11:アフター・ニューワールドオーダー

情報ちしきは伝播し、概念ミームは拡散する。だが、その速度にも限界はある。

それを考慮すれば仕方のないことだが、フラッドフロー=相田すみれは少なからず絶望を感じていた。


彼女が冒険の大地へとやってきたのは二年前。故郷である地球テラは魔術により栄え、また世界間交流も積極的に行われていた。異世界からもたらされる科学の恩恵に、魔力なしでここまでのことができるとは、と何度も驚かされたものだ。

だが、異世界との接触は常に友好的であるとは限らない。世界間移動によって生み出される問題にどのように対処するか。その規範を遵守し、お互いの世界の在り方を尊重する。彼女にとっては学校でも教習所でも幾度となく教育されたことだった。


今から四半世紀ほど前、サンロビウスという傍流の魔術師が発表した論文。その名はニューワールドオーダー。などという大げさな名前だと最初は馬鹿にされたが、数日の内に、それが異世界の実在と現代における魔術の在り方を同一理論の元に再定義したものであることが確認された。その名に偽りはなかったということだ。

今日の世界間交流の基礎を築き上げたのは、間違いなくサンロビウスの名を冠する魔術師とその同胞たちの働きである。彼らの偉業を讃え、そして彼らの生み出した奇跡のような秩序を乱さないよう、異世界との接触は極めて厳重な監視体制が敷かれた中で始まった。


それから時が流れ、様々な世界がそれぞれ問題を抱えていることが周知の事実として扱われるようになった。その問題を解決するために、世界間で協力できる部分は助力を惜しまず、しかしそれが侵略行為に発展しないよう努めることが当然の時代がやってきた。サンロビウスの言葉を借りてアフター・ニューワールドオーダーと呼ばれるこの時代は、確かに目に見える問題の数は増えたが、解決の糸口もまた多くなった。


相田すみれが魔術師として一定の成績を修め、世界間移動の免許を取得したのが三年前。同期と比べれば中の上程度の実力だったが、それでも「誰かの役に立ちたい」という決意は誰にも負けないつもりだった。

しかし、二回目の世界間移動で冒険の大地に現出し、帰り道の確保が自身の使命に加わったとき、彼女の二十年足らずの人生では予測できない事態が発生した。


世界間移動を行う誰もが、自分と同じ秩序を信じているとは限らない。

新世界秩序が伝播していない世界。そんなものがあるとは思っていなかった。


現地民を理由も根拠もなく虐殺する者がいた。自分とかけ離れた姿かたちをしていて、害獣だと思ったからだと供述した。

人々を操り戦争の駒にしようとする者がいた。神の名の下に聖戦を始めなければならないと供述した。

罪もない人を捕らえ、隷属させようとする者がいた。蛮族を飼い慣らすのは貴族として当然のことだと供述した。


フラッドフローという名前コードネームを得た時には、彼女は己の無力さを痛感していた。

自分の住んでいた世界と違うことを理由に、あらゆる暴虐を正当化する者たち。

そんな無法者アウトサイダーが、冒険の大地ではここ数年で大きく数を増やしているのだという。

なぜ手を取り合うことができない?

なぜこの地の秩序を知ろうとしない?

なぜ、自分こそが正しいと盲信できる?


サイガというゴブリンに出会った。彼の絶望に沈んだ眼を見たとき、彼もまた無法者の自覚なき悪性によって希望を奪われたのだと直感した。

もう一人の仲間が先行偵察に行っている間に、少しだけ話をすることができた。その時の彼の問いかけが、今でも耳に残っている。

「おれたちの、なにがわるかったの?」

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