容疑者達の証言
「奥さん、大変申し上げ難いんですが、御主人に愛人がいたのは御存知でしたか」
美鈴刑事が上目遣いにひとみの顔をのぞき込んだ。
「……はい」
ひとみは思わず
「奥さん、すみません。また後日にしましょうか」
「いいえ」
ひとみは声を震わせて言った。
「知ってました。あの日もその人のところに行くんだろうなと思ってました」
「なぜ分かったんですか」
「何となく。いつもと違う素振りとか、スマホをわたしから隠したりだとか」
ひとみは顔を覆った。「すみません。子どもには内緒にしてください」
* * *
「響希君、こんな時に申し訳ないんだが、少し話して貰えるかな」
響希は目を赤くしていたが落ち着いた様子だった。
「はい。どうぞ」
「お父さんは、最近何か変わった様子はなかったかな」
「父は、変わりました」
「どういうふうに」
「家族と行動することが減って、夜遅く帰ってくるようになりました」
「なるほど」
「刑事さん、父には恋人っていうか愛人がいたんじゃないですか」
「え?」
美鈴が目を上げると響希が真っ直ぐこちらを睨んでいた。
「本当のことを教えてください。父は母を裏切っていたんでしょう」
「お母さんから口止めされたんだが……」
「やっぱり」
響希は唇を噛んだ。
「響希君……」
「それで父は自殺したんですね」
響希は声を押し殺して泣いた。
* * *
「晶さん、申し訳ないんだけどいくつか質問していいかな。
「はい、どうぞ」
美鈴と向かい合って坐った晶は大きなバスタオルを抱きしめていた。
「実はお父さんのことなんだけど」
「愛人がいたんでしょ」
「お兄さんに聞いたのかい」
「うううん。勘です」
「勘?」
「最近のお父さん、お母さんに妙に優しかったんです。猫なで声で話したりして」
晶はバスタオルに顔を埋めた。
「お父さんなんか大っ嫌い!」
くぐもった嗚咽が聞こえた。
「し、し、死んじゃっても、わたしは許しません!」
「お父さんは自殺だと思うんだね」
「違うんですか」
晶は顔を上げた。
「いや、いろいろな可能性を調べているんだよ」
「自殺以外ないですよ。家には誰もいなかったんだし。あ、愛人に殺されたとか」
「証拠も無く、そういうことを言ってはいけないよ」
「ごめんなさい。だったらいいなと思って」
「いいのかい」
「自殺よりはね」
晶は鼻に皺を寄せた。
* * *
檜垣は退社後の綾香に声を掛けた。
「なんだ。刑事さんか」
「誰だと思ったの」
「またナンパかなあって」
綾香は肩頬だけで笑った。
「よくナンパされるのかい」
「まあね。それも後一二年ってとこでしょ」
「なにが一二年?」
「世間がわたしをチヤホヤする時間よ」
「花の命は短くてってヤツね」
「おじさん、そこはフォローしないと」
「ああ、失敬。も一度、最初からやる?」
「やだ。疲れる。用事、何?」
「河野部長が亡くなった日なんだけど」
「アリバイならあるって言ったと思うけど」
「いや、河野部長から連絡無かったかな」
「あったよ」
「いつ」
「夕方。ラインに。仕事済んだら俺の自宅まで来てくれって」
「そのライン、残ってないよね」
「あるよ」
綾香はスマホを出して、ヒラヒラとスクロールするとそのラインのやり取り画面を檜垣に見せた。
「君は行ったわけね」
「まさか」
「まさか?」
「八時からの飲み会に遅れちゃうじゃない。既読スルーよ」
「哀れなヤツ」
「何て言ったの・・・」
「君は河野部長が好きだったんじゃないのかい」
「……」
「これも既読スルーってやつ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます