第3話 サブとネズミ
「おい、寝るな!」ネズミが叫んでいる。
――いや、寝よう。
ネズミの言葉を無視して、大の字で寝転がる。これは犬の頃に飼い主と一緒に寝ていた影響で癖になった寝相だ。
その間にもネズミはサブのお腹の上に乗って、ボヤキながら折れた剣の柄でチクチク叩いている。
――さて、俺の火葬は済んだかな。いや、まだ冷凍保存中か? いや、火葬場へ移動の最中か?
サブは自分自身の体はまだ現存し、天国へ行くまでの間、夢の世界を彷徨っていると思っていた。
――そろそろか? もうそろそろ火葬場に着いただろう。
目を開けるとさっきと風景が変わらない。少し陽が落ちてきたのか、肌寒くなってきていた。
それもそうだ。人間は毛で覆われていないから衣服を着るのだが、サブは衣服さえ着ていない。裸という状況だ。
――あれ、おかしいな。まだ人間のままだよ!
寝ても一向に変わらない光景と自分の体に、サブの予想は変化していく……。
とにかくこの状況、寝ても覚めても天国へ行けないようである。さて、どうする。さっきのネズミはどうしただろうか。
仮にこの肉体が人間であれば、人間しか会話ができないはずなのだが、不思議なことにネズミと会話をすることができた。話が通じれば、きっと何か知っているかもしれない。
サブはそう思うと、つぶしそうになったネズミに詫びを入れて呼んでみることにした。
「さっきはごめんなさい! ネズミさ~ん、ネズミさんいませんか~!?」
返事はすぐに返ってきた。
「誰がネズミさんだ! 舐めるなよ人間の小僧!」
まだお腹にいたようだ。折れた剣を持っている。やはり言葉は通じている。
そして、ネズミの言うようにサブは犬ではなく、人間であることがわかった。
「貴様! ここは人間が来てはいけない場所。何者だ!」
――それにしても、さっきから初対面の相手に敵対心剝き出しだ。人間が来てはいけない場所と言われてもね。中身は犬なんすけど。
面倒くさそうだから自己紹介をすることにした。
「俺はサブ、ダックスフントの犬だ! いや、犬”だった”! というべきか。さっき死んだはずが、なぜか人間になっているんだ! ここは天国か?」
ざっくり今説明できるのはこんなところである。
――聞こえていなかったか? ネズミの応答がない。
いつまで続くのか、沈黙が沈黙を上書きしていく。ネズミは何かを考えているようだった。
「あのー、ここは天国ですか~?」
二度三度繰り返して聞く。
するとようやく口を開いた。
「まさか貴様……前世は犬で、死んで目が覚めたらここに寝ていたのか?」
「そうです」
――ようやく聞く耳を持ってくれたのかな。
「今唯一言えること、ここは天国ではない」
――天国ではない? すると俺はどこに来た?
体は人間でネズミと喋ることができる。飼い主は人間だったけど、サブと話すことはできないし、ましてネズミと話すことなんてできやしない。
それにこのネズミは2本足で立ち、剣を持ち歩いている。明らかにサブが住んでいた世界ではない。
――現実ではないのは確かだ。それに俺の知る限り、近所にこんな公園、いや林なのか、はたまた森はなかった。
そうこうして考えていると、ネズミがサブの胸元をピョンピョン跳ね始めた。
「起きろ! ここではまずい。俺に着いてこい!」突然叫び出す。
「おい、早く起きろ!」と、ネズミは連呼し、喋る余裕すら与えてもらえず、半ば強引に太陽の方角へ誘われた。やたらと焦っているようだ。
――着いてこいって、ネズミの指図を受けるとはな……
「その恰好はまずい。破廉恥罪で逮捕されるぞ。サイズが合うかわからんが、着た方が良い」
ネズミはそう言って何か呟くと、裸のサブが服を着た状態になった。
「うお! すごい!」
――ネズミの特技なのか?
タンクトップに陸上選手が履くような短パンを身に着けた。サブは違和感しかなかった。常日頃から裸でいたので服を着るという習慣は皆無に等しく、寒い冬に散歩に出た際に着用するぐらいであった。
「慣れないなら、慣れろ。逮捕されたいなら裸で走り回るがいいさ」
ここに来て逮捕されて刑務所で一生を過ごすのだけは勘弁だ。サブは仕方なく、ネズミの言葉を受け入れた。
サブはふと思い出した。
昔散歩中にネズミと遭遇して目線があったことがある。面白そうだから追いかけたのだが、ネズミは飛び上がるように逃げていった。
しかし、その時のネズミとこのネズミでは全然違う。びびってはいないし、むしろ逆に指図を受けている。この世界の頂点に君臨するのは人間ではないのかもしれない。
それからサブは、走り出したネズミを暫く呆然と見つめていた。意外と早いのだ。四足で走るネズミよりも早いのではないだろうか。
このネズミが2本足で立ち、更に走っているのは異様な光景だ。今まで見たネズミより一段と早く力強い走り方だった。
後に続いて走り出してはみたが、初めて2本足で走るため違和感しかなかった。
しかし、違和感を払拭するように自然と走れることに気付いた。まるで走り方を知っているかのように勝手に足が動いていた。
少し走ったところでネズミが激を飛ばす。
「走れ! この辺は夕方になると森賊が出没するから、とにかく走れ!」
――もりぞく? 不思議な単語が出てきたぞ。
「この森さえ抜ければ、幹線に出られる。急げ!」
――かんせん? また知らん言葉を……このネズミ色々と知っていそうだ。
サブはとにかく目的地に着いたら積もる話を聞こうと思った。天国でなければ何なのかという事実も掴みたい。
20分は走っただろうか。へとへとである。人間とはここまで体力がないものなのかと、思い知らされる。
ただ、死ぬ間際は動けなかったのだから、十分な走りではないか。
やっぱり走るのは楽しい。全力で柵をくぐっていた日々を思い出し、表情が緩み遅れ始めた。
それを見たネズミが激を飛ばす。
「へばっている暇はないぞ、いいから走れ!」と、後ろから折れた剣でサブの尻を突く。
「こいつー! ネズミの分際で! 待てー!」
ネズミはあえて怒りを買わせたのだろう。サブはムキになってネズミを追いかけた。
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