第7話 カナルの家②

 サブは夢を見ていた。

 誰が一番早くフリスビーを取れるか競争している。犬友のアロハちゃんと源太がいる。公園の小高い丘からアロハちゃんの飼い主が勢いよくフリスビーを投げた。三匹が一斉に走り出す。


 出だしよくスタートしたのはサブだ。ジャンプ力は劣るが力強い脚力で最初に抜きん出た。続けてアロハ。サブの横を並走する。そして、源太。源太はフリスビーの曲がる方を予測しながら最後尾から獲物を狙う。


 フリスビーの勢いが落ちてくると、後方から予測をしていた源太が効率よく着陸地点に入る。サブとアロハもフリスビーの真下を走り、飛ぶタイミングを見計らう。

 いよいよ落下が始まり、減速したフリスビー目掛けて三匹が飛ぶ。ここで不利なのはサブ。圧倒的にジャンプ力で劣る。身長で勝るドーベルマンの源太がやや有利だが、アロハの垂直跳びはかなり高い。


 そして、アロハの口がやや飛び抜けたところで突如サブが人間に変わり、軽々と手でキャッチしてしまった。下を向くとアロハと源太がいない。目を凝らすと、小さなネズミが足元をうろちょろしている。

 ――そう言えば、俺は人間になり、カナルと出会って寝てしまったんだな。


 ゴォーー!! ザブーン!! ズオオオオ!!

 とてつもなく大きな音が聞こえる。食器の音なのか家具を引きずる音なのか、やけに慌ただしいようである。


 サブは目覚めた。

 天井を見上げると木で組まれた屋根部分が見える。梁と桁が交差し綺麗に加工された丸太が、揺らぐことのないようにしっかりと固定されている。

 ――よくこんなに重たそうなものを下水道に持ってきたな。


 サブは感心すると共に、ネズミの力でこれを持ってくることは不可能だと思った。しばらく見上げていると、目の前にネズミの顔が現れた。

「うわ!!」

 急に覗き込んできたので驚きで下半身が身震いし、腰が少し浮いた。


「良かった! やっと起きたか!」

 カナルは喜びでサブの胸元を跳び跳ねている。

「うなされるわ、ソファーから落ちるわ、滝汗かくわ……そりゃーもう心配だったぞ!」

「俺はずっと寝ていたのか?」

「10日は寝ていた。飲まず食わずよく生きていたよ」


 カナルはコップ一杯の水と細長いパンを持ってきてくれた。

「そんなに寝たきりで生きているなんて、信じられないな」

「信じられないのも無理はない。君は転生者だ」

 改めて目が覚めても転生したままであったことに、サブはほっとした。これが現実であることを受け止めた。


「森ではいきなり攻撃してすまんかった。俺の魔宙剣マチューケンを打ち砕いたのには本当に驚いた」

「痛くなかったし大丈夫だったよ?」

 サブはあの時、反射的に力んだことを覚えているが痛みはなかった。そんなに強い攻撃とも思っていなかった。


「やはりな。俺の魔宙剣は剣に魔力を込めている。だから通常の斬撃とは違うんだ。こんな風にね」

 カナルはそう言うと、壁の前に立て掛けられている剣を持ち、その横サブの身長はありそうな太い丸太に向けて剣を振った。丸太には剣先の傷が少し付いた程度であった。

 ――なんだ、全然じゃん。


「これが俺の力だけの一振りだ。そこに俺の魔力を剣に加える。すると……」

 カナルは剣に魔力を込めた。周囲の空気が剣に吸い込まれていくような風の流れが生まれる。そして、集まった空気を剣に留めるように落ち着かせると、渾身の一振りを放った。

 ズシャーーーー!!

 激しい風圧で家の中の物が吹き飛ぶ。サブも咄嗟に手で顔を覆った。


「サブ、さっきの丸太を見てみな」

 手を外すとそこには細かく刻まれた木片が散乱していた。しかも、後ろの壁は吹き飛んで下水道が露になっていた。

「うお、こんなに威力があったの!?」

「そうさ。この攻撃を受けてノーダメージなんだ。驚かずにはいられないだろ?」

 ――確かに。壁が吹っ飛ぶのだから今頃俺は細かく切り刻まれて……想像を絶する。


「サブはこの攻撃を無心で放った魔力で防いだのさ。それは常に君の体内に存在し、生命活動を維持させてきた。転生者特有の魔力さ」

「そんな加減なしゼロ距離で殺そうとしてたのかよ!」

 客観的に見ても容赦ない。

「すまん、すまん」

 カナルは大笑いしているが、魔力を発動していなければサブの転生時間は世界記録を樹立し終わっていただろう。

「まぁ、それだけカナルが敵に対して厳しいということはわかった」


「あ、しまった!」

 カナルはようやく自分が起こした事態に気付いた。

「ちょっとはりきりすぎたか」

 二人は苦笑いした。


 サブは壁に開いた穴を覗いてみた。なんと、真下は大広間の地面が見えるはずが激流になっている。起きた時から聞こえていた音はこの音だったようである。

「すごいだろ。今地上は大雨なんだ。大雨が降れば下水を介して水が流れ込む。更にはじわじわと地表から浸透した地下水が下水道にも流れてくる。すると、通常の水位から3~5倍に膨れ上がるんだ。それを見越してこの家は高床になっている」


「ただ、最近水量が多くてね。降雨量が増しているのか、時折室内まで浸水するんじゃないかってギリギリのラインまで来るからさ。念のため食器や家具を収納していたんだ。基本的には安全だ」

 ――それで部屋の中が片付けられていて、少し殺風景になっていたのか。


 カナルは続けてこの下水道の仕組みを話し始めた。

「この下水道は白の国全体の排水を集水している。ここは城下町を越え、城門を出て数キロ離れた場所。この先の下流には結びの木の魔力による浄水装置が幾重にも連なっていて、それからエンドローヌ川へ放流するんだ」

「へぇ~」

 あまり関心のないサブを横目に、カナルの下水道話は終わらない。


「上流へ行けばこの下水道を通って城下町にも行けるから便利なのさ」

 カナルはこの下水道に住んで30年以上が経ち、下水道のスペシャリストとして生計を成り立てているそうだ。

「まぁでもそれは表向きの顔だけどね」

「表向き? 裏もあるの?」


「ああ、わざわざこんな暗くて汚い場所に住みたがらないだろう? 裏向きの顔はいずれわかる。君にも関わってくることだからね」

 ――今教えてくれればいいのに。でも、質問したいことは山ほどあるんだった。一つひとつ解決していければそれで良いか。


「カナル、この世界に来てわからないことが山積みだ。ユキヒョウと対峙したときもどちらも味方と言っていた。だから君なら色々知っているだろうし、安心だと思って着いてきた」

「安心ね。ある意味危険とも言えるよ?」

 カナルは冗談を飛ばすように笑いながら答える。


「でも今サブにとって、最善の道はユキヒョウではなく俺だったことは間違いない。この世界を知らずに生きていくのは困難だ」

「もっとこの世界を知りたい。色々と教えてくれるかい?」

「そうだな、チーズ1年分で許そう」

 カナルの好物はチーズであった。しかもゴルゴンゾーラのピカンテを指定して。

「マニアックすぎて聞いたことないな……却下!」

「それがないと教えられないな。ふっ」

 カナルは少し意地悪そうにサブをいじめる。


 ――ネズミのくせに生意気な! そうだ、呼び方を変えれば態度も変わるかもしれない。確か「このカナル様」とか言ってたな。

「カナル様、どうか私にこの世界のことを教えてください」

 そう言うと、カナルは椅子に座りピーナッツを指の上で回し始めた。

「そう言われては仕方ない。サブよ、何から話そうかね?」

 ――お調子者のネズミ。ちょろいぜ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る