16:円

 人の魂の器は球の形を成している。このことから冒険の大地では、球形や円形に何らかの特別な意味を見出す魔術系統が多い。

 魔術の補助となる魔法陣や刻印は、円を魔力を通わせるための基本の形として定義している。過去の偉人を祀り讃える宗教は、小さな球や円盤を聖印として用いる。魔道具として作られた武器の多くは、円弧を描く形状であるか円を基調とする刻印が刻まれる。

 冒険者が用いる魔術にも、この円の特徴は頻繁に見られる。細剣レイピアの剣先が円を描けば、それは魔力の奔流を放つ砲口となる。掲げた剣で空に向かって円を描けば、己を守る防壁が鎧となって身を包む。

 体を回転させ手や足先で円を描くことで推力を生み出す、空中で体勢を整えたり強力な攻撃の反動を受け流したりといった用途に使われる体術も広く知られている。

 速弾シュレッドを得意とする戦術士の中には、己の体そのものを魔法陣代わりにし、体で描いた円を起点に即席の魔術を織り上げる者も珍しくない。


 その一方で、怪物の魔術はこの法則から逸脱している。円を描かずとも、球を見出さずとも、己の欲望のままにあらゆる力を行使する。自然の法則に背き、ただ純粋に我欲が生み出す魔術。これこそが、怪物の最も恐るべき力である。

 怪物の魔術の前兆を見破るのは容易ではない。人の技であれば、呪文の詠唱や魔法陣の起動、あるいは円を描く動作など、何らかの予兆があって当然だ。その一方怪物の魔術は、そういった予備動作が一切存在しない。

 この性質は、長きに渡って多くの者を苦しめ、死に至らしめた。今なお各国の軍が侵略者アグロの対処に大きな戦力を割くことを余儀なくされているのも、怪物の業に対して余力を持った対応など到底できないという事情からだ。


 しかし近年、冒険者の間である噂が頻繁に聞かれるようになった。

 怪物の業を見切ることができた、というものだ。


 何らかの魔術の成果ではない。熟達した精兵アデプトのみに限った話でもない。

 どこにでもいるはずの冒険者が、怪物の暴虐の力が振るわれる瞬間を見破ったことで勝利し、生き延びたというのだ。まるで未来を垣間見たかのように、敵の攻撃がいつどのように襲い来るか理解できたというのだ。

 最初は誰も信じなかった。何かの錯覚か、根拠のない武勇伝だろうと思われていた。

 しかし、同じことを証言する冒険者は増えていく一方だった。どのように怪物の業を見破ったかという手法は、誰が話すものも別々の内容だが、確かにそうすることで怪物を討つことができたという者が徐々に増加していったのだ。


 ある冒険者はこう証言した。コーデックスが敵の動きを教えてくれた、と。

 コーデックスを直接読むことができる者はいない。そのはずだ。

 だが、万物を記録し続ける魔道具が、冒険者に語り掛けたとしたら?


 現在、新たに冒険者になる者には、こう伝えられる。

「戦いの中で敵の動きを見破る未来予知の魔術には、コーデックスが欠かせない」

 それが事実かは不明だが、そう信じることが、冒険者を救うと信じて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る