夜に紛れる

 音もなくオッサンの店の裏手の勝手口前に到着。軽くドアをノックして中のオッサンに知らせる。

 返答なくガチャリと鍵が開いた音がした。ゆっくりとドアを開けて室内に入る。


「お前さんか」


「俺が一番乗りか?」


「おう、リビングで待ってな。多分爺さんと美月の嬢ちゃんは一緒に来るはずだ」


 やっぱ爺さんは美月を家まで呼びに行ってくれたのか? 裏道を通ると霧島酒店の前を通らないからなぁ。

 緋緋色金を収納しているジュラルミンケースをテーブルの上へ置いて、ひょっとこ面を外してリビングで横になる。夜遅くだから眠いわ。


「眠そうだな」


「お、サンキュー。ちょうどコーヒー飲みたかったんだ」


 気を利かせたオッサンがマグカップにホットコーヒーを注いで持ってきてくれた。

 ありがたくコーヒーを啜りながら俺の右手に胡坐を掻いて座るオッサンを見る。かわいいクマの寝巻だ。


「えらく可愛いおべべじゃん」


「孫が好きなキャラクターらしい。遊びに来た時にこれを着てないと一緒に寝てくれないんだ」


 孫煩悩め。

 沈黙の中、二人のコーヒーを啜る音だけが響く。


「そのケースの中身が相談の内容か?」


「うん、関わった三人には説明しとくのが筋かなって。詳しくは全員揃ったらってことで」


「二度手間だしな。もうそろそろ来るだろ」


 オッサンのその発言と同時に勝手口を力強く叩く音が響く。

 間違いなく三島の爺さんだ。オッサンが開錠をしに向かう。ドタドタと騒がしい足音がリビングに近づいてきた。


「おう、待たせたな!」


「爺さん声デカいって」


 すまんすまんと俺の対面にドサッと座る爺さん。美月は立ったまま鋭い目つきで俺を見つめ続けている。


「どうした美月。座んなよ」


「……ええ、わかったわ」


 俺の左側の面に美月が静かに座った、オッサンも右手に座ってジェラルミンケースが乗ったテーブルを四人で囲むような形だ。

 オッサンが二人分のコーヒーを持ってきて、それを二人は一口飲む。

 一息ついて、三島の爺が口火を切った。


「ワシと美月がいるってことはダンジョン関係じゃろ。権太も同席ならマズイ代物を手に入れて相談したいってところか」


「流石だな。伊達に長生きしてないな爺さん」


「かっ、巣鴨ブラックマーケットになったときからどれだけ鉄火場に立ってると思ってんだ」


「ちげぇねぇ。何を出されても驚きゃしねぇよ。俺は朝の一件もあるしな」


 爺さんとオッサンが場の空気を緩めてくれる。美月は黙ったままだが話を進める。

 ジェラルミンケースの留め金を外し、中身を晒す。のをちょっと待って、三人を見て一言。


「他言無用、いいね?」


 三人が頷いたのを確認して、中身を見せる。深紅の金属が電灯の光を弾いて光沢を発している。


「魔法金属……!」


 美月がようやく口を開いた。魔法金属とはいったい?

 爺さんに視線を向けると、白髪頭をガリガリと掻きながら説明してくれた。

 曰く、魔法金属とはダンジョンのドロップでしか入手できない特殊な金属。それを少しでも混ぜて加工すれば各々の特性を持った合金になるとのこと。


「これはなんて名前の金属だ?」


 爺が聞いてきたので緋緋色金と答える。


「聞いたことがねぇな」


「俺もだ、少なくともブラックマーケットには名前でさえ流通したことはない」


「アタシもないわ」


 三人とも緋緋色金について知らないみたいだった。

 これをブラックマーケットで流していいかをオッサンに聞いてみる。

 すると、三人全員から否定の言葉が返ってきた。


「お前さんの持ってきたこの前のポーションとか一般に知られたものならともかく、全く未知の素材を流すのは反対だ。政府がここに探りを入れる理由を作るのはやめとけ」


「ワシが加工したいから反対」


「最悪命狙われるよタカ」


 爺さん以外は至極真っ当な意見だ。

 つっても材料さえあればまた精製できるからなぁ。悩んでいるとオッサンが代案を出してくれた。


「緋緋色金は爺さんに預けておいて、今から俺が『明日への栄光』に連絡してやる。

 大隈の嬢ちゃんが朝一で来るだろうから爺さんと相談して消費してもらうってのはどうだ?」


「おお、それならワシが加工できるな」


 爺そればっかだな。腕はいいし、京子なら喜んで頼むだろうけど。

 オッサンは「決まりだな」と電話まで走っていった。厄ネタなんてさっさと厄介払いしたいんだろう。


「緋緋色金の出所がバレるかもしれねぇからボンは美月についていって『集会所』避難してな。あそこなら万が一もねぇからよ」


「集会所?」


 爺の言葉にクエスチョンマークを浮かべながら美月を見る。美月は静かに頷きながら「そうね」と言った。


「タカ、今のうちに移動しよう。夜が深いうちに」


 腕を引かれて玄関へ向かう。爺さんがひょっとこ面を投げ渡してくれた。引かれていない手で面をつける。


「ありがとう!」


「事が片付いたら連絡するから大人しくしとけよ!」


 サムズアップで返答して。俺と美月は夜の闇に紛れて移動を開始した。


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