3
「う"………」
ムの記憶の中、一人の女が泣いていた。
今度は動けなくなったムがぎゅっと目を瞑って決して見ないようにする。
ここは、厭の精場、
形は普通の円だが、そこは大きなパノラマのように、相手の記憶が流れる。
ロックオンさえすればその相手と一緒に鑑賞することができる。
が、流れるのは後悔などの厭な記憶のみ。
精神を殺すのが、厭。
「これ、あんた?」
厭が胡座を描きながら尋ねる。
当然だが答えはない。
すると画面の中のその少女は不意に立ち上がり、
「………行かなきゃ……」
と涙ぐみながらヨロヨロとその場所を立ち去る。
次に出てきたのは先ほどよりも幾分か明るい部屋だった。
そこには一つの椅子、一つのジョッキ、そして、一人の女がいた。
目の色は青。
部屋の形は正方形だったので、余計に真ん中が目立つ。
「………何度も言うようだが、これは降隣に欠かせない儀式なのだよ」
真ん中の女がゆっくりと立ち上がりながらそう始める。
「君が厭だろうと私には関係のないこと。何故ならば君は必要とされているから。これ以上幸福なことなんてないだろう?」
「……はい……」
不意にムが目を見開いてそう厭の隣で答えた。
頬には一条の涙がつたっていた。
「さあ、始めようか。光、闇、神、然。我より前世、後より後退、四大星」
ブワッと、部屋が半分ほどに圧縮される。
降隣を告げた女は上を向いており、そのまま、自身の指で腹を縦方向に切った。
大量出血、それは厭も予想した。
が、反していたのは、血の色だった。
「青……?」
頬に手を置きながら厭が見入る。
さらに驚きだったのは、その粘性が強かったことだ。
強すぎるためか腹の臍あたりで血は止まってしまい、一滴たりとも垂れる予感がしない。
「ああ、マラさま………」
突如として漏れたムの声に厭は頑張って反応を表情に表さない。
それは、今目の前で流れていることがどうしようも無く……………
興味深かったからだった
「…」
だが今は、まだ早い。
もう少し
もう少し。
「さあ、これを飲みなさい」
そう言いながら画面の女は一つだけの椅子に座る。
それに従うように少女は女の股の間へと体を入れて、舌を出した。
そして舐めようとしたその瞬間、
「ぁぁぁぁぁぁぉぉぁあ"!!!!!」
厭の精場の中に悲鳴が上がった。
厭は肩をすくませる。
ムは叫んでいる。
顔には赤みが差しており、天を仰ぐように立っている。
そして何より、首の部分から、涙が出ていた。
男で言うところの喉仏付近に、一つの目があった。
色は紫。
そこは閉じることがなく、絶えず涙が溢れてきている。
「あんた、その目は…」
「うるさい」
疑問を投げかけた厭は次の瞬間現実の世に強制的に呼び出され、腹を抉られるような痛みに悶絶した。
「……」
痛い。
そうとは思ったものの、違う感情が彼女を支配していく。
この生き物の中には、何があるのか。
今はそれだけを知りたい。
先程の草原は彼女自身の技だったのだろう。
ではあの目の能力は、精は?
何も情報がないまま、ただ厭は立ち上がる。
今度はこちらもおかしくなって。
「クックックッ、
アーッアッ!!
あんた、面白いよ!!厭でしょ?嫌でしょ?精神を抉られるのは?!でもそれがあんただよ!!」
「……違う」
「何が違うんだよ!!はっきり言うよ!あたしはあんたのこと好きだけどねぇ、世間体の目から見たらあんた……
最悪だよ!!」
最悪。
一番下という意味。
誰も受け取りたくなどない言葉。
しかし、ムはそれでも笑っていた。
「でも、好きになってくれる人は今いた」
「そうだねぇ、あんたの目の前に」
「ならば、あんたを殺してまたこの子を一人にさせるよ」
これはム自身の言葉ではない、それは誰にでも伺えた。
が、次の厭の言葉は誰にも予想ができなかった。
「--------よ」
その言葉を聞いた瞬間、ム、いや女の口角が上がった。
「ならば、勝ってみなよ」
女はそう言い残し、元々開いてなかった衣装の腹の部分をたくしあげた。
そして、降隣の儀式を始めた。
「光、闇、神、然。我より前世、後より後退、四大星」
ピキッ
隣の木が軋みをあげる。
パキ
ポキ
それが連鎖するかのように他の木々にも移っていく。
女はひたすら土の印を継続しており、いつしか腹には黒い円のような図形が浮かび上がってくる。
「あっ……」
そう彼女が声を発すると、厭の隣の木が縦に完全に割れた。
バキ!
(これは、まずいな)
直感でそう感じる。
円は半分ほどまでに成長している。
「止める」
そう言って厭は右手の指を逆立てて距離のあった間を一瞬にして詰める。
音すら出なかった。
響くのは血が噴き出る音のみ。
「……ぐあ……」
情けない声を発したのは、厭だった。
右胸と鎖骨の間から見るに絶えない傷が覗き込む。
この痛みに悶えた彼女を、女は容赦なくムの靴で蹴り飛ばす。
「知っていますか?この世には元々4つの星が基本としてありました。これは神文に書いてあります」
「……」
「そして、降隣を扱うものは神の血を継いでいると言われています」
「………何が言いたい」
重い口を開いて重篤な厭は尋ねる。
「この子が、特別だという事ですよ」
「………」
「この目も、その昔この子が降隣したものです」
そう言いながら女は首の見開いた目にそっと手をかざす。
しかし目からとめどない涙が出ているためよい絵にはならない。
「さあ、おいでませ」
円の点と点が繋がった。
その内側が黒く染まり始める。
女はこれまで以上に印を強く結ぶ。
「…」
今は何もせずに、厭はただ見ている。
内側に力を溜めながら。
ある予想に自身の命を賭けながら。
「条件、空目。来い、降隣」
そういうと、森全体が大きく揺れた。
ズゥゥゥン…
そして腹から、一人の女が出てきた。
「ゥゥゥゥゥゥゥ…」
外の空気を初めて吸うかのように大きく息をしながら、精一杯出ようとする。
手を地面にかけたその瞬間、どこかで雷が落ちた。
胸をつけた瞬間、鳥が死んだ。
そんな状態でも、厭はまだ笑っていた。
「クックックッ…」
「ゥゥゥゥゥゥゥ…」
二つの声が森の中に響く。
そして、厭は決意する。
「お前は、死なせない」
真実を知りたい。
その一心だった。
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