5

「ふぅ………」

一旦生神は落ち着く。

そして開けた目は、光っていた。

いつのまにか矢印は消えていた。

言い表せない色で眼光を染める彼女は、款にも影響を与えるかと思いきや、両者共に笑っていた。



ここから本気の闘いが始まる。

死はどこにあるのか。

誰もそんなことは今知らない。



ヒュン



両者が相手の顔面目掛けて放った拳は凄まじい速度で向かうが……




一度時が止まったような感覚に陥った。


(なんだ?これは)


(……なんでしょう)


殴る、殴られる寸前で止められた二人にいつ開始するなどの情報はない。

ただこの状態のままこの世に残されるだけなのか。


そう思っているところに、不意に頭に声が入ってきた。


「「まだ争う?」」


誰の声か。

妨害であることは、確かだ。



「うるっさい………わねぇ」



が、その呪縛を、款と生神の両者が解いた。

空中でぶつかり合う筈だった拳の僅かな間を精が飛び交う。

ソレがいつしか時空を歪め始めていることに二人は気づかない。




そして、解けた。




チッ





バン!





時計の針が進むような音の後すぐに拳はぶつかり合った。

二つは武器のように均等を保っており、やがて離れた。



「あら残念」



声の気配はここで止まってしまった。



「「フーー……」」



両者が共に息を大きく吐き、極限状態へと近づいていく。

よほど集中しているのか体はぶらんとしており、表情は無そのもの。



葉牡丹が空気に触れる。



バン!




拳の鳴る音が森の中に大きく響く。

そこからは、とても長く続いた。

両者一歩も引かずにギリギリのところで攻撃を受け、投げ合う。

火花が散り、精が混じり合う。


時空が歪みを始め、この世界を構成することがその場所だけ困難になる。


が、そのことを勘付いてか二人は攻撃をやめ少し距離をとって自身の武器を手に取る。

右手も左手も赤く染まり腫れている。

体には傷があり、服は崩れを始めている。

が、戦闘を止める気は一切としておきない。

誰が止めようとしてもこうなのか。


わからない。




フッ




ギィン!!!!




武器がぶつかり合う。

生神は二本の矢印を復活させているが、今の所は変わったところがない。

款は自身の身体能力を上げ、生神にも届く程になっている。

二人とも思った。



良い相手だ、と。



生神は怒っている、款も同様。

だというのに、両者は互いを認め合っていた。

これも精霊同士の共通項というところか。


だが二人はいつまでも沈黙を喫している。

飛び交うのは武器のぶつかり合う音。

他には何もない。


ギィン!


ガン!


款が少し押されてきている頃合いを見計らって、生神は自身の周りを回っている矢印の矢先を彼女へと向け、放った。


款の脇腹の部分に二つの穴が開く。


黒が少しずつ深紅に染まっていく。


「……まだできますか?」

「ソレ、当たり前ね」

もう止めることなどできない。

こんなに楽しいのだから。


ブシュウ…


が、出血量が多すぎる。

款の目が焦点を捉えることが難しくなる。

意識は朦朧としている。


「クッ……」


地面に手をついてしまった彼女は身の危険を感じるが、今はソレどころではない。



そして、意識が自身の精場へと飛んだ。



そこはフィソファ同様円の形で、彼女は真ん中に疲労でへたり込んでいる。

精場内には黒い閃が二本あった。

「クッ………、ウゥ……」

よほど痛いのだろう。

のたうち回ることすらなく静かに肩を揺らす。

「グ…………、ハァッ……」

吐血はしないが口は開きっぱなしで涎が止まることなく溢れてくる。

どうすればこの痛みをなくせるのか。

必死に頭の中で考える。

が、痛みが思考の邪魔をしてくる。

「ウッ……」

ついには精場の真ん中で横になり、地面を血で染める。



ここまでか。



結局は、最悪な奴だったな。

私は。

姉を見つけることもできず、自身の手で裁くこともできず。

生神にすら敗北した私に、もう価値などないな。


そう思い直して、腕の力を抜く。


照臨の今は孤独な音が聞こえてくる。


ソレは、すぐそこにまで迫っていた。

























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