第一章 人生五回目の聖女①
私の
私は立ち
「お父様!」
「今の音は何だ? ……セレスティア、何かあったのか」
今日は私とクリスティーナ、二人の啓示をまとめて受けるために家族
「お父様、お久しぶりです。再会したばかりですが、お願いが! ……今日はお父様と同じ馬車に乗せてくださいませんか」
私の申し出にクリスティーナは愛らしい顔を
「セレスティアお姉さま、何を仰るのですか。お父様と同じ馬車だなんて……そこはお母様の場所です」
「久しぶりにお会いできたんですもの。昨夜の
「!」
クリスティーナが
昨夜、お父様が戻っているのに
でも、私がお父様と同じ馬車に乗りたいのは継母と異母妹の
この日。神殿へと向かう馬車でお父様は強盗に襲われて命を落とす。
その結果、最初の人生の私は無一文でスコールズ
二度目の人生、ループしているという
三度目の人生、クリスティーナといざこざを起こし、私への継母からの平手打ちと引き
お父様が乗った馬車は強盗に襲われなかったけれど、代わりに同時刻・同じ場所で別の馬車が襲われた。それに乗っていたのは、私が知っている人の大切な人だった。
四度目の人生、馬車に護衛をつけさせた。お父様も迷っていたところだったから対策自体はスムーズだった。
けれど、この時に護衛を見て馬車を襲わなかった強盗たちが大悪党に成長を
私をこんな状況に置いておくお父様には言いたいことが山のようにあるけれど、領地で暮らす人々のことを思うと救わないわけにはいかない。
そう考えているうちに、馬車はゆっくり走り出した。
「セレスティア、昨日、帰宅の
「はい、お父様。そもそも体調は悪くないのです」
「それならよいが……セレスティアはいつまで
マーシャ、と
その間に馬車は街中へと入っていく。この人生では久しぶりに見る
昨夜積もった雪が
そろそろだ、と思った瞬間、ガクンという大きな
「だ、
急に外が
「何だ。一体何が起きた」
馬車から出て状況を
「お父様。ここから出てはなりませんわ」
「しかし」
これは
《
小声で唱えると、馬車の周囲に光が
今日、私がこれから神殿で受けることになる『
聖女にもいくつかの種類があるけれど、二度目の人生のときは『戦いの聖女』だった。実際に
「お父様……強盗です! 馬車に飛び乗ろうとしています」
「セレスティア。カーテンを開けてはいけない。お父様の近くへ」
カーテンの
それから十数秒。
馬車の
「何と
「待ってください。ここは街中ですから、すぐに警察が来ますわ。もう少し」
言い終えないうちにお父様がドアに手をかけてしまった。
がちゃり、と馬車の
「うわあああ!」
「お父様!」
お父様が馬車の外に引きずり出される。ほとんどの強盗は石畳の上に
「おまえ! 上玉だな、こっちへ来い!」
「!」
あ、どうしよう。そう思ったときだった。
横から伸びてきた手が、目の前の強盗の
「え」
吸い込まれそうに深い、
「……!」
「馬車が
私は、彼を知っている。
もちろんこの人生では初対面だけれど。
警察が
「セレスティア。このまま
「……ええ、問題ないですわ」
警察に強盗を引き
「さっき……セレスティアを助けてくれた青年にお礼をしないといけないな。名前を聞いたか」
「いいえ……」
「……ああ、
「お父様。もし見つかったら、私に教えてくださいませ。直接お礼を申し上げたいですわ」
一応はそう伝えたけれど、あの彼が見つかる可能性は低いだろうと思う。
彼の名は、トラヴィス。
一度目の人生でも出会った私の友人。
スコールズ子爵家を追い出され、こっぴどい形で
けれど友人だったのは一度目の人生でだけ。
──どうして今日ここで。
『啓示の
適性ありと判断されるのはとても
ちなみに『神官』は聖女を守り
回想しつつ神殿に着くと、ちょうどクリスティーナが啓示の儀を終えたところだった。
「あなた! クリスティーナが!」
興奮した
そこに継母が自然と収まり、
「お父様! 私……クリスティーナは巫女に選ばれましたわ!」
「本当か! おめでとう、クリスティーナ! さすが、スコールズ
表向き、我が家は『
それは継母が社交界で植え付けたネガティブなイメージにほかならない。
私のお母様は
人の思い込みとはまったくもって恐ろしいと思う。声が大きいほうが有利、小さいほうには反論すら許されない。
「今日、啓示の儀を
大神官様の声が神殿に
「ここにも一人おります。セレスティア・シンシア・スコールズです」
「セレスティア。では前へ」
「セレスティア、って存在してたのか」「あれだろう、スコールズ子爵家の
私は
そして、不在の場所で悪い
「呼吸が整ったら、こちらの石板に手をかざすのじゃ」
「はい、大神官様」
大神官様が指し示したのは、神殿の中央に置かれた平たい石。遠目には書見台のように見えるけれど、歩み寄ると確かに石なのだ。
「適性がない場合は何も起きない。青く光れば神官、白く光れば巫女、──金色に光れば、聖女、じゃ」
もし聖女だった場合は、石が金色に光ったうえで何の聖女なのかが古代の神話文字で
なぜなら、この石板を光らせるのは百人に一人。さらに、聖女への適性があるのはその中でも
私がこの『
啓示を受けずに
でも、人を助ける力があるのにそれを
たぶんこんな風に思うのは、私が『聖女』として四回分の人生を積み上げたからこそで。わりとひどい人生を送ってきたのは認めるけれど、そこで得た
私は大神官様に軽く礼をして石板に一歩近づくと、息を
その瞬間に、石の真ん中に
「金色」「せ、聖女!」
周囲がどよめいたのがわかる。
確かに、これは金色の光で。
──けれど、おかしい。過去四回のときにはこんなことはなかった。
「文字が……」
古代の神話文字が浮かび上がらないのだ。大神官様も同じことを思っているのだろう。私の背後にまわって石を
パキッ。ビシッ。
「えっ?」
どういうこと、と石板のほうに視線を
「割れるとは……!」
石は、粉々に
「ええっ?」
この世界に存在する聖女は、『先見の聖女』『戦いの聖女』『
そういえば、私は四回目までのループでこの聖女四種類をコンプリートしている。何の聖女になるかは毎回違うので、
「我が国で、こんなことは初めてだ」
大神官様の言葉はざわざわとした神殿内の空気に吸い込まれ、私の耳にだけ届く。
──どうしよう?
「後日、あらためて神殿に来るように」と言われた私は、一人で馬車に乗りスコールズ子爵家へと戻った。
一人になったのは、私が『聖女』になったのを見た継母が気絶したからだ。継母を
口先では私を愛していると言いつつ、いざとなるとあっさり継母と異母妹を選ぶお父様。
本当にわかりやすく、長いものに巻かれ強いほうにひれ
私は自室の
今日はお父様が家にいるから
薪をぽんぽんと投げ入れて、火をどんどん燃やしていく。
「こんな生活にずっと
顔を上げると、窓
うちの馬車も
「マーティン様だわ」
ヘンダーソン伯爵家の
どの人生のときも、私が生きていれば必ず婚約を
理由は決まって『クリスティーナと真実の愛を見つけた』から。
「一度目のときなんて、お父様を
人間の底辺を
訪問者はいつも食事を運んでくれる使用人だった。けれど、手もとにはスープとパンがのったトレーがなくて、私は首を
「何か
「
「ああ、マーティン様がいらっしゃったからね」
私の答えに使用人の表情が
だって彼が訪ねたのは、私ではなくて
「すごいね。クリスティーナは
「えへへ。クリスティーナに務まるかはわかりませんが……
「クリスティーナはいつも
「マーティン様、そんなことは
なにが悲しくてこんなやり取りを聞かないといけないのかな。
「本当に
「……お姉さまは聖女に決まってとっても喜んでいらっしゃいましたわ。お祝いのパーティーをすると……張り切っておいでで」
「ひどいな。この家には君もいて、巫女に選ばれたっていうのに。そうだ。今度うちで君のための茶会を開こう。僕の友人たちに
「ほ……本当ですか! でも……そんなの、お姉さまに悪いですわ」
「セレスティナに文句は言わせないさ。君は、僕の大切な人だ」
使用人経由でお父様に向かえと言われたサロンには
もしかして、とクリスティーナの部屋の前までやってくると、こんな感じの、
二人の関係が特別なものということは過去四回のループでよく知っていた。けれどこんなに生々しい会話を聞くのは初めてで、
「セレスティアお姉さまが聖女となると……私はこの家でますます居場所がなくなりそうなんです。とっても不安で」
「そんなことはさせないさ。僕の矜持にかけても」
「マーティン様……!」
ねえその
「失礼いたします」
「セ、セレスティナ
「今のお話はすべて聞かせていただきました」
マーティン様は一瞬だけ
「そ、そうか。そういうことだ。新しいものを
「新しいものを嫌う? ……私とクリスティーナの誕生日は、数日しか変わりませんのよ。お
「ではなぜ彼女を
マーティン様は、ひらり、と刺繍がされたハンカチを見せてくる。
ちなみにその刺繍は私がしたもので、事情を知っていれば
「私は、そのようなことはしておりません」
「しかし、クリスティーナ嬢は」
マーティン様の後ろで、異母妹がにやり、と笑うのが見えた。あ、これはこの前見た夢と
「マーティン様。私たちの婚約を解消いたしましょう。私よりも妹を優先するのでしたら、彼女と婚約をし直すべきです」
「ま、まままま待て。僕がしているのはそういう話ではない」
「そのセリフは
ぱ、と二人の手が離れて
「本質を理解していないのはあなたですわ」
「相手を
「ま、待ってくれ。冷静に、話を」
「ああ、それからマーティン様。私の名前はセレスティナではなくセレスティアですわ。クリスティーナの名前を呼びすぎたのかもしれませんわね。では、失礼いたします」
「話せばわかる。セレスティナ……セレスティア! 話を聞いてくれ!」
真っ青な顔をしたマーティン様に
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