集会所の長・美月
集会所とやらは霧島酒店の隣にあるらしい。
裏道を通りながら小声で美月と会話するなかで教えてくれた。霧島酒店の二軒隣の細道を抜けると入り口にたどり着くらしい。
美月に先導されながら、なるべく人目につかないように動く。
アーケードを抜ければ百メートルほどだが裏道から裏道へ移動すると三倍は距離があるな。
心の中でぶつくさ言っていると美月が立ち止まった。到着したようだ。
「タカ、この中の約束事は三つ。これだけは守って。
一つは中で誰にあったかは外に出さないこと。最悪殺し合いに発展するから絶対に守って。
二つ、中の女の子にはおさわり禁止。うちの従業員だからね、手を出すならアタシにして。
三つ目、現金は御法度、物々交換で」
いきなり告げられた約束はさっぱりわからなかった。
ガチャリと広めの裏口を開けると地下へと続く階段になっている。微妙な明かりが点在しているが足元まで見えずに危険だ、ぶっちゃけ怖い。
ひるんだ俺を尻目に美月はスタスタと地下に降りていく。
「おいおい……」
「大丈夫、壁に手を当てて降りていけば踏み外さないから」
ビビってるのはそっちじゃねぇよ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
地下への階段を降りた先に広がっていたのは、真っ赤な絨毯が広げられた巨大な空間。ところどころにテーブルが設置されており、そこでは武器以外完全装備のハイランダーや鉄板話を一つも持ってなさそうなサラリーマンなどが酒を飲みながら談笑しているようだ。
入り口で待機しているスーツを着た男性スタッフに軽くボディチェックをされ、中へと一歩踏み出す。テーブルにはメニュー表が備えてあり、注文するとバニースーツを着た女性スタッフが食べ物や飲み物を運んでいた。従業員に手を出すなってのはそういうことか。
「ようこそ集会所へ。ここでは表に出せない商談や水面下の連携の相談なんかをするための施設よ。オーナーはアタシ、巣鴨ブラックマーケットの住人はみんなここのことは知ってるけどみだりに余所者に教えたりしないように」
「最初に俺を警戒してたのはここが原因か」
「そうよ。魔石の取引はここで行うことがほとんどだもの、いきなり魔石が欲しいなんて言われたら政府の手先かと警戒するわよ。
タカがそんなことするわけないと思ってたけどね」
「そいつはなによりで」
美月を連れだって近くの空いている席に座る。メニューを眺めるが値段が載っていない。
「値段が載ってないんだが?」
「ここでは何かを交換所で売って、それを独自通貨にして飲み食いするの。
独自通貨、ガモって名前なのだけど、ガモは帰りに好きなものに再交換できるのよ」
「だから物々交換ってことか」
その通りと言って、美月はスタッフにウーロン茶を持ってくるように頼んだ。
「タカは一生懸命に魔石とかを購入してたけど。ここに来れば物々交換だけど軽々手に入るわ。
ドロップ品やスキルオーブなんかも交換品にあるから時間があるときに見に来てね」
なぜかシャンパングラスに入ったウーロン茶が到着する。
美月はそれを受け取って片方を俺に渡す。
「お疲れ様」
美月の音頭でガラスを軽くぶつけて一気にウーロン茶を飲み干す。全然たりねぇ。
そんな俺の気持ちなんて無視するかのように美月はハイブランドの腕時計で時間を確認する。
「今が三時半、おそらく六時前後には耳島のおじさんのところに大隈京子がやってくると思うわ。そこから三島のお爺ちゃんと顔を合わせて話し合い、昼には家に帰れるわよ」
「さよけ。……美月ならアレにいくら出す?」
アレとは緋緋色金のことである。このような場を整えているなら相場に詳しいだろうと踏んでの質問だ。美月はうーん、と唇を突き出して考え込む。
その隙に通りかかったバニーのスタッフにオレンジジュースをジョッキで頼んだ。
「アレって、量産できるの?」
「材料のレア度による。素材の値段一覧でも見せてくれたらすぐにでも判断できるが」
「無理よ。管理帳簿が多すぎて見るだけで莫大な時間がかかるわ。ハッキングの可能性があるから電子では管理してないしね」
そりゃそうか、こんなアングラで経営してるんだから弱点なんて作らないよな。
「材料は言えないの? メジャーなものなら覚えてるけど」
「言っても困らないけどよ。ここでいいのか?」
「構わないわ、外でここの話を持ち出すのは御法度だもの。もし漏れたと判断されたら猟犬が狩りに赴くから注意してね」
猟犬……? 察するに隠語だろうな。ヒットマンみたいなもんだろう。
「魔創鉄って金属なんだが。多分、あっても欠片みたいな大きさだと思う」
「魔創鉄……。ちょっと待ってて、すぐ戻るわ」
美月は席を離れて店の奥に消えていった。バニーのお姉さんがオレンジジュースを持ってきてくれた。受け取ってゴクゴクと……、飲めない。シャンパングラスの漁ぐらいならともかくジョッキだと面を外さないといけない!
あたふたしているとバニーのお姉さんがストローを渡してくれた。
「どうぞ」
「ありがとう、助かるよ」
ストローをオレンジジュースに差してチュルチュルと飲んでいると、俺の給仕してくれたバニーのお姉さんが何か言いたそうにこちらを見てくる。
「なにか?」
「いえ……。あの、支配人とはどのようなご関係で? あの方が誰かとここに来る事なんて滅多にないので珍しくて」
「あー、腐れ縁さね。男女の仲じゃないよ」
そうなんですかと、肩を落としてバニーのお姉さんは給仕場に戻っていった。よくわからんが愛されてるな、美月よ。
ジュースを飲みながら周りを見渡す。若めのハイランダーと中年ハイランダーが握手をして互いに木箱を受け渡した。相互トレードの取引の場としては割と緩いんだな。これだけ人目があるのに素顔同士で簡単に受け渡すとはよほど猟犬ってのが信頼されてるようだ。
「お待たせ」
「うおっ! 急に戻ってくるなよ」
音もなく俺の隣の席に座っていた美月に苦言を呈す。わざとやったなコイツ。
その証拠にどことなく顔がにやついている。腹立つぜ。
美月がその顔のままクリアファイルに挟んだプリントをテーブルに載せる。
「これだ、これがいるんだ」
プリントには錬成に使用した魔創鉄の欠片が写真で掲載されていた。
細かい字で情報が記載してある。ドロップしたのは熊野ダンジョンと言うらしい。
「熊野ダンジョン、どこだ?」
「和歌山と三重の境、紀伊半島の一部よ。
ダンジョンボスはイッポンダタラ、一つ目一本足の妖怪ね。深度は参、よく中位のハイランダーが低位の新人を連れて攻略しているそうよ。
素材としては集会所ではあまり買い取ってはないみたいだけど、それでも少しは用意できるみたいね」
「ほーん……。馬鹿なことを考えるなよ? もう一回でも危ない橋を渡るつもりはないぞ」
もっかい引っ越しなんて絶対嫌だからな俺は。
「わかってるわよ。素材があることを教えてアンタには取れる手段が多いってことを教えてあげてるのよ。感謝しなさい」
「そいつはどうも」
オレンジジュースを飲み干して立ち上がる。
そのまま美月を見下ろして一言。
「交換所があるんだろ? 見せてくれよ、どうせ昼までは暇なんだ」
美月は深く口角を上げ、俺にぴったりと寄り添って腕を引いた。
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