6
「フィソファ、あいつ、このままだと死ぬぞ」
戦闘を終えた生神が左腕を右手で押さえながら精場の真ん中へと戻る。
その左腕というのは先程の半降隣での後遺症であり、黒く変色している。
(フィソファの体を借りて半降隣してもこれだからな……)
そうとは思うが必要な犠牲だったと自分に言い聞かせる。
「…………」
フィソファの震えは治まっていたが、顔は暗く下を俯いている。
「…いいのか?」
生神は再度尋ねる。
今度は疑問符を入れて。
そして、フィソファは話し始めた。
「…………私は、あの時怖かった。自分しか知らない領域に、安易に入ってこれる存在が、本当に怖かった。その時はもう、死ぬとかどうでも良くなって…」
「……」
生神は精場の真ん中で座ったまま彼女の話をじっと聞いている。
自分の痛みなど二の次に。
「本当は、矢印行く路で対抗できたはずなのに、もう体は言うことを聞いてはくれなかった。その代わり、脳の中ではこんな言葉が繰り返されたの」
「…」
「お前は弱いって」
弱さ。
ソレはどんな人間にもあるものであり、持たないものはいない。
が、強さとはこれについて来る。
自分の弱さを実感してなお立っていられるものこそに、成長の余地はある。
神は言われた。
「立ちなさい」
と。
このことが誰に向けられて放ったものであるにせよ、立ち続ける事こそが、最強への最速かつ、最高の道である。
「……………それは、オレの力不足ということか?」
「違う!全てこれまで向き合ってこなかった私が悪いに決まってる!」
「じゃあ、いちいちこんなところで立ち止まってていいのかよ」
「それは、その……」
「いいか、オレはお前がいいなと思ってここまでついてきたんだ。それが今にも崩れ落ちそうになっている。またオレを見返すようなことをしないと、本当の別れとなるぞ」
「……………………………………
それは、嫌だ」
ようやくフィソファの口から本音が漏れた。
「嫌だ嫌だ嫌だ!」
駄々をこねるように繰り返す。
自身の弱さを。
そして決意する。
「彼女は、殺さない」
フー、フー
款の精場内に、自身の呼吸の音がこだまする。
目は半開き、もはや上を見る気力すらなく、顔すらも下を向いている。
地面を喰らうように。
頭の中ではもう何も考えておらず、死ぬのも時間の問題。
が、彼女はふと思った。
最後の相手と会いたい、と。
こんな戦い、敗北は初めて。
だからこその、感情だった。
「グ…………」
最後の目標を達成するために、腕だけを動かして地の印を結ぶ。
「待って、いましたよ」
前から声が聞こえる。
あの女か。
「……………」
款は無言で左腕を精一杯地面から上げ、握手を求める。
求めていたのは生神だったのだから。
が、フィソファは右手を差し出してくる。
そして、款の左腕がスパッと、切られた。
早かった。
単調だった。
フィソファの右手には一本の矢印がついており、それで切ったのかと考察する。
款の左腕は地面に落とされることなくフィソファの左手に収まっている。
遂に死ぬか。
「ひとつだけ、願いがあるわ」
「……」
「剕を、見つけてくれ」
「…いえ、その夢を私が叶える気はありません」
「…………」
何を言っているのかわからず、款の意識は彼方へ飛んでいく、筈だった。
「……………は?」
彼女の体が軽くなる。
死ではなく、生の方へと。
いつしか出血は止まり、呼吸も整う。
何がこうしたのか。
確かめるために右手を握ってみる。
白磁に血がついた指が、動いた。
足を動かす。
動く。
座る。
動く。
「………どういうこと?」
死ぬはずだった自分が今生きているのは目の前にいる女の仕業だとしか考えようがない。
「…契約ですよ」
「契約」
「ええ、あなたの左腕と命の、等価交換です」
通常ではあり得ないトレードに彼女は素直に驚く。
「やはりこれにも、裏があるの?」
復活したばかりだというのに款は強気な口調を崩さない。
「……今回ばかりは言ってもいいですか。そう、私の精霊生神はあなたとの戦いで左腕が不自由となりました。そして、私がこの契約を上げました」
「ということは…」
「この腕は、私の生神へと渡され、体の一部となります」
「………………なるほど…………」
疲労からか、款は地面に突如寝転がった。
もう争わなくてもいいとでもいうかのように。
「……お互い、大変でしたね」
不意に、フィソファがこのような言葉をかけた。
「ああ、お疲れ様だったな。あなたの、生神とかいうやつ、今からあってもいい?」
「いいですよ」
「じゃあ……」
「な」
フィソファの精場へと移動する。
その中にはフィソファも生神もおり、まるで迎えているかのようだった。
「なあ、死神よ」
不意に生神が声をかける。
「何?」
「争いは、終わったか」
愚問。
「ええ、終わったよ」
「そうか」
そう言い残し生神は貰った腕を動かす。
争いの終結。
ソレは何を彼女らの中で表しているのか。
「フィソファ、少し二人で話させてくれないか」
「いいですよ」
ブン、とフィソファが精場内から姿を消す。
精の残留が揺れる。
「お前は、剕を探しているんだってな」
「ええ」
「オレは、そいつの居場所を知っている」
「まあ大体検討はつくかしら」
「そう、そこの名前は、
「「死臨」」
二人とも同時に口を開いた。
「やっぱりそうだよね」
「お前は、あいつの妹なんだってな」
「ええ、それが何か」
「前戦った時に言葉をもらっている。勝負は負けたがな」
「何?」
款は、不意に目を閉じた。
「「母が危うい」と」
簡単に想像ができてしまった。
そして、剕が今頃死臨にいることも、容易に想像できた。
あの鎌らの解放を待って。
「………わかった、ありがとう」
いつのまにか左腕の痛みは消えていた。
もう既に黒いマントによって隠されてしまっているが。
「フィソファ、いいぞ」
「はい」
精場の持ち主はすぐに帰ってきた。
まるで全てを聞いていたかとでもいうかのように。
「では、行きましょうか」
「どこへ?」
「ここです」
いつのまにか着いていた。
そこは薄暗く、長い机が最初に目に入る。
「やあ、お疲れ様」
真ん中から声がした。
この声は、汚穢。
今は、素直に喜んでおくか。
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