第3話:海の中


 臨海学校は楽しかった。

 だって、桜木姫衣きいとも同じ班でなんだかんだ言ってあずさと私の三人でいろいろな事を話したり一緒いっしょにトランプしたりと。



「桜木さんってなんか取っ付きにくかったけど、反応うすいだけだったんだ」


「そうかな? 私これが普通なんだけど」


 朝の食事をしながらそう言うと相変わらずぼぉ~っとしながら彼女はそう答える。

 そのくせ気が利くし、みんなにもちゃんと優しい。



 この高身長と美貌びぼうで単に近寄りがたいだけだったのかな?



「ねぇねぇ、桜木さん、瑠香るかちゃん今日は午前中に海だよ! 早く着替えて行こうよ!!」


 あずさは相変わらず平常運転。

 元気が取りあずさはぶんぶん手をって私たちを呼んでいる。

 先に朝食が終わってもう片付け始めていた。

 私は苦笑して桜木姫衣きいに言う。


あずさが騒がしいから行こうか、桜木さん」


姫衣きい…… 姫衣きいで良いよ……」


 桜木姫衣きいはそう言いながらちらちらと私を見る。

 なにか期待した感じの目で。


 私はもう一度苦笑して言う。


「じゃあ、私も藤井で無くて瑠香るかで良いよ。あ、あずさあずさでいいからね」


 そう言うと桜木姫衣きいはものすごうれしそうにうなずく。


「うん、じゃ行こう瑠香るか


「はいはい、行こうか姫衣きい


 内心ドキドキしている。

 名前で呼び合えるなんてあずさくらいだったから。

 


 そして私の心の中に姫衣きいと言う存在がとても大切な友達、いや友達以上の感情が芽生えていたのがはっきりとわかる瞬間だった。



 そんな気持ちを押しかくし、私と姫衣きいはそろって更衣室へ向かうのだった。



 * * * * *



「よーし、ちゃんと準備運動したか? 今日はちょっと気温が低いからしっかりと準備運動するんだぞ。それと、向こうに浮いている浮きより沖には行っちゃだめだからな~」



 引率の先生はそう言いながら準備運動を終わりにしてみんなに海に入って良いと許可をだす。

 途端とたんにみんなは海にけ出す。



「海だぁ~っ!」


あずさ、それ何回目?」


「うみだぁ!」


姫衣きいも!?」



 三人ではしゃぎながらパタパタと浜辺から海に足を入れる。

 


「冷たっ!」



 今日は気温が低いと言ってたけど、足元に寄せては引いている海水は予想以上に冷たかった。

 しかしそんな冷たさも一度入ってしまえばもうこちらのモノ、すぐに冷たさに慣れてみんな海で泳ぎ出す。



「うほぉっ! 冷たいけど入っちゃえばもう平気だね?」


「うっひゃー、あ、もう慣れた」


「ひんっ、ゆっくり、ゆっくり……」



 私とあずさはすぐに肩まで海に入って慣れたけど、姫衣きいはゆっくりと海水をかけながら入って行く。

 そして胸の近くまで入るとぶるぶるとふるえる。


「つ、冷たい……」


姫衣きい、一気に入っちゃえば平気だよ、ほらっ!」


 そう言って海水を飛ばしてかけると私よりずっと大きな胸にそれがかかる。



「ひゃうっ!」



 軽い悲鳴ひめいを上げて胸を両手でかく姫衣きい

 なんか妙に色っぽい。


「冷たいよ、瑠香るか~」


往生際おうじょうぎわが悪い、ほらっ!」


 そう言って姫衣きいの手を引っ張る。

 すると姫衣きいはバランスをくずし私の方へと抱き着くようによろける。



 むにゅっ!



 身長差もあり姫衣きいの胸が私の顔にぶつかる。

 しかし痛くない。

 むしろ柔らかさにドキリとさせられながら何とも言えない敗北感を味わう。



瑠香るか、強引。あ、でも冷たいの慣れたみたい……」


 肩まで水につかった姫衣きいはそう言って笑う。

 その笑顔に私はさっきまでの敗北感も消えて思わず笑みが出る。



「よぉ~し、あっちまで泳ごう! 待てあずさぁ~!!」



 こうして私たちはキャッキャさわぎながら沖へ向かうのだった。



 * * *



「ねえ、ここ立てるどころか腰くらいしか深さないよ?」


「本当だ。これが先生の言っていた遠浅とおあさってやつ?」



 あざさが浮きの近くまで行って立ち上がると、私より身長が低いのに腰くらいまで海面から起き上がれた。


「本当だ。こんなに浅い」


 姫衣きいもこちらに来て立ち上がると腰どころでは無くお尻まで海面から出る。

 足が長いから余計よけいに海面から出る。



「ねえ姫衣きいちゃん、もう少しあっち行ってみない?」


あずさ、浮きより沖行っちゃダメって先生に言われたじゃん」


「大丈夫だよ、こんなに浅いんだし。ちょっとだけ行ってみない?」


 そう言いながらあずさは浮きをえてその先に行く。

 しかし立ったままでもまだまだ遠浅とおあさの様であずさの腰くらいの深さしかない。


「なんだ、まだまだ遠浅とおあさじゃん。あずさ待ってよ」


 それを見て私も浮きをえてあずさの方へ行く。


「あ、瑠香るかあずさ…… 危ないよ」


 ちらっと見たら姫衣きいもついて来ていた。

 高身長の姫衣きいも着たから余計よけいに安心感がする。



 なので私は更にあずさの方へ行くと、急に波が押し寄せて来た。



「わっぴっ! あれ? なんか水の流れが……」


「うわ、急に冷たい海水が流れて来た!」



 押し寄せる波におどろいた私と、海水の流れが変わった事に気付くあずさ

 それになんかだんだんと水かさが増してきていない?


滿汐まんちょうだよ、早く戻ろうよ」


 姫衣きいはそう言って私の近くに来る。

 と、あずささわぎ出す。



「痛ぁっ! 足つったぁ~っ!!」



「ちゃんと準備運動しないからだよ。ほら、つかまって……」


 私は足がつったあずさを助けようとした時だった。



 ざぶ~んっ! 



「うわっッぷっ!?」



 ひときわ大きな波が押し寄せる。

 それは腰くらいしか無かった海面を一気に押し上げ、首くらいにまで水位が上がる。


 と、流れ込んできた冷たい海水に私も足がつる。



「うっ!?」



瑠香るか?」


 急な痛みに自分の足を押さえようとしたらさらに波が押し寄せる。

 片足で海底に足をついていたせいもあり、私は流されるかのようによろめくと、その場所はなっていた。



「わっっぷ!」



 ばしゃばしゃっ!!



瑠香るかっ!」


「ちょ、瑠香るかちゃん!?」


 足がつかないほど急に深くなっている場所がこんなピンポイントで!?

 しかも足がつって身動きが取れない!?


 もがく私だけどどんどんと海に引き込まれてゆく。



「ばわぁっ! ごぼっ!」



瑠香るかッ!!!!」




 私が最後に聞いたのは姫衣きいの叫び声だった。  

 

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