朝焼けの会合

 耳島は朝焼けが僅かに差し込むアーケードを自身の店内から眺めながら、マグカップに注いだコーヒーを啜る。

 時刻は九月十八日の午前五時半。前日ハイランダーから買い取った野菜を既に並べ終えて休憩中の耳島は弟のような向こう見ずすぎる性格の高橋について考える。

 耳島は高橋の祖母に何度人生をやり直しても返せない恩がある。もう亡くなってしまった彼女には何も返せないが、それならばと孫の高橋の力になってやりたいと思っていた。

 だからこそ、彼が日本でも五本指の企業に勤めると聞いた時は大いに喜んだ、それと同時に商店街の仲間内では長くは続かないだろうと笑い話になっていた。性格が企業勤めに向いていないのだからしょうがない。

 高橋がどのようにしてダンジョンのドロップ品を作り出しているのかはわからない。だが、そんな些細なことで耳島は彼の助けを辞めることは有り得ないと心に決めている。

 自身と三島の爺さんは高橋が手助けを求める限り味方をし続けるのが彼の祖母に対する恩返しなのだから。

 朝焼けに促されたセンチメンタルを邪魔するように店のドアが開く。軽鎧に身を包み、髪をポニーテールに結い上げて斧を背負った百六十五センチほどの身長の女。厄ネタの原因である大隈京子、その人である。


「ごめんなさい、遅れちゃったわ」


 『明日への栄光』のクランハウスは巣鴨ブラックマーケットからそう離れてはいないが、それでも真夜中に知らせを受け取ってから三時間ほどで現地に到着とはフットワークが軽すぎるのも考え物だと耳島は嘆息をする。

 万が一この女性が近くにいたら、クランからの連絡でこちらに飛んできた可能性もあった。せめて連絡は高橋たちが隠れてから行うべきだったと、起こらなかった事態の反省をしながら耳島は三島と決めた筋書きを話し出す。


「実はあのドロップ品だが、ひょっとこ面の尽力でとんでもないことになった」


 こっちに来いと店と繋がっている耳島邸リビングに京子を招く。テーブルをはさんで互いに向かい合う、耳島が上座で京子が下座だ。

 耳島はテーブルの下に隠しておいたジュラルミンケースを上にあげ、そのままスライドさせて彼女に渡す。

 疑問符を頭の上に浮かべながらも京子はそれを受け取る。


「これは?」


「開けてみろ、きっと驚く」


 京子はパチリパチリと二つの留め金を外し、二つ折りのケースを油断なく開ける。

 警戒しながら開けるのはハイランダーの性であろうか。

 そんな警戒もケースの中の深紅に輝く金属のインゴットの前に霧散する。彼女の思考は全てそれに吸い込まれたのだ。

 数瞬ののち、京子の動揺で重くなってしまった口が動く。


「魔法金属……?」


「そうだ。名を緋緋色金、調べた限り一度もダンジョンで出土していない未知の金属」


 呆然とした顔で耳島の顔を見つめる京子。何かを言葉にしようとしても単語にならずに空気に溶けていく。

 やっと京子から出た言葉は予想されていたものだった。


「ひょっとこさんに会わせて、お礼が言いたいわ」


「ダメだ。状況が悪すぎる」


 何の状況だと尋ねない程度には京子は頭が回る。新種の魔法金属、それもインゴット並みの大きさで用意をできる謎の人物。ハイランダーなら誘拐してでも手に入れたい人材だ。


「わかったわ、私は何をすればいい?」


 京子は会話の主導権を耳島に渡す。彼女は緋緋色金への伝手を作れれば自身がどうなってもいいと考えていた。魔法金属とはそれだけの価値があるのだ。

 耳島は深く頷いて、指を一つ立てる。


「まずは金、一千万用意してくれ」


「はぁ!? 安すぎるわよ!」


 京子はテーブルを力任せに叩いて身を乗り出す。立場と言っていることが逆だがそれを指摘する者はこの場にはいない。


「落ち着け。二つ目、Btubeって知ってるか?」


「……知ってるわ、うちのクランもチャンネルあるし」


 主に新人勧誘用の碌に稼働していないものだけど。京子は情報を補足をした。


「奴はBtubeのチャンネルで一攫千金を狙っているらしい。だが実際にアイツがチャンネルを制作すると問題が多々発生するだろう、いやする。間違いない。

 だから、そのチャンネルの管理を『明日への栄光』に任せたい。それが一千万で緋緋色金を譲渡する交換条件だ」


「なるほど、上位クランの仲間入りをした私たちに後ろ盾になれってことね」


「政府も国外への移籍をチラつかせれば強くは出れんだろう」


 二人は悪い顔で笑う。耳島は日頃の政府への不満が、京子は中堅の頃に散々押し付けられた割の悪い仕事の借りが返せると思うと笑みが零れてしまったのだ。


「……ところで、この緋緋色金だけで一生暮らせるぐらいの金銭は手に入るのだけれど」


「……奴はどこか抜けているからな。大方、稼ぐ手段と目的が逆になってるんじゃないか?」


 呆れたように吐き捨てる耳島を可笑しく思いながら、京子は話を続ける。


「わかったわ、後でリーダーに連絡して了承を取る。間違いなく要望は通るでしょう。他に条件は?」


 そこで初めて耳島は困った顔でスキンヘッドの頭頂部を掻き。


「緋緋色金の加工は三島の爺さんに頼んじゃくれねぇか。本人が乗り気でな……」


「クランにも鍛冶師はいるんだけど……。いいわ、後で寄ってみる」


「我が儘放題しやがったらぶっ飛ばしていいからな」


 耳島と京子はお互いに笑い合う。

 本人の知らない間に高橋は強力な後ろ盾を手にしたのだった。


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