第2話 人間に転生!?

 チッチチッチ、小鳥の囀りが聞こえてきた。

 ――意識を失っていたのか? いや、死んでいるから意識も何もないはずだけど。

サブの目は光の影響でよく見えていない。ここが公園だとすれば、まだ誰かいるかもしれない。


「おーい誰か~!」

 叫んでも小鳥の囀りしか聞こえない。


 目が徐々に慣れてきた。

 眼前には生い茂った木々があり、どうやら木の下にいるらしい。

 その木漏れ日がちょうど目に当たっていたため眩しかったようだ。

 先程の公園より広く、果てしなく続く木々の中にどうやらいるようだ。


 サブは白内障が完治していることに気付いた。若かりし頃の視界に近い。

 ――天国に行けば目も見えるようになるのか? しかも声まで出せて、俺元気モリモリ!?


 サブは地面に寝転んでいることがわかった。草がふかふかで気持ちが良く、このままずっと寝転んでいたい気持ちにさせる。天国とは暢気な場所だ。


 しばらく寝ただろうか。誰かの声にサブは睡眠を妨げられた。

「ふー、一仕事したぜ。あら、まだこいつ寝てるのかよ!」

 ――うん? なんか声が聞こえてきたぞ。しかも聞きなれない声。


 サブの頭の上の方から確かに声が聞こえた。一仕事という言葉に葬式の準備と察する。

 ――そうか、きっと俺の肉体が火葬に出される頃だな。あとは焼くだけ、葬儀屋の皆さん大変だろうけどよろしく頼むよ。

 と、小言を言う。


「何がよろしく頼むよだ! 何様だお前は!」

 ――死人じゃない、死犬に対してその言い方はないだろう。

 ――ちょっと過激な葬儀社だとみた。飼い主よ、葬儀社ぐらい正しい選定をしてくれよ……。最後までわがまま言って申し訳ないが。


「さぁ早いところ焼いておくれ。あまり長引かせると腐っちゃうよ」

「そうかいそうかい、ここでこのカナル様に殺されたいか!」

 何か葬儀とは関係のない言葉が出てきた。殺されるも何も死んでいる身である。サブは思わず、「え?」と言うしかなかった。


 そして、開ける必要のなかった目を開いた。

 飛び込んできたのは、目の前に銀色に輝く何か。尖った何か。これは剣だ。

 サブはなぜか剣だと知っていた。その剣先が眼前にあり、突きつけられている状況である。

 剣を持っているのは、太陽の光でよく見えなかったが、何かがサブの胸の上に立っていた。


 徐々に目の霞が取れてきて、顔をよく見ると……

「何だこれは!」と、思わず叫んだ。


「うわ! ネズミ!? え! しかも立ってる!」

 首から上はネズミ、その下は人間のようだった。

 でもサイズ感は普通のネズミが2本足で立ったそれと変わらず、身軽そうな半袖短パンに剣を片手に喋っている。どう考えてもおかしい。真夏の人間のような格好だ。


「舐めた口を! せいや!」

 ネズミはサブ目掛けて、剣を振りかぶってきた。

「ネズミが喋ってる! うわー! やめろー!」

 当然そう述べるしかない。今死んだばかりの者を本気で殺そうとしてきているのだ。

 サブはネズミの攻撃に咄嗟に目をつぶった。殺されたと思った。

 しかし、パリン! と音がして、剣が草むらに転がったようだった。


「な、なにーーーー。このカナル様の必殺奥義、魔宙剣マチューケンを……しかも剣ごと破壊するなんて……貴様、何者だ!」

 先程の剣はやはり折れていて、サブを切りつけることができなくなったようである。


 サブの方は、未だに状況が掴めていない。喋るネズミは初めて見たし、2本足で立つし、剣を振り回している。

 ここが天国であると仮定し、今ネズミに殺されたら? 天国で死ぬとどうなるの? 次々と疑問が湧き出てくる。今できること……短時間で導き出した答えは逃げることであった。


 まずは起き上がらなければならない。

「よいしょ」

 この危険なネズミを無視して、体を起こした。

 ――あらー身軽になったこと。寝たきりだったのが噓みたいに、簡単に動ける。下半身を引きずっていた重ささえ全くなくなった。さすがは天国。

 ――でもおかしい。随分足が長くなった気がする。

 ――あれ? ちょっと待て、どこまで高く、え?


 サブは改めて立ち上がってみた。

「えーーーーーー」

 今までと目線が違うことに驚く。


「ひええええええええ!!!」

 サブの叫びと共に、さっきのネズミが下から大声をあげている。起き上がったことで間違えてつぶしそうになったようだ。

 サブは真下のネズミよりも自身の変化が気になり、逃げることを忘れていた。むしろネズミの方がサブを危険視していた。


 どこまで伸びるこの身長。

 胴長だったサブの目線は遥かに超えた。ぐんぐん伸びる若芽のように、目線は木の幹をつたい上がっていく。

 ここまで高くなったのは、飼い主に抱っこされていた時以来だ。それよりも高い気がする。


 サブは自分の目線が枝分かれした太い枝に届くぐらいの高さになったことに驚いた。

 ――もしかして、これ人間じゃ……

 サブは久しく老体で歩けていなかった感覚で進もうとした。

 ――やはり足の感覚がおかしい。犬だった時の後ろ足を引っ張る感覚がない。

 足腰の悪さであった重みも感じずに、悠々と前へ進むことができる。


 ――これはまさか……まさかだよな。俺の足が人間の足だ。

 ――人間の足ということはだ。手もあるのか? あるよねきっと……

 サブは前足を動かすイメージで左の前足を動かしてみた。

 やはり、人間の手である。更に2本ある。人間の手は同時にかつ、それぞれのタイミングで器用に動かせる。

 加えて指も5本ずつある。しっかりと一本ずつ動く。


 ――人間になりたいと願ったけど、まさか本当になれたのか!? 人間に転生できたのか!?

 しかし、あまりに都合が良すぎるので現実をまだ受け入れられないようだ。

 ――これは夢だ、永遠の夢。何でも望みが叶う夢だ。あくまで火葬の準備時間を楽しませてくれているに違いない。


 サブはそう感じると、大きくなった巨体で豪快に寝転んだ。

 すると、まだ下にいたネズミが、

「うわあああああああああ、あぶねえええええ」

 またもやネズミをつぶしそうになってしまったらしい。


 そんなことを余所に、死に際の望みを叶えてくれたことに感謝した。たとえこれが夢だったとしても。

 ――突然切り付けてきた謎のネズミ。ネズミの言葉まで聞こえるようになっちゃって、俺の夢は半端ないな……さあ、今度こそ天国へ行くぞ! おやすみなさい。

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