第一章 メラニー・スチュワート③
ダリウスがすっかり黙り込んでしまったので、メラニーは自分が何かしでかしてしまったのかと、ビクビクと
(叔父様がこんなに険しい顔をするなんて、私、何かとんでもないことをしてしまったのかしら? やっぱり家から勝手に古文書を持ち出したのがまずかった? それとも勝手に学校の材料を使って調合してしまったこと? いくら叔父様が好きに使っていいよとおっしゃってもやっぱり
実際メラニーが考えていることは思い違いにもほどがあったのだが、自分の能力に気づいていないメラニーにはなぜダリウスが難しい顔をしているのか、全く見当がつかないでいた。
と、そんな重々しい空気を払拭するかのように、
「──ダリウス教授!」
乱暴なノックと共に低い声が聞こえたと思ったら、勢いよくドアが開かれた。
「──っ!?」
ダリウスの返事も待たずに入って来たのは、
(もしかして、さっきぶつかったことに文句を言いに追いかけて来た?)
男があまりに険しい顔をして部屋に入って来たので、メラニーはそんな風に考え、ローブのフードを
「おや? クイン君じゃないか。どうした? そんなに
どうやら、男は叔父の知り合いだったようだ。
「ええ。仕事の方は終わったのですが、ここに来たのは別の用事で……」
「そうか。だが、すまない。今、少し立て込んでいてね」
そう言いながら、ダリウスがチラリとメラニーに目線を送るので、メラニーはクインにばれないようにさっと背中を向けた。
「すみません。来客中でしたか」
「ああ。すまないが、話はまた今度にしてくれ」
「わかりました」
意外にもクインはあっさりと身を引き、部屋を出て行こうとした。
ホッとするメラニーだったが、そのクインの足音が
「……教授。それは、何ですか?」
クインの口から
「こ、これは……その、ただの失敗作だよ。──って、クイン君っ!?」
クインが指さす薬品をダリウスは
「クイン君! 勝手に
ダリウスは厳しい声でクインを
「……この紫はケイトウモネ草の色か? それに……リリックバスの根の
キラキラと発光する
「えっ! すごい。見ただけでわかるんですか?」
メラニーは顔を隠すことも忘れて、思わず
「君は、さっきの!」
「…………」
「失礼。気を悪くしないでくれ。彼女はちょっとばかり人見知りなんだ」
自分の後ろに隠れた姪を
「……す、すみません。……あ、あの、論文を拾ってくれた人ですよね……。
メラニーはおずおずとダリウスの背中から顔を出し、クインの顔色を窺った。よく見れば、目つきこそ鋭いものの、
「……あの?」
「ちょうど君を
「え?」
メラニーが首を
「まだ、もう一枚あったぞ」
ひらひらと見せるそれはメラニーが落とした論文だった。
「あ! ありがとうございます」
論文に
しかし──。
ひょいと、論文を持ったクインの
「えっ?」
ただでさえ身長差があるのに、これではうんと手を伸ばしても届かない。
メラニーが驚いて目を丸くすると、クインはニヤリと口の
「
「え?」
「クイン君!?」
ポカンとするメラニーの代わりに、クインの要求に慌てたのはダリウスだった。ダリウスが顔色を変えたのを見て、クインは自分の考えに確信を得たように不敵に笑った。
「どうやら、この論文の内容は本物ですね。ちょうどこのなんとも興味深い論文を書いた人間を捜していたんですよ」
「……読んだのかね?」
「ええ。たった一ページでしたが、非常に驚きました。それで
ニコニコと意地悪な
「はぁ。読んでしまったのなら、仕方ない。メラニー。彼にも論文を読ませてもいいかね?」
「え? あ、はい……」
なんだかよくわからないが、メラニーは流されるように
どうやら、このクインと言う宮廷
「……あの、
ソファに
「ああ、彼はクイン君と言ってね。見ての通り宮廷魔術師だ。かつて私の教え子だった子だよ」
「まぁ、叔父様の」
「時折、仕事の関係でこちらに来るんだ」
「だから制服姿なのですね」
「彼は昔から非常に
「……ちょっと、お静かにしてもらえませんか?」
小さな声で話していたつもりだったが、クインの耳は二人の話し声を
「──っ! す、すみません!」
メラニーが謝ると、クインは
(やっぱり、
● ● ●
クインは
(一体、何から
その情報量に
(今まで見たことのないありえないレシピに、従来の手順をまるで無視した製法……。これは何だ?)
「……教授。これは何ですか?」
顔を上げたクインは答えを求めて、師であるダリウス教授に訊ねた。
クインの質問にダリウスは
「……信じられないかもしれないが、古代魔術の製法で作られたものだそうだ」
「古代魔術?」
クインの口から驚きの声が上がる。
「まさか! ……いや、待て。言われてみれば確かに、新しいようで道筋が
ぶつぶつと
古代魔術と言われて読み返せば、確かにそう思えるところがある。作り方もそうだが、その
例えば、リリックバス。この野草は、現在では
クインは目の前の薬品を眺め、
(──それにしても。これ
ざっと算出しただけでも
「……ダリウス教授。実際に効果を
「い、いや。まだだ」
「あ、あの……。一応は植物を使って効力を試してみましたけど」
目の前に座る少女がか細い声で口を
「……す、すみません」
別に
(このおどおどと
どう見ても彼女がこの回復薬を作った製作者とは思えなかった。クインが食い入るように少女を見つめていると、横でダリウスがコホンと
「植物だけの検証では不十分だ。生き物で試さないと本当の効力はわからない」
論文にも
「少し待っていてください」
そう言って、クインは一度席を立ち、部屋を出た。
数分後、クインは小型の魔物の入ったケージを持って、ダリウスの部屋に
「クイン君、それは?」
「
そう言って、クインはケージをテーブルの上に置く。
ケージの中に入っているのは、エキノスと呼ばれる魔物だった。ネズミに似た姿だが、トゲトゲとした針で全身を
そのエキノスは見るからに弱っており、よく見れば背中に大きな傷がある上に、針の一部が折れ曲がっていた。
「ちょうどいいな」と、クインは頷くと、大人しいエキノスをケージから取り出し、背中の傷を
そして、もう片方の手でメラニーの作った回復薬の
まずは
三人が
「小型の魔物とは言え、一滴で効果が出るのか……」
「わぁ、ちゃんと効いています。もう元気になったみたい」
薬品を作った本人が薬の効果が働いているのを見て、
少女の言う通り効力は見事なもので、さっきまで弱っていたエキノスの足がばたばたと動き出し、クインは
「効能は高性能の回復薬とそう変わらないな」
「そうですね」
確かにダリウスが
「ん? なんだか様子が……?」
ケージの中の魔物が小刻みに
最初はケージの中でじっとしていたエキノスだったが、そわそわと
「……こ、これは?」
しかし、暴れ回っていたエキノスは
「お、おい……これは……」
「……まさか、死んだのか?」
パタリと
クインは
「いえ、かろうじて生きているようです」
そう言って、クインは
二人ともすぐには声が出ず、部屋の中はシンと静まり返った。
しばらくして、ダリウスが
「……今のは
「いや、
「……一滴でこれか」
「……一滴でこれですね」
二人は再び顔を見合わせ、
「……とりあえず、こいつは経過観察するか。そして、……この回復薬は成分
「そうですね。厳重に管理した方が良さそうです」
ダリウスの提案にクインは
「ところで君は何を?」
どこからかペンとインクを取り出した少女は、テーブルの上に論文を広げ、何やら熱心に書きこんでいた。
「
「……そうか」
なんだかよくわからない子だ。一見、
クインは厳しい顔で考え事をしているダリウスの
「教授。彼女は何者なんです?」
「……私の
「──と言うことはスチュワート家の?」
「ああ。ここの生徒ではないんだが、訳あって研究室を
「……なるほど」
しかし、ダリウスの反応は身内に与える
「ここまで才能のある子とは、ついさっきまで私も知らなかったんだ。正直、私には持て余すよ。今後、どのように教育するか
「……」
確かに教授の言うことももっともだ。この回復薬一つとっても、彼女の異能っぷりがわかる。古代魔術の製法を復元させるなんて、
古代魔術の研究はその効力の高さから期待されていたが、同時に未知の部分も多く、危険視されていた。それは、一つ間違えば国の
(だが、この才能を野放しにするにはあまりにも
クインはしばしの間
「君、名前は?」
クインが訊ねると、少女は
「メラニー、です……」
「そうか。──メラニー」
「は、はい」
年の
(だが、実に興味深いな……)
彼女の才能もそうだが、このメラニーと言う少女についても
それは他人に興味を持つことなどそうそうないクインにとってめずらしい現象だった。
(──
クインは
「君、私の
● ● ●
「えっ!?」
突然、弟子にならないかと
あまりに
「く、クイン君!? 一体、何を言い出すんだ!?」
クインの申し出に驚いたのはメラニーだけではない。ダリウスもまた目を丸くしていた。
そんなダリウスに対し、クインは胸に手を当て、
「ダリウス教授。
「……そんな
「そうですね。ですが、彼女のような存在をみすみす
「それは、そうだが……。いや、やはり許可できない」
「なぜです?」
「それは……、メラニーを弟子にするには一つ問題があるからだ」
「問題?」
(あっ……)
ダリウスが何を言うのか察したメラニーは顔を
「実は、メラニーは魔力がほとんどない」
「なっ……」
(……やっぱり、そんな反応をするわよね)
思わず絶句するクインに対し、メラニーは体を縮こまらせ、「すみません」と小さく謝った。
「彼女はこの学校の生徒ではない。今は私の助手として
「……なんと」
ダリウスの
そんなクインの失望した顔を見て、メラニーは
今までメラニーが出会った人は
(きっとこの人も弟子に取りたいと言ったことを取り
メラニーは
しかし──。
「……では、私の
「え?」
メラニーが顔を上げると、クインは良いことを思いついたとばかりに顔を
「待ちたまえ、それはどういう意味だ?」
「確かに私は
「……本当に魔力をもたないメラニーを弟子に取るつもりか?」
「ええ」
揺るぎない目でクインは
そしてクインはメラニーに再び向き合うと、
「どうだ? 一度、私の屋敷に来てみないか?」
「えっ……。あ、あの、その、私……」
その申し出に
「──君が欲しいんだ」
両手を握られた状態で熱い
「く、く、クイン様?」
あまりの
「君の価値ある才能を
「え、あ、あの……私は……その……」
もはやメラニーの頭は混乱で機能することができない。
そんなメラニーを助けるかのように、ダリウスが横から口を
「クイン君」
「なんですか? 教授」
「とりあえず、その手を
ダリウスが
「……すまなかった」
「い、いえ……」
メラニーはドキドキしながら、首を
クインもクインでダリウスに水を差され、少し冷静になったようで、気まずそうに目を
そんななんとも言えないこそばゆい
「クイン君。メラニーを弟子にしたいなら、こちらからも条件がある」
「条件?」
「メラニーを自分の屋敷に呼ぶつもりなら、彼女を
「……はっ?」
「お、
ダリウスの出した条件に二人は同時に声を上げた。
弟子入りの話の次は
「いいかい。メラニーはまだ成人前だ。いくら弟子といえども、
確かにダリウスの言うことも一理あったが、それにしても話が飛び過ぎているようにも思えた。それはクインも同じようで、その条件に彼も狼狽していた。
「……いや、しかし、教授。それは……」
しかし、そんなクインに対し、ダリウスは厳しい目を向ける。
「それとも君はメラニーに良くない
「そ、それは……」
クインが
そしてしばらくして、クインは
「………わかりました。彼女を妻として
「く、クイン様!?」
「うむ。よく言った」
「ちょ、ちょっと、叔父様も!」
一人、ついていけないのは当事者のメラニーだけだ。
メラニーは顔を赤くしたり青くしたりと挙動
そんなメラニーにダリウスは安心させるように付け加えた。
「とは言え、メラニーの気持ちもあるからな。お
「はい」
クインは
「あ、あの!? 叔父様! クイン様も! そんなことを急に言われても私──」
おろおろと困り果てるメラニーの肩をポンと
「メラニー。こう見えてもクイン君は悪い
「そ、そう言われましても……。えええ!?」
宮廷魔術師の婚約者 書庫にこもっていたら、国一番の天才に見初められまして!? 春乃春海/角川ビーンズ文庫 @beans
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