入試前日

「道中は気を付けてね。試験、緊張しすぎないようにね。オーグが夜中まで勉強してたのは知ってるから大丈夫。自信を持つのよ」


冒険者学校の入試前日の朝、俺は村のみんなから見送りをされていた。みんな俺との別れを惜しんでくれて、それと同じくらい祝福もしてくれた。

その中でも母さんの母さんぶりは凄まじく、端切れを縫って作った自作のハンカチから水が滴り落ちるほど泣いて心配してくれた。


「ありがとう母さん。きっと合格するよ。それに、王都はここから近いし今から歩けば四回目の鐘がなる頃には到着してるから、あまり心配しないで。向こうに着いたら手紙出すし、ね?」


「う"ん"」


こうして俺は温かく見送られながら村を発った。

王都への道中は特に何事もなく、母に告げた通りの時間に到着した。

平原のど真ん中に立てられた巨大な城壁を見上げて、俺は思わず息を漏らした。


「と、都会ってすげー」


東京の華やかさとは別物の、ファンタジーならではの荘厳さを感じる外観に圧倒されていた俺は巨大な門の前で誰かがこちらに手を振っているのに気付いた。

その人物は頭の上にあるもふもふの耳をぴんと立て、尻尾を左右に激しく振りながら俺の名前を呼んでいた。


「おーい!オーグー!」


「あれは...ディセラ姉ちゃん!!」


間違いない。狼人ウェアウルフ特有の頭部とシルエットに、全身を覆うクリーム色の毛並み。そしてあのおでこの模様と特徴的な垂れ目は、あの村で一緒に育ち、俺に冒険者という職業を教えた張本人。幼馴染のディセラ・ノーマンだ。

彼女には事前にとある用事を頼んでいた。


「会えるとは思ってたけど、こんなに早くとは思ってなかったよ」


「一年ぶりにオーグに会えると思ったらテンション上がっちゃって、今日の課題で出されたキラービーの討伐も一瞬で片付いちゃった!」


「あはは、すばしっこくて数も多いキラービーを一瞬でなんて、ディセラ姉ちゃんは相変わらずすごいね」


「でしょでしょ!もっと褒めて!」


俺が褒めると彼女の尻尾の振りは更に勢いをまして、小さな風を生み出していた。

村を出てから一年経って少しは大人っぽくなっていると思っていたけど、ディセラはあの頃のままだ。


二人で昔話に花を咲かせて歩いているとあっという間に目的の場所に到着した。

いつの間に裏通りに入ったんだと思うほど薄暗い場所にあるその店は、表通りにあるどの建造物よりも年季が入っており一見さんお断りの雰囲気をこれでもかというほど醸し出していた。


「ディセラ姉ちゃん、本当にここで合ってるの...?」


「うん!ボクの剣の手入れもしてもらってる、この街一番のさんだよ!」


どうやら目的地はここで合っているようだ。

俺はディセラに明日の剣術試験と、これから冒険者として活動していく上で最も重要になってくる武器を一緒に選んでほしいとお願いしていた。

建て付けが悪いのか重々しい音を立てるドアを開けた。


外見とは裏腹に、店の中は小綺麗にまとまっていた。入ってすぐ目の前は広い空間があり、武器は左右の壁にかかっているものと、樽の中にまとまっている物のみのようだ。のみ、と言っても種類は様々で王国の兵士が持っているものに似ている形状の槍や、絵本などでよく見る剣。棘のついたハンマーなど多岐にわたる。

これぞファンタジー武器屋と言った内装に内心ウキウキしながら、壁にかかっているシンプルな形の剣に手を伸ばした。


「おい、ウチの剣はガキのおもちゃじゃねぇぞ」


突然後ろから野太い声で注意され、飛び上がりながら手を引っ込めた。

振り向くと、そこには俺の二倍ほどの身長を誇る大男が右手にハンマーを持って俺を睨んでいた。


「すすすすみませんわざとじゃないんですころさないで」


「こらー!ダードン!オーグを怖がらせないでよ!」


すぐそばにディセラが立っていたのに、俺は恐怖でとっさに謝ってしまった。彼女にダードンと呼ばれた大男は一瞬背後を振り返ると、すぐに俺の方に向き直り口を開いた。


「……ディセラか。「オーグ」ってことは、そこの坊主が昨日言ってた幼馴染か?」


どうやら俺が殺人鬼と間違えたこの大男はこの店の店主らしい。

……ディセラが居なかったら本当に殺ってたんじゃないかってくらいの殺気を感じたが。

ダードンは無言で店の奥に消えたと思うと、すぐに戻ってきた。

その手には小さな剣が握られている。


「これだ。」


短い一言と共に渡されたその剣は大男のダードンが持っていると小さく見えたが、実際に持ってみるとずっしり重く、長さもそれなりにある。

振れば簡単に命を奪い去る代物だ。実際の重さよりもずっと重く感じる。

前世で刃物を扱っていたから同じような感じだろうと思っていたけど、これは認識を改める必要がありそうだ。


「うむ、サイズは問題なし……よし、こっちに立って剣を構えろ」


俺は言われるがまま店の中央の空間に立ち、剣を構えた。

村でディセラの父親に教わった基本の構え。


「……ディセラと同じ構えか」


ダードンは少しだけ目を見開いたが、すぐに元の仏頂面に戻って俺と剣を交互に観察し頷いた。

……どうなんだろうか?この大男は口数が少なくて、感情が読み取りにくい。


「この剣で問題ない。持っていけ」


大男は俺が構えていた剣に鞘を被せると、そのまま店の奥に歩き出した。


「えっと……代金は?」


俺が困惑しながら尋ねるとダードンは一瞬立ち止まってディセラを一瞥し、ぶっきらぼうに言い放った。


「要らん。お前が試験に合格するとは思っていない。その場合は返してもらう。……だが、もし受かったら……その剣でディセラを守れ」


俺は彼について誤解をしていたのかもしれない。

最後の言葉は殆どつぶやきのようなものだったが、俺はその一言がダードンの優しさを表していると感じた。


「ありがとうございます!きっと合格して、ディセラ姉ちゃんを守ります!」


俺は、そそくさと店の奥に消えていった店主に聞こえるように大きな声で宣言した。




外はもうすっかり日が落ちて、宿の灯りが表通りをほんのり照らしていた。

ふと、先程からやけに静かだったディセラが呟いた。


「オーグ、ありがとう。絶対合格して……ボクが危ない時は助けてね?」


その表情は夜に隠れてよく見えなかったが、街の光に照らされた幼馴染は村にいた頃よりも大人びて見えた。


「うん、絶対に合格するよ。すぐにディセラ姉ちゃんより強くなって見せる」


「言ったなー?よし、ボクもオーグに負けないように頑張るぞー!!!」


両手を突き上げて気合を入れる姿は、やっぱり昔のままかな。

さっきはいつもと違う彼女に少し目を惹かれたけど、きっと気のせいだ。


「そうだディセラ姉ちゃん、お腹すいてない?どこかで夜ご飯でも食べようよ」


今日のお礼もしたいしな。

村にいた頃は大食らいで有名だった彼女だ、きっと喜んでくれるに違いない。


「……うーん、今はあんまり空いてないかな。それに明日は朝から授業があるから、もう帰らなきゃ。……またね!」


しかし、そんな俺の予想はあっけなく外れた。

彼女は耳を伏せ、まくし立てるように会話を切り上げると回れ右をして走り出してしまった。

俺は呆気にとられていたが、幼少期から変わらない幼馴染の癖を見逃さなかった。


「なんでお腹空いてないなんてを付いたんだ?」


彼女はあっという間に、夜の闇の中に消えてしまった。




一人取り残されてしまった俺は、空いたお腹を満たすために表通りのレストランに来ていた。

一通りの注文を終え、壁に描かれているこの店の成り立ちを読んで料理を待つ。

内容は至ってシンプルなおとぎ話で「竜の鱗」という店名の由来が語られている。

なんでも、この店を開いた初代店長が蛮族に襲われている所を竜が助けた……という話なのだが、誇り高き竜族や偉大なる竜族など、やけに竜族という種族に対する尊敬が見て取れる。最後はお守りとして竜から鱗を与えられ、それが店名になった……と。作り話のように綺麗な物語だ。


「おまち!この店名物、竜麺だよ!」


そんな事を考えてるうちに料理が運ばれてきた。

竜麺と呼ばれたそれは前世で言うところのラーメンだ。

陶器のような素材で出来た丼に、金色に輝くスープがあふれるギリギリの量まで入っている。そしてそのスープの中では薄い緑色の細麺が泳いでいる。別料金で色々とトッピング出来るらしいが、俺はシンプルイズベストの信条の下スープと麺だけで注文した。


ラーメンを食べる時はまずスープから。スプーンを手に持ち、前世から染み付いた動きで丼の中身を掬った。

しかしスープの動きは想定外で、まるで茶碗蒸しのように固形としてスプーンに乗ってしまった。


「うぉ、見た目は液体なのに。……これはなんだ?」


「うちはスープにスライムを使ってるんだよ。初めてのお客さんはみんなそうやって驚くけど、一度食ったらやみつきになるのさ」


スプーンをもったまま固まっている俺に、いつの間にか背後にいた店員さんが教えてくれた。

スライムか。世界の何処にでも生息していて、育った環境によって属性や特性が変わる魔獣。それを料理に使うなんて、やっぱり異世界は面白い。


固形のスープを口に運び、咀嚼したその瞬間。固形だったそれは形を失い、口の中に旨味そのものが流れ出た。舌先に触れる旨味の刺激が俺の感覚を支配した。

これは踊ることで脂肪を分解し、筋肉質で淡白な肉を形成するダンシングチキンのガラスープか。それ以外にも香草などが入っているようだが、濃厚な鶏の旨味が詮索を妨害する。

どういう理屈か、スプーンで掬った時は固形を保っているそれは口の中で歯に触れた瞬間液体に変わるようだ。


しばらくしてスープの衝撃から帰ってきた俺は、次に薄緑色の麺を掘り出し啜った。

見た目は中華麺だが、香り高いこの感じは蕎麦に近い。細麺ながらモチモチとした食感で、食べごたえがある。

夢中で麺を啜っていると、周りから視線を感じた。顔を上げると、他の人間の客が俺の方を訝しげに見ているようだった。

何か悪いことをしていただろうかと不安に思っていると、先ほど声を掛けてくれた店員が原因を教えてくれた。

曰く、麺を掘り出して啜って食べるのが珍しかったそうだ。この店では、スープごと麺を食べるらしい。


郷に入っては郷に従え。俺は麺が埋まっているスープを口に放り込んだ。

咀嚼の瞬間に放たれる旨味に香りが追加され、モチモチの噛みごたえまで着いてきた。この料理の完成形を味わった俺が完食するまでにそう時間は掛からなかった。


会計を終え宿に戻る頃には夜も更けていて、俺はすぐに寝る準備をした。

明日は試験当日だ。万全の体調で挑もう。


しかしどれだけ気持ちを切り替えようとしても、何度頭の片隅に追いやっても、あの幼馴染の嘘が気になって仕方がなかった。

そんな事はないと分かっているが、ダードンが言っていた「守れ」という言葉も何か良くないことがあるんじゃないかと引っかかる。


「……やめだやめだ。もしディセラが何かを抱えていても、明日の試験に合格しないと何も始まらねぇ。もう寝よう」


眠りに落ちるその直前、俺は「竜の鱗」での一件を思い出した。

あの時、あの時間、外には人間と同じくらい、狼人ウェアウルフ蜥蜴人リザードマンなどの獣人は沢山いたはずだ。それなのに、「竜の鱗」には人間しか居なかった。それは単純に獣人の好みに合わないからだろうか。


「ディセラの嘘に関係ないことだと良いんだが……」


そんな不安をぽつりと呟いて、俺は眠りに着いた。

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