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「でもねぇ、あんたが悪いんだよ?」

一歩ずつ歩を進めながら厭は再度確認するかのように疑問する。

「あんたがあの子をあんなにするから、お前が人を閉じ込めてしまったからこうなってしまった」

「…」

答えは一向に帰ってこない。

厭の中の憎しみは、肉を食べたことで幸せに変化しつつあった。

「だからな………って、もう死んでるか」

女の顔を右手で持ち上げると、生気のない表情が伺えた。

目の色はとうに消えており、残るのは肉片だけ。

別に食べても良いのだが、先程の土手が腹にきている。

「ちっ、まただ」

食べ癖が悪い彼女は、腹を押さえながら精場へと戻った。



「スー…」

「まだ寝てるか」

少し呆れたような感情を口から出すが、口角がわずかに上がっていることから無事であることが嬉しいと窺える。

「この子は、楽になれるか」

自分に対しての問いを投げかける。

女を殺したことで心の持ちどころは無くなってしまったみたいだが、それは自分の責任であると自覚する。


だから、これからそばにいるんだ。


兇、福関係なく。







平穏な時間が戻ってくると、思っていた暁。

とある事を、厭は思い出した。

「この子の、記憶」

あの続きはどうなっているのか。

なぜこの子の首に目が付いているのか。

知りたいのは山々なのだが、先程の経験から起きて仕舞えばひとたまりもない事を理解しているので、見難い。

そんな事を思いながら腕を組んでいると、あることに気づいた。


「…………花…………?」


自身の精場の黒い部分に、青い花が咲いていた。

種類はバラだったか。

「まさか……」

まだ生きているのか。

そんなはずはないと、厭は確信していた。

臓物に穴を開けられて仕舞えば、体は持たない。

体は。



「あんた………いるな」

「ご名答」



精神だけの女の声が、響いた。

それはひどく単調なものだったが同時に強さも含んでいる。

「ここまでこられちゃ、対策のしようがないな」

「そのために死んだ。この子を見守るあなたを最後見たくてね」

やはり先程の女からは考えられないくらい白々しい。

「さっきの真実、知りたい?」

「もちろん」

即答。

危害がないと厭は感じたのだろう。

そして女は、長々と話し始めた。


「元々あの子は孤児だった。それを助けたのは私。

あの子が小さい頃は、ただ楽しかった。

まるで自分の子供ができたような気がしたから。

毎日笑って、泣いて、喧嘩して。仲良くなったわ。

でも………」

「でも?」

長い沈黙の中、厭は答えを待つ。



「………あの子が10になった時、奪われたんだ」

「何を」




--




「は?」

彼女の前の容貌からは考えられもしない事を、女は口に出した。

「お前、男だったのか?」

二度目の疑問符をつけながら驚きを隠せない厭。

そしてそれに女は、冷静に対処していった。

「ええ、今では考えられないが。もう死んだけど」

「……………………………そうか」

「まあそんなことはいいんだ。その時あの子は、「降隣を使った」と言ったんだ。これまで聞いたこともなかったけどね」

「降隣は、あんたがさっき使った能力?」

「そう、世界と世界を繋いで物を持ってくる事。今私が言えるのはここまで」

「なるほどね、だけど変だな。あの血を舐めていたワンシーンはなんだったんだ?」

「…あれは、彼女を封印させるための儀式が唯一成功するときの映像よ」

「彼女というのは、ムでもなくあんたでもないナニカ?」

「そう、ソレ。名前はつけていない。が、危険であることは確かだ」

「要するに昔のあの子は、ムでもない何かに変えられて日々を過ごしていたというわけ?」

「そう、ソレをムに変えたのは私だ」

「…ッ」

バン!

厭は地面に拳を思いっきりぶつける。

自分への忌みか、それとも…

「何で…」

「?」

「何でそれ以外の方法を取らなかった?」

「…」

「あの子は、いつまでもソレを持って生き続ける!?封印するしかなかったの?殺せなかったの?何でそんな物をこんな華奢な子に…………」

遂に厭は、涙を流してしまった。

いつまでも出さないと思っていた。

が、愛する者のためには、我慢ができなかった。

「ヒッグ……ウッ……」

戦っていた時の彼女からは考えることのできないくらい態度がおかしい。

しかしそれに気を向けることなく女が、


「恋を、しているのね…」

と聞くと

「ゥッグ……」

と厭の首がコクンと縦に動いた。


ようやく自身の気持ちに終止符を打てたかと思った。

そしてその感情はすぐ無くなってくれるとも思っていた。

が、今の仕打ちはなんだ。

既に愛してしまっているではないか。




そしていつか感情は落ち着く。

正の方向へと。



「……でも、私は応援するよ。あの子にできる、最後の親心だからね」

「いや、お前は死なない」

二人称が変わっている。

これは認めた証拠か否か。

「あたしの薬指に、降印を残せ」

「………………それは、いいの?…………」

「言っただろう、死なせないと」

「…わかった、じゃあいくよ」

この結果に不満はない。

寧ろ喜びが心を覆っていく。

自分で他人への気持ちを理解できたのだから。

そして、この女には感謝しなくては。

いつまでも。

「先程は、すまなかった」

全てが跳ね返ってきたような気分で厭は謝罪を述べる。

がそれを気にしていないかの如く女は

「問題ない」

と返した。

そして、名前が刻まれた。

「じゃあ一回私は消えるけど、この子をよろしくね、厭」

「名前教えてないだろ、---」

「クスッ…」

最後の笑い声と同時に、声は今からもこれからも途絶えた。

ただ一つの転機を除いて。



「あれ、私は何を…」

「ようやく起きたか」

待ち侘びたかとでもいうかのように厭は重い腰を上げる。

「さあ、いくぞ」



何が起こっているのかわからないムは訳もわからずに与えられた手を取る。



その絵は、いつまでも美しかった。



私がこの子と名前を守るんだ。





ムと無







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