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「ゥゥゥゥゥゥゥ…」

女が完全に地面に足をかけると、ムは意識を取り戻す事なく地面に倒れそうになる。

が、そこを間一髪で助けたのは、他ならぬ厭だった。

攻撃を仕掛けた時と同じ速さで、今度は丁寧に首と腰を支えて、地面にゆっくりと下ろした。

「………ソレヲ、マッテイタノネ…」

先程ムの体を借りて、映像に出ていた女だと言うことは声を聞けばわかるが、まだ文字がカタカナ読み。

それは、まだ完全に意識が体に移し替えられていないということを指していた。

「少し、待て」

だがしかしそのアドバンテージを捨てるかのように厭は冷たく女に向かってそう言い、精場へと移動した。



「スー…」

「……今は、寝てるだけ」

極度の疲労かムはグッスリ眠ってしまっている。

腹の黒い円はもう消えているが、汗はひかない。

その寝顔に、厭の心は動かされた。

整った顔、無防備な体と服。

(…………先程からどうしてしまったんだ、私は………)

しかし恋の経験がない彼女にとっては初めての感情であり、答えを出すことが今は難しい。

「………悪いがここで、待ってほしい」

ついさっきまでの彼女の口調を聞いていたなら絶対に予想できない領域。

「必ず、戻ってくる」




「……お別れは、終わった?」

「………クックックッ…あんたもしてきたか?自分に」

意識がある程度戻ったのか女は普通に会話をする。

多分能力も…

が、その状況下で厭はいつも通り、口を開けて笑っていた。



がしかし、女の能力がわからない今、無闇に手出しはできない。



……


無音が両者間で響く。

そしてようやく女の方が、印を結んだ。

今回も土の印。

「光、闇……」


ズバッ


儀式を始めようとしたその瞬間、衣服が破れる音が女に聞こえた。

自身の右脇腹が、服ごと、裂かれていた。

後方に移動したと思われる厭は口を青い血で染めながら肉を土の上に吐き捨てる。

「ペッ、まず。やっぱり攻めるなら、内側か」

そして、掌を天へと向けた。


「終わらせよう」


向けていた右掌の薬指だけを折り畳み、こう唱えた。


「降印、解」


すると、薬指以外の四本の指から黒い文字が延々と浮かび上がって、そのまま天へと向かった。

「これ、偈頌の文章なんだけど、わたしにはさっぱり。んでこの降印ていうのはまあ封印みたいなもん」



降印。

対象の体に黒い文字が描かれる。

その文字というのは書く者の書物によって決まる。

より強い印程大きく体に残り、反動も大きい。

補足として、死ぬと印は残り続ける。



「じゃあ、来てよ」

「ええ」

降印という枷が取れた指に今のところ変化は見えない。

その指を厭は女へと向ける。

掌は開いたまま。

そして、握った。



「?」



女は首をかしげる。

降印を解したのであれば何かしらの変化があっても良いはず。

だが相手の能力がわからなi......


「ゴフッ」


彼女は、吐血した。

青い血を。

徐々に痛みが首の方に回ってくると、再度血を流した。

「グェ…」

声を発することすらできずに手で口を抑えながら地面にもう一方の手をつく。


なんだ、これは。

これが、能力だというのか?


「気が付いた?」

拳を強く握ったまま厭は座る女へと声をかける。

そこからは、青い血が出ていた。

「………拳を、開けてみて……」

「ほい」

間を解さずに厭は掌握をやめた。

乗っていたのは、一欠片の鮮肉だった。

「んー、あんた、いい肉してるね」

そしてそのまま、口へと持っていく。

「いただきまぁす」

グチュ、グチュリ。

とても美味しそうに、とても大事そうに。

その旨味を一滴たりとも逃さないとでもいうかのように。

よく噛み、飲み込んだ。

「………………なんでさっき、コレをしなかった……」

女の口調は段々と単調なものへと変化していく。

話すことが難しくなっているのだろうか。

「んー、簡単だけどなぁ」

厭はまたもや先ほどとは口調が違う。

「……あの子…の…体ね」

「ん」

答えを聞く気すらないのかそれを噛み締めている余裕すらないのか厭はまた掌を女へと向ける。

「……更にまだ、能力があるのか……」

「んー、よくわかったね。まあ知ったところで、ねぇ」



そして、握った。



今度は先程とは違い痛みがすぐに来た。

「っっっっっあああああっ」

彼女は腹のすぐ下を押さえ込んで、地面にどうしようもない痛みを分けようと頭を思いっきり振り下ろす。

「あ"あ"っっ」

「クックックッ……」

そんな苦しむ姿を見て、厭は笑っていた。

今回は悦楽に顔を染めて。

「アーッアッタッタッタッタッタッ!!

最高!最高!最高ぅ!!!!!」

掌から出てきたのは先程の肉よりはピンク色が濃い臓。

「あんたの土手、いただくよぉぉ」

右手の人差し指と親指でソレを掴むと、まずは舐めた。

「ああ……もう、我慢ならない…」

ジュル。

舌を舐めずる音が聞こえてきそうな勢いで口を精一杯開け、最高の部位を最高の状態で迎え入れる準備をする。



どこかから声が聞こえた気がした。

そろそろか。



そして、とうとう口に含んだ。

その口がとろけそうなほどの味、いや言い表せないモノに、厭はコレまでにない至福を感じた。

全てにおいて最高。

これまで彼女が食べてきたどんな肉よりも、美味だった。

「…………おいし…………」

だが絶頂することなく彼女は再び掌を女へと向ける。

「やめ……」

「クックックッ」

無惨な光景に、不思議と木と木の間の闇は嘲笑うように歓声を上げる。

早く命をくれとでもいうかのように。



「さっき、まだ能力があると言ったね」

臓物食の数が10を超えたのち、厭は尋ねた。

「……」

痛みでソレどころではない女は顔を上げずに地面に横たわっている。



「あれは、ブラフ」



もうそんなことどうでもいい。

早く、この地獄から解放してくれ。























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