捜査本部

 会議室のホワイトボードに箇条書きにしているのは檜垣ひがき刑事だった。

 自分の席でパソコンを打っているのは美鈴みすず刑事だ。


「おい、出来たぞ」


 檜垣が自分の書いたものを満足げに眺めて言う。


「はい」


 美鈴はパソコンから顔を上げてメガネを外した。

 ホワイトボードの一行目には「アリバイ崩し殺人事件」と大書してある。


「そんなネーミングの事件なんですか」


「いいんだよ。後でもっといいやつ考えてくれよ」


 檜垣が伸び放題の頭を掻いた。「何しろ、どいつもこいつもアリバイが鉄壁なんだからよ」


 本人の顔写真の下に名前と年齢、アリバイが書いてある。


 一、妻、ひとみ。三十八歳、パート週四日。事件当日は定休日。十五時から翌日十六時まで友人宅。


 二、長男・響希。十七歳。千尋高校バスケ部。朝六時から翌日十八時まで部活合宿。


 三、長女・晶。十四歳。さつきが丘中学。十時から翌日十八時まで友人宅。


 四、松野まつの綾香あやか。二十六歳。夫の愛人。八時から十九時頃まで職場。その後、二十時に待ち合わせて友人と食事。二十三時頃帰宅。


 被害者、河野篤志。四十四歳。会社員。当日朝六時、自家用車で出発。その後アリバイ無し。午後十九時から二十一時の間に死亡。首以外に外傷無し。自殺の可能性あり。


「関係者全員にアリバイ有りですか」


「無いのは被害者本人だけだ。家族には東京に出張と称して、勤務先では法事を理由に有給休暇を取っている」


「まさか子どもたちは……」


「ああ、考えにくいな。そうすると妻か愛人だが」


「二人とも隙が無いですね」


美鈴が肩をすくめた。「こりゃ自殺ですよ」


「ほほう。これでもか」


 檜垣はテーブルに白い封筒を放った。美鈴が中をあらためると「御世話になりました。ひとみ」とパソコンで書かれた便せんが出てきた。


「ええっ? なんですか、これ」


 美鈴は絶句する。


「奥さんの遺書だろうな」


 檜垣は鬱陶しく伸びた髪をかき上げる。


「おまけにこれだ」


 保険会社の封筒を美鈴に差し出した。


「奥さんに高額の保険が掛けられていた」


「これはどこから」


「被害者の鞄からだ」


「そんな……いろいろ間違ってますよ」


「俺もそう思う」


「これじゃあ奥さんが自殺に見せかけて殺されたみたいじゃないですか!」


「だが奥さんは無事で、旦那は死んだ」


 美鈴は頭を抱えてうずくまった。


たちの悪い事故ってヤツかもな」


 檜垣は一人頷く。


「質の悪い事故?」


「お前。もう一遍奥さんの話を聞いてこい」


「檜垣さんは」


「俺は悪女の方だ」

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