犬だって人間に転生したい!祝・短足卒業。リードなき人生。
蓮田凜
第1話 享年15歳
「サブちゃん、サブちゃん」
――俺を呼んでいる声が微かに聞こえる。
「サブちゃん、頑張って! 傍にいるわよ!」
――これはきっと飼い主の声だ。来世はこんな温かな人間になりたい……。
御年15歳を迎えた犬の無垢な心である。名をサブと言い、足の短さがキュートなダックスフント。どこにでもいそうなクリーム色だが、首元にある三日月型のくせ毛が特徴だ。
人間の支配する世界、所謂人間界に降り立ってから3か月。親元を離れ、長い間、人間の飼い主に育てられ生活を共にしてきた。
――今俺は死を迎えようとしている。間違いない。
サブは10歳を過ぎてから白内障を患い、徐々に視力の低下で歩くことが困難になっていた。
加えて今年は足腰の衰えから、運動もままならず、ここ数日間は動くことなく飲食物が喉を通らなくなった。
ひたすら寝て呼吸をすることしかできなかった。これが精一杯の生命活動。
目を閉じたまま、ゆっくりと吐く呼吸がいつ止まってしまうのかハラハラする飼い主を横に、サブはひたすら願うのであった。
――犬だって人間に転生したい! リードに繋がれない、自由な世界を歩きたい。
彼の犬生は人間の、人間による、人間の為の犬であったといえよう。
決してそれは悲観的なものではなく、「誰かのために生きた」という証だ。
だから、サブは犬として後悔はなかった。
むしろ、数多くいる犬の中でサブを選び、優しく育ててくれた飼い主に感謝し、自身もまた飼い主のような人間になりたいと切に願っていた。
この瀕死の状況でも、飼い主は必死に励ましを送ってくれている。
人間とは何て素晴らしい生物なのだろうか。親心に涙する。
その流れ落ちた涙を飼い主はハンカチで拭い、お礼を言っていた。
「サブちゃん、長い間ありがとう」と。
やがてサブの意識は朦朧としてきた。
夢の世界を旅しているような感覚に包まれる。
閉じた目が再び閉じるような感覚がした。
真っ暗闇の彼方に薄い光があり、目を凝らすと小さなオアシスのような木々が見えた。今まで重かった体が嘘のように、足取りは軽くなり、真っ暗闇の先にある光に向けて歩いている。
――あれは、公園だ。犬友がこっちを見ている。
「遅いぞ!」と言われて、輪の中に入った。
「お待たせ、みんな!」
じゃれ合う犬たちの横に、それぞれの飼い主が笑顔で見守ってくれている。
時が止まったかのような、不思議な空間。
これがサブの犬生の最期。
――飼い主よ、ありがとう。
享年15歳。
――やはり、人間にはなれなかったか。でも、最期の最期で仲の良かった犬友たちに会えて逝けるんだ。これも悪くない。
――皆と一緒に。さぁ、無に帰そう。
……そして犬友と飼い主たちがたちまち暗闇に飲み込まれていきサブも闇と一体化していった。
……果てしない闇へ飲み込まれる。
――飼い主よ、ありがとう。
……闇はいつまでも続く。闇に包まれ、自分が動いているのか、周りが動いているのかわからない。
……まだ意識がある。
――ありがとう、ありがとう。
ひたすらにお礼を繰り返す。
……
――まだ死なないの?
――おーい、そろそろこの意識消えていいよね?
――さすがにもういいでしょ! 数時間は経過していないか?
――暗闇に飲み込まれて、まだ意識があるのか? これが天国か? 天国は暗闇生活?
しばらくすると小さい光明が見えてきた。
――何だあの光は?
徐々に迫る光が点から塊に変わっていく。
暗闇から見ればこの光はとてつもなく眩しい。瞼を閉じても消えない程の光量だ。
どんどん光は近づいてくる。
さっきの公園の光景に変わるのか、デジャブのような感覚が襲う。
しかし、この光の大きさは先程とは訳が違う。サブは筒状の光の出口に押し出されていく。
「やめろ、眩しい! 目がおかしくなる! ん? 目が見えているのか?」
「違う、目はつぶっている。きっと周囲が明るくなっているのか」
「うわーーーー!!!!」
サブは暗闇から一転、光の塊に飲み込まれた。
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