3:狭間の地

冒険の大地は、始祖アイリーンを筆頭とする冒険者たちの活躍によってモンスターを討ち、人類の生息圏を広げていった歴史がある。その結果として、この大陸には四大国家が成り立ち、またその周辺に多数の小国が生まれた。

だが、冒険の大地のすべてが人類の支配圏というわけではない。むしろ国家の統治下にある土地は、モンスターの領域よりもかなり小さいのが実情だ。このような状況になっている原因は、この地のモンスターと密接な関係がある狭間の地ヴォイドスケープの存在である。


自然法則を無視し、時に砂嵐が吹き荒れ、時に雪が舞い、時に止まない雨が降り続く、モンスターの領域。数多のモンスターが自然発生し、互いを喰らい合うことによって強さを増す、弱肉強食のみが真理となる天然の蟲毒。人類が定住するには過酷すぎる狭間の地の環境は、四大国家の軍事力をもってしても攻略困難だ。

そもそも四大国家の軍備の主目的は、狭間の地から各国の領土へと飛び出してくる侵略者アグロに対する防備である。そしてたったこれだけのことに多額の防衛費を割かねばならないほど、侵略者の存在は大きな脅威なのだ。積極的に狭間の地を切り拓くだけの余力は、どの国にもない。


この点において、始祖アイリーンが立ち上げ、後継者たちが今も存続させている冒険者大同盟は、各国にとって非常に大きな恩恵をもたらしている。正規軍が防衛に手一杯であるなら、狭間の地へと歩を進めるのは冒険者に任せればよい、というわけだ。

「冒険者はどの国にも属さず、己の意思で手を差し伸べる」

大同盟が掲げる自由救済原則は冒険者を、どの国の色もついていない、しかしどの国に対しても戦力を提供する精兵としている。その規模の大きさと厳格な命令系統ゆえの鈍重さがどうしてもついて回る正規軍に対し、冒険者たちは少人数での行動を基本とするフットワークの軽さを生かして、狭間の地へ赴く仕事を積極的にこなすことができる。各国の領土を広げるほどの戦力は持たないにしろ、行商人の護衛や侵略者への先制攻撃といった依頼に速やかに対応できることは、冒険者の特性があるからこその強みだと言えるだろう。

また、狭間の地へ進入する依頼は尽きることがない。これはつまり、冒険者大同盟に対して、原則すべての国が一定の資金を報酬として支払い続けることを意味する。大同盟が特定国家へ金銭面で依存せずにいられることは、自由救済原則を維持する上でも重要だ。もっとも、国家あるいは個人が大同盟へ多額の資金を投じたとしても、その金は自由救済原則という建前のもと、冒険者への福利厚生や冒険者ギルドの設備投資に消えるだけということは、欲にまみれた愚かな成金がとっくの昔に証明済みなのだが。


ともあれ、狭間の地はモンスターの支配圏であると同時に、冒険者の活躍の場でもある。無尽蔵にモンスターが生み出されるなら、それを討つ需要は尽きることがなく、冒険者たちには一定量の依頼がほぼ常時提示される。連繋パーティを組んだ冒険者は、実力に応じた深度の狭間の地へと向かい、通行人の護衛やモンスターの討伐を行うことになる。

狭間の地の環境は一定ではなく、現れるモンスターの量と強さも変動する。そのため、先遣隊となる冒険者のコーデックスによって記録された偵察情報が、各地の冒険者ギルドに集積され、適切な実力を持つ冒険者を依頼に割り当てる、というプロセスが発生する。この冒険者の依頼への割り当ては冒険者ギルドの重要な使命だ。冒険者が命を落とす無謀な割り当てをしてしまった場合、その冒険者の経験と実力という大きな損失を生み出してしまう。逆に過剰戦力を投じてしまったなら、それは本来ならば狭間の地の深部で行えたはずの依頼をこなす機会を失うことを意味する。冒険者とギルドの役割しごとが極めて流動的で、ルーチンワークの対極にあるとされるのは、このような事情による。


加えて狭間の地では、時として希少なお宝が見つかることがある。それは混沌の黎明に生み出されたが製法が失伝した武具であったり、異世界から流れ着いた希少品であったり、あるいはモンスターによって偶然生み出された天然の資源であったりする。いずれの場合でも、それらは冒険者ギルドによる鑑定によって危険性がないことが確認され次第、拾得した冒険者たちへ追加報酬として渡される。

こうして獲得した遺質物ストレンジは、大同盟に売却されて装備更新の資金になることもあれば、より直接的に武具として使われ冒険者の戦力を増強することもある。遺質物の来歴がどうであれ、それが生み出す戦力強化を目当てに狭間の地行きの依頼を中心的にこなす冒険者も少なくない。より強くなれば、狭間の地のさらなる深部へと進み、より多くの報酬を得られる。この正の循環かちぐみコースを目指す冒険者は、どの地域にも一定以上存在する。それくらいには多くの冒険者が憧れる道ということだ。


混沌の黎明より語り継がれるような精兵えいゆうを目指すのなら、狭間の地ヴォイドスケープに命を懸けるがいい。

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