17:転身

 魂の器の成長により、肉体が大きく姿を変える現象。それが変身シフトだ。変身はいかなる生物にも起こりえる。人にも、獣にも、怪物でさえも。

 その一方で、変身によらず姿を変えることを得意とする者達もいる。彼らは時に鏡人と呼ばれるが、その呼び方が定着するほど多くの人口がいるわけではない。そのため彼らを直接目にした者の多くは、その不思議な性質に驚きの声を上げることになる。


 鏡人の代表格と言えるのが、焔人イフリート雫人アプサラスだ。名前が示す通り、焔人は炎を、雫人は水を操ることを得意とする。そして彼らに共通する能力、それは自らを「どこかの誰かが望んだ姿」に変えることだ。この現象は転身モーフと呼ばれ、変身とは全く異なるものだということが判明している。


 焔人は勇猛さを誇りにし、あらゆる苦難を武勇と知恵で乗り越えることを是とする。彼らが転身する姿は、伝説を残した英雄や武人、あるいはその偉業を讃えられる魔術師だ。焔人にとって生きることは戦うことであり、その戦場には必ず誰かが並び立つ。それは仲間、守るべき人、あるいは己と競い合う好敵手である。その誰かが望んだ姿、その誰かが焔人を通じて幻視した誰かの姿こそが、焔人にとっての戦化粧。焔人にとって、自分が他の誰かに見えているということは、己が戦において誰かの希望になっていることの表れであり誉れである。


 雫人は涙を象徴するとされる。どこかの誰かの涙を受け止める者、誰かの代わりに涙する者、誰かの涙を枯らす者。それが雫人の魂の器に眠る、根源的な意志である、と書き記した知恵者もいた。

 彼らは誰かに接する時、自分自身の姿を取ることより、その相手が望む姿に転身することの方が多い。その姿が、時としてその相手を傷つけてしまうこともある。戦地に赴いた両親の帰りを待つ子の前に待っている人の姿を見せることは、一時の喜びにはなるかもしれないが、それが幻だと知れば心に棘が残るだろう。

 それでも雫人は、誰かの姿を借りることをやめない。鏡人という自分の力が誰かに涙を流させるのなら、その涙が喜びの雫に変わるように力を尽くす。雫人の中には、見ず知らずの誰かのために献身し続ける者が少なくない。


 いずれにせよ、鏡人は自分自身の姿ではなく、誰かの姿を映し取っていることが多い。それゆえに、彼らの個々を識別するのに外見は役に立たない。

 そこで鏡人の多くは、自分が誰かを示す飾り布を持つ。それは生まれたとき、あるいは自分が今の姿になったときに誰かから贈られ、あるいは自ら縫い上げる、他の誰とも違う模様を持つものだ。その模様と色彩は、どういうわけか冒険の大地で誰一人として同じものを手にすることはない。

 そしてこの飾り布は、焔人が手にしても燃えることはなく、雫人が携えても濡れることはない。魔術的な性質であることは間違いないが、それを解析してみせた者は今のところまだ現れていない。ただ、鏡人が持つ飾り布が失われたという事例は、当人が死んだとき以外には聞かれない。


 風を受けて揺れる飾り布こそが、鏡人の顔なのかもしれない。

 彼らは今も、どこかの誰かのために生きている。

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