第一章 人生五回目の聖女②
数日後。
神殿に向かう私の
昨夜、お父様のいる夕食の席でこのネックレスを話題に出し、
記憶を取り
そしてマーティン様からは『
「最初の人生の私が、マーティン様を本気で好きだったなんて信じられないわ。本当にどうかしていたとしか思えない」
五度目の人生を送る私には、彼が手のひらを返した理由がわかる。
「クリスティーナの生まれでは、
その後、まともな家はマーティン様との
過去の人生、頭がお花畑になって
今回は私から告げられて急に冷静になり
ちなみに、手紙には『話せばわかる』『クリスティーナとの関係は誤解だ』『セレスティアっていい名前だね』と
婚約破棄を告げたけれど、ただでは
「けれど、問題はこんなところではないのよね」
そう。五回目の人生を歩み始めた私は、ある確信を持っていた。
「……私がこれまでの人生で死んだきっかけって『人を好きになったこと』なのだわ」
一度目も二度目も三度目も四度目も全部、私は好きな人によって命を絶たれた。
もちろん、その中には
けれど確かに、心を許そうとした相手に裏切られ、命を
「……
私だって、終わりのない人生を永遠に
──今回の人生の目標は、ループから
「私は誰も好きにならない。生きるために
決意して馬車を降りた私は、この前啓示を受けたのとは違う
「わざわざ来てもらってすまないね。この前の啓示の
「いいえ。私も不思議だったので、こんな早くに機会を設けていただき感謝しています」
じゃ、とわかりやすくおじいちゃんっぽい
問題なのは、その後ろに見える神官たちだった。
向かって左から、バージル、シンディー、ノア、エイドリアン。なんの
そして冷たい視線が突き
ちなみに、エイドリアンには四回目の人生の最後で裏切られた。
つまりそれはそういうことで。だからなるべく
「聖女様と神官は、二人一組で行動することになります」
「……はい」
「先見の聖女、戦いの聖女、
四人中
シンディーは回復
神官は聖女の護衛にあたり、啓示を受けた
ちなみに、キャラもなかなかに
今回は
とにかく、四回目の人生の最後で私を殺したエイドリアンだけはやめてほしい。
「今から、セレスティア様には能力
「能力鑑定?」
五回目の人生にして初めて聞く言葉に首を
「そうじゃ。神殿の石板が割れてしまったからのう」
「……申し訳ありません」
「いやいや。気にするな。本当なら、神からの
実は過去の人生でその四種類をコンプリートしています、なんて言えるわけもなく。私はあまりの気まずさに大神官様から目を
すると、ちょうど一番左のバージルと目が合った。心が女子な美形男子である彼の
『大神官様から目を逸らしてんじゃないわよ』というどすのきいた声が聞こえそうで、私は縮こまる。こわい。
「もう一度石板で啓示を
これまでの人生では
ちなみに、前回までのループで得た力が今世でも使えるということに気がついたのは四回目のループのおしまい近くだった。もっと早く気がついていたら力を使って身を守り、死なずに済んでいたのかもしれない。でも、今さら言っても仕方がない。
「……石板の代わりに『能力鑑定』というものをするのですね」
「ああ、そのとおりじゃ。本当に運がいいぞ。タイミングよく適任者がここにいてな」
ここ?
「トラヴィス」
「!」
大神官様が呼んだのは私の友人の名前だった。
「臨時で神殿の手伝いをしているトラヴィスです」
これは夢なのではないかな。
最初の人生で私の友人だったトラヴィスがすぐそこにいる。ほかの人生でも会いたくて
この前は
ニコリと
あまりにもナチュラルな動きに私は
「セ……セレスティア・シンシア・スコールズと申します」
「よろしく、セレスティア
「……」
大神官様はとても
神に仕える私たちのトップに君臨する大神官様は、
私がトラヴィスを見る目が相当に
「アナタ、トラヴィス様が美しいから見とれているのね?」
女子を見る目がとても厳しいバージルとは、一度目の人生で
初対面の日、彼はスコールズ
けれど、数日で私におしゃれをする気がないと
評判に関する誤解はわりと早く解けたほうだったけれど、美容に関しては
巫女として神殿を
……悲しくなってきたので話を
「いいえ! あの、トラヴィス……様は、
「今日は手伝いです」
本人から非常に
彼が神官だったなんて知らなかった。私が知っている限りそんな
『何者』と聞きたいけれど、大神官様への振る
そんな私の心の中を察したかのように大神官様は
「トラヴィスは神官の中でも特に神力が豊富で強い。そこに関してはわしよりも上なのじゃ。神力を相手の
「では、トラヴィス様に判定していただいた後、私がどの神官と組んでどんなお仕事につくのかを決めるということですね」
「
皆、意外と吞み込みが早いな、という顔をしている。
でも五回目の人生なのでごめんなさい。少しは『
パートナーへの特別な
「
「……はい」
私が右手を差し出すと、トラヴィスは私の手のひらを
指先が白く光ったかと思えば、手のひら、
神力とは守るべきものを
聖女と神を守るために、神官の命が尽きるまでそれは消費される。
だから、使い方や加減を知らないととても
「体調に変化はありませんか」
「はい、何も」
予想外なことに、不快さや不思議な感覚はない。大人しくされるままになっていると、トラヴィスの表情が険しくなった。何か異常が見つかったのかな。石板が割れたことを筆頭に、心当たりがありすぎる。
彼の額には
私が聖属性の魔力を使うときはかなり
けれど、それだけではない気もする。
何というか……そんな目で見ているつもりはないのに、すごく
そんなことを考えているうちにトラヴィスは私の手をゆっくりと
「彼女は、先見・戦い・
「な、なんと」
大神官様は驚きの声をあげ、後ろの四人は目を見開いて固まった。
「
「あ」
五倍、に心当たりがありすぎて声が出る。
そうだ。私の人生は五回目。ループした分だけ力が
「代わりにサイドスキルが見当たりませんね。ここまで
「サイドスキル……」
過去四回のループで聞いたことがある。特に
「そうじゃ。あまり知られていないが、一部の選ばれし聖女にはサイドスキルというものがある。めったにいないし、啓示の
「なるほど」
そっか。ループ五回分の力を
あっさり
「聖女は
ついさっきまで息が上がっていたのが
そして後ろの四人がびくりと身構える。いくら私に関する悪評を知っているとはいえ、そんなにあからさまに
私だって、継母がばら
まぁ、現時点でそんなに都合のいい相手はこの
だって、たとえそれが事実無根でも、
過去の人生で私はそれをよく知っている。
……あ。待って?
適任者が一人だけいることに気がついてしまった。
継母がばら撒いた悪評を知らなくて、もし聞いてもきっと信じなくて、私を殺さないだろう人。
一緒に行動して楽しいのも助けになってくれるのも全部わかっていて、危険があったら救ってくれて私も絶対に救おうと思えて、そして好きにならないだろう人。
「あの、大神官様! 私、この方と組んではだめでしょうか?」
私が指し示した先には、
「私、でしょうか。セレスティア
「はい、ぜひ。トラヴィス様!」
お茶を飲んでいた大神官様がぶふっと
神殿の裏庭。
ここは、神殿の加護のおかげで冬でも快適な気温に保たれている。
能力
「……このサンドイッチの味を教えてくれたのは彼なのよね」
結論から言って、大神官様はトラヴィスと私が組むことを止めはしなかったけれど
残していったのは『本人同士で話し合うように』というありがたいお言葉。大神官様は基本的に私たち聖女や神官のことを尊重してくださる。
つまり、丸投げだった。
一度目の人生のことを回想する。私は『先見の聖女』だった。先見の聖女は未来を見通す力を持つ。けれど、
だから聖女の力のもととなる聖属性の魔力を
そこまでしても自分が死ぬことを予期できなかった残念な『先見の聖女』もいる。もちろん、私のことだけれど。
「一回目のとき、お父様が
もぐもぐと
修行のためにトキア皇国に
トキア皇国での
「というか、この人生が一番
「……神に仕えるのは本意ではないですか?」
「んっっ」
背後からかけられた声に、私はサンドイッチを
苦しい。
「……トラヴィス様、ありがとうございます」
この人生で早くも二度命を救ってくれた恩人に頭を下げる。すると、彼は私の
「こちらに座ってもいいでしょうか」
「はい、もちろんです」
この裏庭にベンチはひとつしかない。朝食か昼食かおやつかはわからないけれど、彼も食事の時間らしかった。
ちらり、と横顔を覗き見る。いつも通り涼しげな横顔。久しぶりの友人との再会に何と言ったらいいのかわからなくて、ただじーんとしてしまう。けれど、まずはとりあえず『聖女』として誤解を解かなければ。
「今の質問ですが。神にお仕えできるのは本当に幸せなことです」
「それならよかった」
こちらに向けられる
ああ、彼に話したいことがたくさんある。
最初の人生でトラヴィスと別れてから私は
別の人生では
落ち込んだ夜には大神殿のてっぺんから星を見せてくれた。
正直、基本的に女の子を寄せ付けない彼がそんな
それから、
たった半年の間ではあったけれど、確かに私たちはいい友人だった。
一人、思い出に
「トラヴィス様、この前は助けてくださってありがとうございました。
「……やはり、あの馬車に乗っていたのはセレスティア嬢でしたか。見覚えがあると思いました」
「あの時は、きちんとお礼をお伝えできずに申し訳ございません」
「……いえ、こちらこそ。まさかこんなところで再会するとは」
私が頭を下げるとトラヴィスは
この甘いルックスに
もし
当時、信じられないことに私はマーティン様への未練を持っていた。婚約破棄され、家を追い出されても目が覚めないなんて、本当にありえない。
だからトラヴィスの
「トラヴィス様が私の乗った馬車を助けた後すぐにいなくなってしまったのは、私に言い寄られると警戒したからではないでしょうか」
「……あなたから見た私は
「いいえ、これは事実だと思います。だって、あれを見てください」
私の視線の先にはチラチラとこちらを気にしながら通り過ぎる女子──
「……セレスティア嬢は
「では、私の相棒になってくださいますか?」
「……それは」
あっさりかわされるかと思ったのに彼は少し考え込んでしまった。意外といけそうな気がする。この人生、できる限り自分を殺さない人の近くにいたい私は、前のめりになった。
「私とトラヴィス様が組めば、女性
「興味深い提案ですが、」
「
「……それはどういうことですか?」
「何があっても、私はあなたを好きになりませんので
命が
念押しすると、彼はなぜか
「少し話は変わりますが……。私たち神官が持つ神力には少し不思議な特性があるというのはご存じでしょうか。聖女が持つ聖属性の
なにそれ。
「初めて知りました。それって、
「それぐらい
「え……ええ」
「以前読んだ書物には
なんだか話がおかしな方向に行っている。けれど、トラヴィスが何について話したいのかは理解できた気がした。
「つまり……神官が魔力に触れて好きになる聖女っていうのは、そもそもその神官にとって運命の人、ただ恋に落ちるのが早くなるだけ、ということですか?」
「その通り」
「
「今は聞くだけ聞いてくれればいいです。きっと、すぐには理解できないと思います」
すぐにどころかしばらくは理解できそうにない。しかも、きっと私には関係のない話だろう。トラヴィスの話を適当に
「……ということで、私の相棒になる件についてご検討いただけるとうれしいです」
「ああ、前向きに検討しようと思います」
「ですよね。すぐにご決断いただけるわけない、って……えっ?」
今、この人なんて言った?
ぽかんと口を開けた私に、トラヴィスが
「それに関しては前向きに考えたいと思います。
この人生でトラヴィスとまともに話したのはこれが初めてなはず。なのに相棒になることに前向きなのはなぜ。
──あれ。私、さっき彼の神力で能力を
この人生では誰のことも好きにならず、恋をしないでとにかく長生きしたい私は、よくわからないけれど背筋がぞわっとしたのだった。
ループ中の虐げられ令嬢だった私、今世は最強聖女なうえに溺愛モードみたいです 一分 咲/角川ビーンズ文庫 @beans
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