第8話 結びの国

 カナルは煽てに弱い。

 サブはマウントの取り方を覚えた。


「そうだな~、まずはこの世界の言語はどうなっているの? 俺が別の動物と話ができているのか皆目見当もつかない」

 ――俺の元々の言語は犬語。しかし、今は人間だから人間語? でもネズミと話せているからネズミ語? いや、共通語か? わけわかめ!


 カナルは回したピーナッツを小突くと、口に投じた。

「この世界は共通語だ。どの種族も話せないことはない。だから、犬だった君の言葉は人間とも話せるし、人間もネズミと話すことができる」

 ――共通語かー、それなら納得がいく。

「でも、それには条件がある」

「条件?」


 壁に穴が開いたことで洪水による風圧が伝わってきて、カナルのソフトモヒカン風の頭の毛が風で靡く。

「この世界には人間と動物が共存している。我らには2種類の型があり、一つは人型で顔は人ないし動物で、2足歩行が可能で手先も器用に操れる。俺らのことだな。一方獣型は動物そのままの姿だ。サブは以前犬であったのだろう? それが獣型だ。獣型は喋ることができない」


 ――そういうことか。人型同士は共通語で喋れるけど、獣型は本当に野生の動物と同じか。


 カナルは続けてこの世界の歴史について語り始めた。

「さっきここは白の国と言ったけど、元々は一つの国だったんだ。『結びの国』という名前でね」

 数千年前、この世界は結びの木の魔力によって、人型と獣型の2種が誕生し結びの国を建国した。

 当時は異種族が仲良く秩序を守り、楽しく暮らしていたという。


 しかしながら、約300年前に結びの木の魔力を武力に利用したがる者が現れた。

 平和な国を望んでいた者と徐々に軋轢が生じ始め、終いには結びの木を巡る大戦争が始まってしまった。


 保守派と過激派による戦争。後に分断戦争と呼ばれ、保守派は白の国、過激派は黒の国へ分断された。

 数年に渡り激しい戦いの地になった場所には川が流れ込み、現在のエンドローヌ川になったという。

「下水の放流先がエンドローヌ川と話したけど、そこがかつての戦地だった。今はその広大な川が国境となっている」

 戦争というか喧嘩すらろくにしてこなかったサブにとって、無縁の話であった。


「そこに掲げてあるシンボルは我が国、白の国の国章だ」

 サブは後ろを振り返った。自分が寝転んだソファーの後ろに盾をイメージした白の背景、その前に獅子の顔が描かれている。本当は2本の黒い剣が盾の後ろに交わり、矛と盾を表す結びの国の国章だったそうだ。

 ――威厳のありそうなライオンの顔だ。


「分断されたことにより、白の国から黒い剣が失われた。一方で黒の国は白い盾を失ったのだ。俺も実際に見たわけじゃないから、全て教わったことだけどね」


 国章に見入るサブにカナルが再び話し始める。


「この戦争の勝者は白の国だったとされる。結びの木が焼かれそうになり、ある英雄たちが自身の魔力を投じ守ったという。この世界は結びの木の魔力によって成り立っているけど、かつての英雄たちの意思も宿っているんだ」

「そうだったのか……俺には話がでかすぎて、よくわからないけど、昔は相当大変だったんだね。それにカナルが真面目に話すのが新鮮で、何かいいよ」

「俺は根っからの真面目だぞ!」


 一見単純なネズミに見えるが、カナルは真面目で努力家であった。この歴史は教えてもらったと述べていたが、実際は自身で歴史の本を読み学んでいた。

 学校もなく教えてくれる人はいなかった。

 生きるためには学ぶしかなかった。そういう環境で育ったのだ。


「俺はこの国に忠実チュージツなネズミさ!」

「ネズミだけにチュージツねぇ~。30点!」

「30!? そんな中途半端チュートハンパな点数はないだろ!」

「もういいでチュー!」

 サブはギャグの応酬に終止符を打った。

「ぐぬぬ……」

 カナルは少し凹んだ。


 サブは話題を変えた。

「さっきの魔宙剣マチューケンはどうやって魔力を入れたの?」

 カナルの目に光が見えた。どうやら聞いてほしかったようだ。

「この世界に生を受けた者は体内に魔力を持っている。それを使える者もいれば、使えない者もいる。サブ、君は既に使えている。転生者は特に魔力が強いと言われているからね」


 カナルは剣を右手に持ち、順々に説明を始めた。

「全神経を右手で握る剣へ集中する。あらゆる血管を介し、川の流れのように魔力をそこへ集めるんだ」

 すると、先程と同じく、空気の流れが変わり剣に風が集まってくるようだった。


「ここから魔力の放出を防がなければならない。体術ならば手先や足先に魔力を集中すれば体外へ放出されることはないが、剣術や杖を使った攻撃、盾に防御力を備える場合には一度体外へ魔力を放出する」


「だから、体内の一部と同じ感覚でいなければ、魔力は拡散または放出してしまう。これを避けるために、剣に魔力を留める技術が必要なんだ」

 ――何だか説明だけでは難しい。

 言葉でやるより、体でやって慣れる方が良い。カナルはサブに剣を渡し、今言った一連の流れを行わせた。


 しかし、当然であるがまずは血管を感じることができなかった。人間の血管の長さは地球の2周半分、というが体内にそれだけある血管を意識するのは並大抵のことではなかった。

 集中して血管を見出そうとするが、眉間のしわが寄るばかりだ。

「何かコツはないの?」

「今、うまくできず血圧が上がってる状態だろ? その時、どこかに血管が浮き出ていないか?」


 ピクピク

 確かに微々たる痙攣を起こしている部分があった。

 おでこだ。

「そう、そこだ。血管内の波に乗ってしまえば、全身に行き渡らせることは容易だ」

 カナルは的確に教えてくれる。優しい教師のようだ。

「こうしたら血管が動くとか、よく観察するんだ」


 右手に持った剣に力が入っていたのか、手首から肘の間に血管が浮き出ていた。

 ――これだ! あとはこの浮き出ている血管を意識して、血流のイメージを掴めさえすれば……


 2時間が経った。カナルはピーナッツ3袋を平らげた。


 3時間が経った。カナルはホットケーキ5枚を平らげた。


 4時間が経った。カナルはパン1斤に、チーズとサラミの塊を食い尽くした。


「食いすぎだよ! 腹ペコあおむしじゃないんだから! なんでそんなに食べてお腹の大きさ変わらないんだ!」

 カナルが傍でただの大食いと化しているので、そればっかりに気を取られていた。

「あまいなサブ。まだまだ集中ができていない証拠。俺は試しているんだよ」

 悪戯な笑みがこぼれる

 ――食いたいだけだろうが! どうしたら血流を感じられるんだ……


「俺が太らないのはな……」

 そう言うと、カナルから思わぬ発言が飛び出した。

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