2:印章

ブリッツハンド=アルバートの出身は南ジャール連合国だが、彼が冒険者を志すきっかけとなったのは、大陸東部に位置する三月國みづきのくにを興した伝説の冒険者ミカヅキの遺した言葉である。

「何を為すかではなく、何を成すかを見よ。」

吟遊詩人が語って聞かせたミカヅキの伝承は、今なおブリッツハンドの心に焼き付いている。


その日、ブリッツハンドは新たな仲間を待つために、冒険者ギルド支部「白鳥と天秤」の入り口に立っていた。先方に伝えた通り、藍色の外套をまとい、右手に緋色塗りの銃身を持つ長銃をぶら下げて。打ち合わせ通りなら、そろそろ黒い三角帽子をかぶったゴブリンの青年が来るはずだ。

数分の後、ブリッツハンドは、建物の陰からこちらを覗いている三角帽子の姿に気づいた。しまった、もっと早く声をかければよかった、と少し反省しながら、長銃を無限鞄に収めて三角帽子のゴブリンに歩み寄る。

「はじめまして、俺はブリッツハンド。君がサイガで間違いないかな?」

片膝をついて、自分の半分程度の身長しかないゴブリンに話しかける。すると、相手は帽子のつばで顔を隠すように、ゆっくりと頷いた。

「よろしく、サイガ。もう一人、テーブルを確保してる仲間が中にいる。まずは打ち合わせといこう。」


ギルドのエントランスホールを抜け、食堂区画に入ってすぐの場所にあるテーブルに、ブリッツハンドとサイガは着席した。ふたりを待っていた獣耳アニマリングの少女がサイガの姿を見て手を振ったが、彼は照れているように帽子を深くかぶり直した。

「改めて自己紹介だね。俺はブリッツハンド、先駆戦士だ。」

「わたしはフラッドフロー。奔流銃士だけど、爆裂の心得も多少あるわ。」

以前から連繋パーティを組んでいたふたりが、先にコードネームとを名乗る。

「おれ、サイガ。城塞銃士。よろしく、おねがいします。」

たどたどしい口調で自己紹介したサイガの様子を見て、ブリッツハンドとフラッドフローはお互いに顔を見合わせた。しかし、すぐにサイガへ笑顔を向けた。

「なるほどね、君は俺たちに足りないところをフォローしてくれそうだ。頼りにしてるよ。」

「今まではわたし達ふたりでやってたんだけど、ギルド長おやっさんがいい仲間を紹介するから次の仕事は三人で行けって言っててね。どんな人が来るのかと思っていたけど、心配いらなかったみたい。」

三人の冒険者たちはこの時点ですでに、それぞれが持つ技能や戦術、得意分野をおおむね把握している。サイガが戦う様子を見たことがないことも、銃士ガンナーがふたりいることも、何も問題にもならない。ブリッツハンドは改めて、ミカヅキの言葉を思い返していた。


翌日、三人は市街地を離れ、モンスターの闊歩する狭間の地ヴォイドスケープに冒険に出た。まだ浅い場所にいるため、強力なモンスターは現れない。この近辺で、ギルドの提示している討伐目標リストてはいしょのモンスターと戦い、お互いの連携の最終確認をしてから本命を狙いに行こう、ということで三人は合意したのだった。


大猿のような多腕のモンスターを相手に、まずブリッツハンドが先陣を切る。長剣を構え、相手の反応速度を試す牽制の横薙ぎ。大猿が飛び退いた直後に、フラッドフロー、サイガの順に銃撃を放ち、着実にモンスターの体力を削る。

銃弾を受けた反動で2メートルほど地面に転がされた大猿が、後ろ側の右手に魔力のつぶてを生み出し、射撃直後のサイガを狙う。しかしその反撃は、ブリッツハンドが射線上に円盾によって防がれる。直後、盾を投げて空いた左手に投げ斧トマホークを握り、すぐさま大猿目掛けて放つ。それを紙一重で回避した大猿を狙い、同時にふたりの銃士が射撃。回避動作の隙を見せた大猿を的確に狙い撃つ。雄叫びを上げた大猿は、今度はブリッツハンドへ爪を振り下ろすが、それを見切っていた彼は、直前に構えていた緋色の長銃から散弾を放ち、大猿を吹き飛ばす。


冒険の大地における戦士は、あらゆる武器を状況に応じて使い分ける。間合いが欲しければ槍を、攻撃を防ぐなら盾を、モンスターの外皮が厚ければ大鎚を、多くの敵を狙うなら大剣を。剣だけで複数種類を用意する者もいれば、魔術を交えて戦う者も珍しくない。

彼ら戦士の戦闘術の源流は、ミカヅキが編み出した流派、三日月流戦技クレセント・スタイルにある。かつては魔術の素養に優れた者しか扱えなかった、今やコーデックスの力でどの冒険者でも扱える魔術、無限鞄の恩恵を最大化する戦闘術。それはすなわち「必要な武器を必要な時だけ無限鞄から取り出して、使い終わった武器を無限鞄で回収する」というものだ。

斬撃か、打撃か、射撃か。何の武器を持って何を為すかは重要ではない。

牽制か、防御か、強打か。その武器によって何を成すかこそを重んじる。

それが、戦士という後継者を大陸全土に生んだ、冒険者ミカヅキの伝説たたかいかたである。


ブリッツハンドは、特別筋力に優れているわけでもなければ、高い魔力を備えているわけでもない。しかし、敵を観察し、味方の行動を肌で感じ取り、数手先を見通す力に長けていた。

それゆえに、彼は「先駆」の印章を掲げた。敵の攻撃を見破り、それが味方を傷つけないよう隙を最小化する。誰より先んじて動き、誰より多くを見る。その優れた知覚能力と先読みのセンスは、ブリッツハンドを腕利きの先駆へと成長させた。


彼の放つ牽制攻撃は大猿の行動を的確に制限し、後方に控えるふたりの銃士の射撃を援護した。敵に思い通りの行動をさせなければ、あとは味方がとどめを刺すのみ。銃声の数が九発を数えたところで、大猿は絶命した。


戦士であるか、銃士であるか、魔術士であるか。そんなことは関係ない。

己が何を成すか、それを象徴する印章シジルこそを、冒険者たちは重んじる。

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