が選んでそうなったわけじゃない。自由に生きたかった。心が感じるままに、傷つけるのではなく救うひとになりたいの」
竜胆の黒い髪が、一瞬、元の色に紅く輝いて見えた。
「だからね、私、帰る場所がなくなっちゃった。東の太門も、今頃兄弟姉妹の誰かが荒らしていると思う。でも、
「それは……」
わたしにはわからなかった。どうして襲ってこないという確信があるのか。
「
「そ、そんな……」
母親が父親を殺すために子供を爆弾にする……?
「そんなことって……」
信じたくなかった。でも、竜胆の母は〈聖女〉で、
〈聖女〉が、自分が亡き後、それを継ぐ者を用意していたとしたら……。
わたしは胸に何かが
「では、わたしと暮らしましょう」
自分で何を言っているのか、正直なところを言うと驚いたが、でも、言葉にせずにはいられなかった。
「いつか竜胆が幸せに暮らせる場所を見つけるまで、そして、わたしの命があるかぎり、わたしはあなたの居場所になります」
それはこの世界にある花をすべて集めても敵わないほど美しく、素敵だった。
「ありがとう! そうなったらどんなに嬉しいだろうって、出会ったあの日からずっと思ってたの。
「そ、そうですか。よかったです。その、過ごしやすいのなら、それが一番ですから」
「照れてんの? やだぁ、可愛いところもあるじゃない」
「褒められたら誰だって照れるでしょう」
「うふふ」
わたしは前を見ながら、この晴れやかな場になんと自分はそぐわないのだろうと考えていた。
わたしの世界は狭い。とてもとても、狭いのだ。
この両腕で護れる範囲が無事ならそれでいい。家族が安全な場所で平和に楽しく暮らしていればそれでいい。
そのためなら、他の誰が傷ついていようと、どうでもいいとさえ思ってしまうこともある。
いつも誰かに親切にするのは、その親切が巡り巡って家族を救うと信じているから。
誰のためでもない、全部自分のため。わたしが安心するため。
だから、「優しい」とか、「献身的」「自己犠牲」だとか、そういう言葉を交えて褒められると、まるで騙しているような、罪悪感にかられる。
『わたしは、そんな
いつだって想像してしまう。いつかわたしは多くの人を傷つけるだろう、と。
わたしがわたしを罰するために。
わたしがわたしを、殺すために。
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