第一章 人生五回目の聖女②

 数日後。

 神殿に向かう私のむなもとにはお母様の形見のネックレスが光っていた。

 昨夜、お父様のいる夕食の席でこのネックレスを話題に出し、だつかんに成功したのだ。

 記憶を取りもどすまでの私には、こういう計算高いところがなかった。毎回、記憶を取り戻すたびにそれまで何の口答えもせず無気力に生きていた自分へのいかりを感じる。

 そしてマーティン様からは『こんやくなんて認めない』という手紙が何通も届いていた。

「最初の人生の私が、マーティン様を本気で好きだったなんて信じられないわ。本当にどうかしていたとしか思えない」

 五度目の人生を送る私には、彼が手のひらを返した理由がわかる。

「クリスティーナの生まれでは、こんいんを結ぶ際に問題が出るのよね。あの子の評判はつくられたものだもの。マーティン様のご実家、ヘンダーソンはくしやく家は歴史ある名門。クリスティーナの母親が平民だということをつく勢力は出てくるわ」

 その後、まともな家はマーティン様とのえんだんを受けてくれなくなる。めんどうえんりよしたいに決まっているから当然だ。

 過去の人生、頭がお花畑になってようようと婚約破棄してくれたのは、クリスティーナにけしかけられて気が大きくなっていたのだろう。

 今回は私から告げられて急に冷静になりすがってきた。本当に残念な人。

 ちなみに、手紙には『話せばわかる』『クリスティーナとの関係は誤解だ』『セレスティアっていい名前だね』とじゆもんのようにつづられていた。

 婚約破棄を告げたけれど、ただではのがしてくれない気がしてぶるいがする。

「けれど、問題はこんなところではないのよね」

 そう。五回目の人生を歩み始めた私は、ある確信を持っていた。

「……私がこれまでの人生で死んだきっかけって『人を好きになったこと』なのだわ」

 一度目も二度目も三度目も四度目も全部、私は好きな人によって命を絶たれた。

 もちろん、その中にはれんあい的な意味の『好き』ではなかった想いもある。

 けれど確かに、心を許そうとした相手に裏切られ、命をうばわれた。

「……うすうす感付いてはいたけれど、やっぱり人を好きになるとダメなのね。その人に……殺される」

 私だって、終わりのない人生を永遠に彷徨さまよいたくはない。今は自由に好きなように生きたいと思っているけれど、あと五回もループすれば精神的な限界が来る気がする。

 ──今回の人生の目標は、ループからけ出してへいおんな人生を送ること。

「私は誰も好きにならない。生きるためにこいはしないわ」

 決意して馬車を降りた私は、この前啓示を受けたのとは違うとうに向かったのだった。


 とうちやくした部屋で待っていたのは、大神官様と見覚えのある四人の神官だった。

「わざわざ来てもらってすまないね。この前の啓示のを受けて、セレスティア嬢の能力をしようさいに判定しようということになったんじゃ」

「いいえ。私も不思議だったので、こんな早くに機会を設けていただき感謝しています」

 じゃ、とわかりやすくおじいちゃんっぽいことづかいをする大神官様が私のお父様とねんれいが変わらないことは知っている。見かけ通りおだやかで温かな人だ。

 問題なのは、その後ろに見える神官たちだった。

 向かって左から、バージル、シンディー、ノア、エイドリアン。なんのぐうぜんなのかは知らないけれど、一度目から四度目までの私の相棒が順番に並んでいる。

 そして冷たい視線が突きさる。そう、初めはみな冷たかった。母親違いの妹をいじめたおすという、継母がつくりだした悪評を信じていたから。

 ちなみに、エイドリアンには四回目の人生の最後で裏切られた。

 つまりそれはそういうことで。だからなるべくかかわりたくない。

「聖女様と神官は、二人一組で行動することになります」

「……はい」

「先見の聖女、戦いの聖女、いやしの聖女、ほうじようの聖女、それぞれとあいしようのいい神官がペアになります」

 れいな顔で説明してくれるのは、二度目の人生で私の相棒だったシンディーだった。

 四人中ゆいいつの女性で、サラサラなブロンドのショートヘアがよく似合っている。

 シンディーは回復ほうが使える。『癒しの聖女』のほかに回復魔法が使えるのはかなりめずらしい。

 神官は聖女の護衛にあたり、啓示を受けたしゆんかんに強い力を手にする。だからこの四人もとても綺麗な外見をしているけれど、めちゃくちゃ強いのだ。

 ちなみに、キャラもなかなかにくて私はこの先いろいろと苦労することになる。

 今回はだれと組むことになるのかな。できれば、この中の誰でもなくほかの人にお願いしたい。

 とにかく、四回目の人生の最後で私を殺したエイドリアンだけはやめてほしい。

「今から、セレスティア様には能力かんていを受けていただきます」

「能力鑑定?」

 五回目の人生にして初めて聞く言葉に首をかしげると、シンディーではなく大神官様がうなずいた。

「そうじゃ。神殿の石板が割れてしまったからのう」

「……申し訳ありません」

「いやいや。気にするな。本当なら、神からのけいを受けるとあの石には四つの聖女のうち何の力を持っているのかが古代神話文字で浮かび上がるはずなのじゃ」

 実は過去の人生でその四種類をコンプリートしています、なんて言えるわけもなく。私はあまりの気まずさに大神官様から目をらす。

 すると、ちょうど一番左のバージルと目が合った。心が女子な美形男子である彼のなめらかなウエーブヘアは、いつ見ても綺麗に手入れされていてこの人生でも変わらない。

『大神官様から目を逸らしてんじゃないわよ』というどすのきいた声が聞こえそうで、私は縮こまる。こわい。

「もう一度石板で啓示をかくにんするべきなのじゃが……予備がなくてのう。神官たちに作り直させているところじゃが、少し時間がかかる」

 これまでの人生ではつうに啓示の儀を終えることができていたのに、どうしてこんなことに。だから私は何のけいかいもせず啓示の儀にのぞんでしまった。

 ちなみに、前回までのループで得た力が今世でも使えるということに気がついたのは四回目のループのおしまい近くだった。もっと早く気がついていたら力を使って身を守り、死なずに済んでいたのかもしれない。でも、今さら言っても仕方がない。

「……石板の代わりに『能力鑑定』というものをするのですね」

「ああ、そのとおりじゃ。本当に運がいいぞ。タイミングよく適任者がここにいてな」

 ここ? しん殿でん内の一室にしては近代的すぎる機能的な応接室をぐるりと見回すと、私の後ろのとびらが開く気配がした。

「トラヴィス」

「!」

 大神官様が呼んだのは私の友人の名前だった。おどろいてり返ると、ついこの前ごうとうから助けてくれた彼がいた。

「臨時で神殿の手伝いをしているトラヴィスです」

 これは夢なのではないかな。

 最初の人生で私の友人だったトラヴィスがすぐそこにいる。ほかの人生でも会いたくてさがしたのに、全くめぐり合えなかった彼が。

 この前はきんきゆう事態だったので気がつかなかったけれど、トラヴィスはずいぶんと上品な身なりをしている。サラサラのまえがみからは自信たっぷりなひとみがこちらの様子をうかがっていた。

 ニコリと微笑ほほえんだトラヴィスはさも当然という風に大神官様のとなりこしを下ろす。

 あまりにもナチュラルな動きに私はあつにとられた。待って。どういうことなの?

「セ……セレスティア・シンシア・スコールズと申します」

「よろしく、セレスティアじよう

「……」

 大神官様はとてもえらい人で、この神殿にほうする神官たちだけではなく、聖女や巫女みこたちも束ねるお方にあたる。

 神に仕える私たちのトップに君臨する大神官様は、じようだんではなく国王陛下と同じぐらいの権力を持つ。その大神官様と対等に接するトラヴィス。そして、それをとがめない大神官様と四人の神官たち。本当に意味がわからない。

 私がトラヴィスを見る目が相当にあやしかったのだろう。一度目の人生の相棒・バージルが苦々しく毒づいた。

「アナタ、トラヴィス様が美しいから見とれているのね?」

 ちがいますそうではないです。

 女子を見る目がとても厳しいバージルとは、一度目の人生でいつしよに行動した仲だった。

 初対面の日、彼はスコールズしやく家を追い出され着の身着のまま神殿に現れた私のかみを無言でいてくれた。

 ままははによる『ひどい姉』の評判を知っていたはずなのに。

 けれど、数日で私におしゃれをする気がないとさとると『宝の持ちぐされだわ』となげきよを置かれるようになった。

 評判に関する誤解はわりと早く解けたほうだったけれど、美容に関してはあいれない仲だと判断されたらしい。

 巫女として神殿をおとずれたまい・クリスティーナを見ながら『どうせ女子と組むなら、ああいうもっとキラキラしたごれいじようがよかったわ』と、つぶやいていた気がする。

 ……悲しくなってきたので話をもどしたい。

「いいえ! あの、トラヴィス……様は、だんからこちらにいらっしゃるのですか。なんだか、神官らしくないので」

「今日は手伝いです」

 本人から非常にさんくさがおと、はぐらかすような答えが返ってくる。

 彼が神官だったなんて知らなかった。私が知っている限りそんなりは全くなかった。

『何者』と聞きたいけれど、大神官様への振るいからはそれが許される空気ではない。

 そんな私の心の中を察したかのように大神官様はおつしやる。

「トラヴィスは神官の中でも特に神力が豊富で強い。そこに関してはわしよりも上なのじゃ。神力を相手の身体からだの中に通して、聖なる力の種類をさぐることができるんじゃよ」

「では、トラヴィス様に判定していただいた後、私がどの神官と組んでどんなお仕事につくのかを決めるということですね」

如何いかにも」

 皆、意外と吞み込みが早いな、という顔をしている。

 でも五回目の人生なのでごめんなさい。少しは『しようわるなひどい姉』のイメージを忘れてくれたらいいな。まぁ無理だろうけれど。

 パートナーへの特別なおもいをせていた私に、トラヴィスが手を差し出した。

さつそく、やってみましょう。をお借りしてもよろしいですか」

「……はい」

 私が右手を差し出すと、トラヴィスは私の手のひらをやさしく両手で包んだ。

 指先が白く光ったかと思えば、手のひら、うでと伝って神力が入り込んでくる。身体がぽかぽかと温かい。神力にれるのは初めてのことで感動する。

 神力とは守るべきものをはぐくむ神の力。聖女が使う聖属性のりよくとは別物だ。聖女の場合は聖属性の魔力が空っぽになれば動けなくなるだけだけれど、神官の場合は少し違う。

 聖女と神を守るために、神官のそれは消費される。

 だから、使い方や加減を知らないととてもこわいことになる。

「体調に変化はありませんか」

「はい、何も」

 予想外なことに、不快さや不思議な感覚はない。大人しくされるままになっていると、トラヴィスの表情が険しくなった。何か異常が見つかったのかな。石板が割れたことを筆頭に、心当たりがありすぎる。

 彼の額にはあせかんでいて、少しだけ息も上がっていた。

 私が聖属性の魔力を使うときはかなりへいしないとここまでにはならない。能力鑑定をするのには相当な神力が必要なのだろう。

 けれど、それだけではない気もする。

 何というか……そんな目で見ているつもりはないのに、すごくせんじよう的に見えてしまって。背後に並ぶバージルもそれを察知したらしく身を乗り出している。本当にやめてほしい。

 そんなことを考えているうちにトラヴィスは私の手をゆっくりとはなした。

「彼女は、先見・戦い・いやし・ほうじよう……すべての適性を持っているようですね」

「な、なんと」

 大神官様は驚きの声をあげ、後ろの四人は目を見開いて固まった。

にわかには信じがたいですが、聖女の力のもととなる聖属性の魔力も……おそらくいつぱん的な聖女の五倍程度はあるかと。前例がないのでは」

「あ」

 五倍、に心当たりがありすぎて声が出る。

 そうだ。私の人生は五回目。ループした分だけ力がまっているということなのだろう。

「代わりにサイドスキルが見当たりませんね。ここまでとつしゆつした力があるのなら、サイドスキルがないとおかしいのですが」

「サイドスキル……」

 過去四回のループで聞いたことがある。特にすぐれた能力を持つ聖女には『先見』『戦い』『癒し』『豊穣』いずれかとは別に、特別なサイドスキルがあたえられると。

「そうじゃ。あまり知られていないが、一部の選ばれし聖女にはサイドスキルというものがある。めったにいないし、啓示のでは明らかにならない。聖女として過ごすうちに判明するパターンが多い。仮に神からすでに受け取ったと仮定して、彼に見通せないスキルとなると……相当、ぼんなものか」

「なるほど」

 そっか。ループ五回分の力をたくわえている私にはサイドスキルが目覚めていてもおかしくないのだ。

 あっさりなつとくした私にトラヴィスはたんたんと冷静に告げてくる。

「聖女はあいしようのいい神官とペアを組んで行動しますよね。セレスティア嬢の能力を考えると……」

 ついさっきまで息が上がっていたのがうそみたい。

 そして後ろの四人がびくりと身構える。いくら私に関する悪評を知っているとはいえ、そんなにあからさまにいやがらなくてもいいと思う。

 私だって、継母がばらいた悪評を信じない神官と組みたいし、私を殺さない人をそばに置きたいです。

 まぁ、現時点でそんなに都合のいい相手はこのしん殿でんにはいないと思うけれど。

 だって、たとえそれが事実無根でも、みなが言っていることはその人にとって真実なのだ。

 過去の人生で私はそれをよく知っている。

 ……あ。待って?

 適任者が一人だけいることに気がついてしまった。

 継母がばら撒いた悪評を知らなくて、もし聞いてもきっと信じなくて、私を殺さないだろう人。

 一緒に行動して楽しいのも助けになってくれるのも全部わかっていて、危険があったら救ってくれて私も絶対に救おうと思えて、そして好きにならないだろう人。

「あの、大神官様! 私、この方と組んではだめでしょうか?」

 私が指し示した先には、すずしげな目元にのぞいろらし、おどろいた表情のトラヴィスがいた。

「私、でしょうか。セレスティアじよう

「はい、ぜひ。トラヴィス様!」

 お茶を飲んでいた大神官様がぶふっとき出し、シンディーがハンカチを差し出すのが見えた。



 神殿の裏庭。

 ここは、神殿の加護のおかげで冬でも快適な気温に保たれている。

 能力かんていを終え解放された私は、ベンチに座ってさっき残した朝食をもぐもぐ食べていた。トラヴィスの顔を見ていたら、ランチボックスに入っているサンドイッチを思い出したのだ。

「……このサンドイッチの味を教えてくれたのは彼なのよね」

 結論から言って、大神官様はトラヴィスと私が組むことを止めはしなかったけれどすすめもしなかった。

 残していったのは『本人同士で話し合うように』というありがたいお言葉。大神官様は基本的に私たち聖女や神官のことを尊重してくださる。

 つまり、丸投げだった。

 一度目の人生のことを回想する。私は『先見の聖女』だった。先見の聖女は未来を見通す力を持つ。けれど、ねらった未来を好きなタイミングで見られるわけではない。

 だから聖女の力のもととなる聖属性の魔力をきたえたり、神様に仕える者として精神的なしゆぎようを積む必要がある。

 そこまでしても自分が死ぬことを予期できなかった残念な『先見の聖女』もいる。もちろん、私のことだけれど。

「一回目のとき、お父様がくなってマーティン様にこんやくをされた私は、少ししてからトキア皇国に向かうことになったのよね。トキア皇国にはこの世界のすべての神を束ねる大神殿があるから」

 もぐもぐとしやくしながら考える。

 あまっぱいベリーソースと塩気のあるチキンはやっぱり相性がいい。このサンドイッチは、そのトキア皇国で一般的な料理のひとつだ。

 修行のためにトキア皇国にとうちやくした私は、休日の街でトラヴィスに出会った。彼はいつも軽装だったけれど、たんけんたずさえていた。だからトラヴィスはなのだと思っていた。まさか神官の力を持っていたなんて。

 トキア皇国でのたいざいはわずか一年の半分ほどだったけれど、私たちは友人として仲良くなった。修行の期限がおとずれ、私はルーティニア王国へと帰国しまいとマーティン様(くやしいことに私は彼に未練があった、信じられない)にもう一度傷つけられ、死んだ。

「というか、この人生が一番さんだったかも」


「……神に仕えるのは本意ではないですか?」


「んっっ」

 背後からかけられた声に、私はサンドイッチをまらせた。

 苦しい。さぐりですいとうさがすと目の前にカップが差し出される。ありがたい。ごくごくと紅茶を飲み込んで、私はやっと息ができた。

「……トラヴィス様、ありがとうございます」

 この人生で早くも二度命を救ってくれた恩人に頭を下げる。すると、彼は私のとなりを指差した。

「こちらに座ってもいいでしょうか」

「はい、もちろんです」

 この裏庭にベンチはひとつしかない。朝食か昼食かおやつかはわからないけれど、彼も食事の時間らしかった。

 ちらり、と横顔を覗き見る。いつも通り涼しげな横顔。久しぶりの友人との再会に何と言ったらいいのかわからなくて、ただじーんとしてしまう。けれど、まずはとりあえず『聖女』として誤解を解かなければ。

「今の質問ですが。神にお仕えできるのは本当に幸せなことです」

「それならよかった」

 こちらに向けられるなつかしい微笑ほほえみを見たたんに、複雑な感情がこみ上げた。

 ああ、彼に話したいことがたくさんある。

 最初の人生でトラヴィスと別れてから私はすいせいを見て、一人前の聖女として認められた。

 別の人生ではこくりゆうとうばつに行ったし、流行はやり病のりようのときは一回目の人生でトラヴィスが教えてくれたことが役に立った。

 落ち込んだ夜には大神殿のてっぺんから星を見せてくれた。

 正直、基本的に女の子を寄せ付けない彼がそんなづかいをしてくれたのが本当に意外で。私は今でもたまにあの星空を思い出す。

 それから、られてもなおマーティン様に手紙を送りたかった残念な私を鹿にしないで見守ってくれたし、さみしくなったときには何をいてでも話を聞いてくれた。

 たった半年の間ではあったけれど、確かに私たちはいい友人だった。

 一人、思い出にひたるのが寂しくなった私はつい最近のお礼を伝えることにする。

「トラヴィス様、この前は助けてくださってありがとうございました。けいを受けた日、神殿に向かうちゆうに馬車がおそわれまして」

「……やはり、あの馬車に乗っていたのはセレスティア嬢でしたか。見覚えがあると思いました」

「あの時は、きちんとお礼をお伝えできずに申し訳ございません」

「……いえ、こちらこそ。まさかこんなところで再会するとは」

 私が頭を下げるとトラヴィスはみような表情をかべる。それはそうだと思う。だって最初の人生でのトラヴィスは、女性をものすごくけいかいしていたのだから。

 この甘いルックスにせいかんたたずまいを女子がほうっておくはずがない。私は半年間のことしか知らないけれど、そのわずかな期間にもトラヴィスはさまざまなトラブルに巻き込まれていて本当に大変そうだった。

 もしごうとうから女の子を助けたりしたら、これ幸いとばかりにあらゆるちからわざけつこんに持ち込まれてもおかしくないと思う。

 当時、信じられないことに私はマーティン様への未練を持っていた。婚約破棄され、家を追い出されても目が覚めないなんて、本当にありえない。

 だからトラヴィスのかんぺきな外見に興味を示さない私は、彼と友人になれたのだと思う。

「トラヴィス様が私の乗った馬車を助けた後すぐにいなくなってしまったのは、私に言い寄られると警戒したからではないでしょうか」

「……あなたから見た私はずいぶんと自意識じようなようだ。おずかしいです」

「いいえ、これは事実だと思います。だって、あれを見てください」

 私の視線の先にはチラチラとこちらを気にしながら通り過ぎる女子──巫女みこたちの姿があった。トラヴィスは、少しめんらったような顔をしてからぷはっと笑う。

「……セレスティア嬢はおもしろいですね」

「では、私の相棒になってくださいますか?」

「……それは」

 あっさりかわされるかと思ったのに彼は少し考え込んでしまった。意外といけそうな気がする。この人生、できる限り自分を殺さない人の近くにいたい私は、前のめりになった。

「私とトラヴィス様が組めば、女性がらみのトラブルをけられます! 聖女と神官はずっといつしよに行動しますから」

「興味深い提案ですが、」

くわしくは言えませんが、私がだれかにこいをすることはありません。もし好きになることがあったらそれは死ぬときで、めんどうなことになる前に消えていなくなると思います!」

「……それはどういうことですか?」

「何があっても、私はあなたを好きになりませんのでだいじよう、ということです」

 命がかっていますので。

 念押しすると、彼はなぜか躊躇ためらうようなりを見せてから、口を開いた。

「少し話は変わりますが……。私たち神官が持つ神力には少し不思議な特性があるというのはご存じでしょうか。聖女が持つ聖属性のりよくにとても弱く、条件を満たした相手の魔力にひとたびれると、たまらなくいとしい気持ちになるようです」

 なにそれ。

「初めて知りました。それって、れ薬みたいなものなのでしょうか?」

「それぐらいよこしまなものなら気楽ですね。しかし、感覚では『本能に植え付けられているもの』に近い気がしておどろいたところです。そもそも、条件を満たす相手に出会うことがまずありません。聖女自体が少ないですから」

「え……ええ」

「以前読んだ書物にはひとれのようなものだと書いてありました。それ以前に、条件を満たす相手とは、神力の交わりがなくてもいずれしたう相手なのだと」

 なんだか話がおかしな方向に行っている。けれど、トラヴィスが何について話したいのかは理解できた気がした。

「つまり……神官が魔力に触れて好きになる聖女っていうのは、そもそもその神官にとって運命の人、ただ恋に落ちるのが早くなるだけ、ということですか?」

「その通り」

おつしやることは理解しましたが、どうしてこの話になったのか意味がわかりません」

「今は聞くだけ聞いてくれればいいです。きっと、すぐには理解できないと思います」

 すぐにどころかしばらくは理解できそうにない。しかも、きっと私には関係のない話だろう。トラヴィスの話を適当にみ込んだ私は、うんうんとうなずいて話をまとめに入った。

「……ということで、私の相棒になる件についてご検討いただけるとうれしいです」

「ああ、前向きに検討しようと思います」

「ですよね。すぐにご決断いただけるわけない、って……えっ?」

 今、この人なんて言った?

 ぽかんと口を開けた私に、トラヴィスがさわやかなみを向けてり返す。

「それに関しては前向きに考えたいと思います。きわめて、前向きに」

 さそった私が言うのもおかしいけれど、意味がわからない。

 この人生でトラヴィスとまともに話したのはこれが初めてなはず。なのに相棒になることに前向きなのはなぜ。

 こんわくしたせいで彼の笑顔にどきりとしそうになった私の頭には、ふと疑問が浮かんだ。


 ──あれ。私、さっき彼の神力で能力をかんていしてもらわなかったっけ?


 この人生では誰のことも好きにならず、恋をしないでとにかく長生きしたい私は、よくわからないけれど背筋がぞわっとしたのだった。

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ループ中の虐げられ令嬢だった私、今世は最強聖女なうえに溺愛モードみたいです 一分 咲/角川ビーンズ文庫 @beans

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