第一章 メラニー・スチュワート③

 ダリウスがすっかり黙り込んでしまったので、メラニーは自分が何かしでかしてしまったのかと、ビクビクとかたすくませながら、考えをめぐらせていた。

(叔父様がこんなに険しい顔をするなんて、私、何かとんでもないことをしてしまったのかしら? やっぱり家から勝手に古文書を持ち出したのがまずかった? それとも勝手に学校の材料を使って調合してしまったこと? いくら叔父様が好きに使っていいよとおっしゃってもやっぱりえんりよするべきだったかしら?)

 実際メラニーが考えていることは思い違いにもほどがあったのだが、自分の能力に気づいていないメラニーにはなぜダリウスが難しい顔をしているのか、全く見当がつかないでいた。

 と、そんな重々しい空気を払拭するかのように、とつぜん、部屋のドアがたたかれた。

「──ダリウス教授!」

 乱暴なノックと共に低い声が聞こえたと思ったら、勢いよくドアが開かれた。

「──っ!?」

 ダリウスの返事も待たずに入って来たのは、おどろくことにさっきろうでぶつかったきゆうてい魔術師の男だった。白いローブの制服姿で長いくろかみの男を見間違えるはずもない。

(もしかして、さっきぶつかったことに文句を言いに追いかけて来た?)

 男があまりに険しい顔をして部屋に入って来たので、メラニーはそんな風に考え、ローブのフードをかぶり直すと、フードのすきから男の様子をうかがった。

「おや? クイン君じゃないか。どうした? そんなにあわてて。仕事かね?」

 どうやら、男は叔父の知り合いだったようだ。

「ええ。仕事の方は終わったのですが、ここに来たのは別の用事で……」

「そうか。だが、すまない。今、少し立て込んでいてね」

 そう言いながら、ダリウスがチラリとメラニーに目線を送るので、メラニーはクインにばれないようにさっと背中を向けた。

「すみません。来客中でしたか」

「ああ。すまないが、話はまた今度にしてくれ」

「わかりました」

 意外にもクインはあっさりと身を引き、部屋を出て行こうとした。

 ホッとするメラニーだったが、そのクインの足音がちゆうで止まる。

「……教授。それは、何ですか?」

 クインの口からこわった低い声が発せられた。

「こ、これは……その、ただの失敗作だよ。──って、クイン君っ!?」

 クインが指さす薬品をダリウスはとつかくそうとするも、その前にテーブルにやってきたクインが、さっとそのくすりびんを手に取ってしまった。

「クイン君! 勝手にさわるんじゃない!」

 ダリウスは厳しい声でクインを𠮟しかったが、その声を無視して、クインは薬瓶の中に入ったむらさきいろの液体を食い入るようにして見つめた。

「……この紫はケイトウモネ草の色か? それに……リリックバスの根のちゆうしゆつ液か? 光って見えるのはメビュリアの花粉、いや、違うな。ハイナスビカのりんぷんか」

 キラキラと発光するみような液体を様々な角度から観察しながら、クインは中に入っている成分を当てていく。

「えっ! すごい。見ただけでわかるんですか?」

 メラニーは顔を隠すことも忘れて、思わずかんたんの声を口にしていた。

「君は、さっきの!」

 するどい目つきににらまれ、メラニーは「ひゃっ!」と声を上げて、ダリウスの後ろへと隠れる。

「…………」

「失礼。気を悪くしないでくれ。彼女はちょっとばかり人見知りなんだ」

 自分の後ろに隠れた姪をかばうようにダリウスが困った顔でフォローを入れた。

「……す、すみません。……あ、あの、論文を拾ってくれた人ですよね……。さきほどはありがとうございました」

 メラニーはおずおずとダリウスの背中から顔を出し、クインの顔色を窺った。よく見れば、目つきこそ鋭いものの、おこっているような気配はなく、むしろ興味深そうな顔でこちらを見ていた。

「……あの?」

「ちょうど君をさがしていたんだ」

「え?」

 メラニーが首をかしげると、クインはローブの内側から一枚の羊皮紙を取り出した。

「まだ、もう一枚あったぞ」

 ひらひらと見せるそれはメラニーが落とした論文だった。

「あ! ありがとうございます」

 論文にられるようにダリウスの後ろから姿を現したメラニーは、手をばしてその紙を受け取ろうとした。

 しかし──。

 ひょいと、論文を持ったクインのうでが高く上がった。

「えっ?」

 ただでさえ身長差があるのに、これではうんと手を伸ばしても届かない。

 メラニーが驚いて目を丸くすると、クインはニヤリと口のはしを上げて言った。

こうかん条件だ。そっちの束を見せてもらおう」

「え?」

「クイン君!?」

 ポカンとするメラニーの代わりに、クインの要求に慌てたのはダリウスだった。ダリウスが顔色を変えたのを見て、クインは自分の考えに確信を得たように不敵に笑った。

「どうやら、この論文の内容は本物ですね。ちょうどこのなんとも興味深い論文を書いた人間を捜していたんですよ」

「……読んだのかね?」

「ええ。たった一ページでしたが、非常に驚きました。それでこの内容の続きを読みたいと思いまして」

 ニコニコと意地悪なみをかべ目を光らせるクインに対し、ダリウスはあきらめたようにためいきく。

「はぁ。読んでしまったのなら、仕方ない。メラニー。彼にも論文を読ませてもいいかね?」

「え? あ、はい……」

 なんだかよくわからないが、メラニーは流されるようにうなずいた。

 どうやら、このクインと言う宮廷じゆつはメラニーの書いた論文を見て、わざわざ捜しにきたようだ。

「……あの、叔父おじ様? あの方はどなたなのですか?」

 ソファにこしけ、本格的に論文を読み始めたクインをながめながら、メラニーはとなりに座るダリウスにこっそりとたずねた。

「ああ、彼はクイン君と言ってね。見ての通り宮廷魔術師だ。かつて私の教え子だった子だよ」

「まぁ、叔父様の」

「時折、仕事の関係でこちらに来るんだ」

「だから制服姿なのですね」

「彼は昔から非常にゆうしゆうな生徒でね。学生のころはこんな小さかったのに、今では可愛かわいげがなくなって……」

「……ちょっと、お静かにしてもらえませんか?」

 小さな声で話していたつもりだったが、クインの耳は二人の話し声をとらえていたようで、ギロリと鋭い視線が向けられた。

「──っ! す、すみません!」

 メラニーが謝ると、クインはました顔で再び論文に目を通していく。

(やっぱり、こわい人なのかしら? でも、叔父様が優秀と言うくらいだから相当手練てだれの魔術師なのよね。さっきの魔法もすごかったし、そんな宮廷魔術師の方に研究内容を見てもらえるなんて、ちょっときんちようしちゃうかも)


    ● ● ●


 クインはしんけんな表情でその論文の最後のページを読み終えると、長い息を吐いた。どうやら、そのきよう的な内容に知らず知らずのうちに息をすることを忘れていたようだ。

(一体、何からっ込めばいいのか)

 その情報量に眩暈めまいを覚え、クインは額を押さえてうつむいた。

(今まで見たことのないありえないレシピに、従来の手順をまるで無視した製法……。これは何だ?)

 きゆうてい魔術師としてそれなりにかつやくしているクインでさえも初めて見る製法は、複雑かつざんしんで、こんな方法があるのかとおどろき、そしてどうしてこんな結果になるのかとまどった。とつな発想力と応用力は、一度に理解するにはあまりにも複雑な内容だった。

「……教授。これは何ですか?」

 顔を上げたクインは答えを求めて、師であるダリウス教授に訊ねた。

 クインの質問にダリウスはしぶい表情を浮かべ、うなるように言った。

「……信じられないかもしれないが、古代魔術の製法で作られたものだそうだ」

「古代魔術?」

 クインの口から驚きの声が上がる。

「まさか! ……いや、待て。言われてみれば確かに、新しいようで道筋がすでに確立されている術法。論文に書かれた元の素材も昔に存在していた物ばかりか……。だから、こんな法外な値段の材料を代用して?」

 ぶつぶつとつぶやきながら、クインはもう一度論文に目を通し直す。

 古代魔術と言われて読み返せば、確かにそう思えるところがある。作り方もそうだが、そのけんちよなものは薬品に使われている材料だろう。

 例えば、リリックバス。この野草は、現在ではぜつめつ寸前となっており、野生では生息しておらず、この学校や一部の研究せつでかろうじてさいばいされている花だ。しよう価値が高く、その値段はほうもなく高い。そんなものがしげもなく使われるレシピなど現在では考えられないだろう。それに、リリックバス以外にも高価な材料がぜいたくに入っていることから見ても、古代魔術のレシピだとなつとくができる。

 クインは目の前の薬品を眺め、まゆひそめて考えた。

(──それにしても。これひとびんでいくらするんだ?)

 ざっと算出しただけでもとりはだもので、この薬品を使うことをためらうような値段だったが、それよりも魔術師としてのこうしんの方がまさった。

「……ダリウス教授。実際に効果をためしてみましたか?」

「い、いや。まだだ」

 おそれ多いと言うようにダリウスが首を横にった。

「あ、あの……。一応は植物を使って効力を試してみましたけど」

 目の前に座る少女がか細い声で口をはさみ、クインは彼女に目を向けた。

「……す、すみません」

 別ににらんだわけではないが、少女はフードの中に顔をかくしてしまう。

(このおどおどとおびえた少女が本当にこれを?)

 どう見ても彼女がこの回復薬を作った製作者とは思えなかった。クインが食い入るように少女を見つめていると、横でダリウスがコホンとせきばらいをする。彼女に対して厳しい目を向けていたことに気づき、クインは首をゆるく振ると小さくたんそくした。

「植物だけの検証では不十分だ。生き物で試さないと本当の効力はわからない」

 論文にもさいされていたが、少女が試したのは植物に傷をつけ、そこに薬品を使って回復するか検証したものだった。それによると、確かに効力があることをかくにんしたようだが、植物と動物ではそもそも構造がちがう。だからと言って、さすがに自分で試すにはあやしすぎる液体だった。

「少し待っていてください」

 そう言って、クインは一度席を立ち、部屋を出た。

 数分後、クインは小型の魔物の入ったケージを持って、ダリウスの部屋にもどって来た。

「クイン君、それは?」

ほかの部屋から弱っているところを保護した魔物を分けてもらいました」

 そう言って、クインはケージをテーブルの上に置く。

 ケージの中に入っているのは、エキノスと呼ばれる魔物だった。ネズミに似た姿だが、トゲトゲとした針で全身をおおわれ、丸っこい可愛いフォルムからペットとしても親しまれている魔物である。

 そのエキノスは見るからに弱っており、よく見れば背中に大きな傷がある上に、針の一部が折れ曲がっていた。

「ちょうどいいな」と、クインは頷くと、大人しいエキノスをケージから取り出し、背中の傷をさらすように固定して持った。

 そして、もう片方の手でメラニーの作った回復薬のふたを開け、魔物の背中の傷に向けてしんちように瓶をかたむけた。

 まずはいつてき。エキノスの傷にむらさきの液体が垂れた。

 三人がかたんで魔物を見つめると、見る見るうちにエキノスの背中の傷口がふさがっていき、折れ曲がった針も元通りに再生し始めた。

「小型の魔物とは言え、一滴で効果が出るのか……」

「わぁ、ちゃんと効いています。もう元気になったみたい」

 薬品を作った本人が薬の効果が働いているのを見て、うれしそうに声をはずませた。

 少女の言う通り効力は見事なもので、さっきまで弱っていたエキノスの足がばたばたと動き出し、クインはあわててケージへと戻した。

「効能は高性能の回復薬とそう変わらないな」

「そうですね」

 確かにダリウスがてきするように、効果の程度はちょっと高級な回復薬とそう大差ない。しかし、魔物にかけたのはたったの一滴だったので、その性能の高さはさすが古代魔術のレシピと言えよう。

「ん? なんだか様子が……?」

 ケージの中の魔物が小刻みにふるえ出すのを見て、クインは眉を顰めた。

 最初はケージの中でじっとしていたエキノスだったが、そわそわとせまいケージ内をけ回り始めた。そして、じよじよにその速度は増していき、ケージをこわす勢いで暴れ回っていく。

「……こ、これは?」

 とつぜんきようぼう化した魔物の姿にクインとダリウスは息を吞んだ。

 しかし、暴れ回っていたエキノスはとつじよとして動きを止め、不自然な体勢でけいれんし始める。そして……。

「お、おい……これは……」

「……まさか、死んだのか?」

 パタリとたおれたエキノスはピクリとも動かなくなった。

 クインはおそる恐るケージに手を突っ込んで、その脈を確認した。

「いえ、かろうじて生きているようです」

 そう言って、クインはぜんとするダリウスと顔を見合わせた。

 二人ともすぐには声が出ず、部屋の中はシンと静まり返った。

 しばらくして、ダリウスがくちひげでながらようやく口を開く。

「……今のはきよぜつ反応か?」

「いや、じよう反応でしょう。効力が大き過ぎて、この小さな体じゃえきれなかったのかと」

「……一滴でこれか」

「……一滴でこれですね」

 二人は再び顔を見合わせ、うなった。

「……とりあえず、こいつは経過観察するか。そして、……この回復薬は成分かいせきに回そう」

「そうですね。厳重に管理した方が良さそうです」

 ダリウスの提案にクインはいつさい反対なく賛同する。そして、この恐ろしい効果を持った薬品を製作した少女へと目を向けた。

「ところで君は何を?」

 どこからかペンとインクを取り出した少女は、テーブルの上に論文を広げ、何やら熱心に書きこんでいた。

せつかくなので、今の反応を論文に書き加えようかと」

「……そうか」

 なんだかよくわからない子だ。一見、じゆんぼくそうな少女だが、どこかけているように見える。これだけのしろものを作っておきながら、事の大きさをまるで理解していないようだ。

 クインは厳しい顔で考え事をしているダリウスのうでを引っ張ると、少女に聞こえないように少しきよを取り、ひそひそとたずねた。

「教授。彼女は何者なんです?」

「……私のめいだ」

「──と言うことはスチュワート家の?」

「ああ。ここの生徒ではないんだが、訳あって研究室をあたえていてね」

「……なるほど」

 ゆうしゆうじゆつはいしゆつしてきたあのスチュワート家の人間であれば、古代魔術のレシピを復元させたというのもなつとくができる。

 しかし、ダリウスの反応は身内に与えるしようさんとは少しちがったようだ。

「ここまで才能のある子とは、ついさっきまで私も知らなかったんだ。正直、私には持て余すよ。今後、どのように教育するかなやましいな」

「……」

 確かに教授の言うことももっともだ。この回復薬一つとっても、彼女の異能っぷりがわかる。古代魔術の製法を復元させるなんて、きゆうてい魔術師のクインでも聞いたことがなかった。

 古代魔術の研究はその効力の高さから期待されていたが、同時に未知の部分も多く、危険視されていた。それは、一つ間違えば国のきようにもなりかねないことをしている。

(だが、この才能を野放しにするにはあまりにもしい)

 クインはしばしの間ちんもくすると、改めて少女に向き直った。ちょうどそのタイミングで彼女も文章を書き終えたようでペンを置いて顔を上げる。

「君、名前は?」

 クインが訊ねると、少女はまどったように身を縮ませながら、小さな声で答えた。

「メラニー、です……」

「そうか。──メラニー」

「は、はい」

 おびえた緑色のひとみがクインを見上げた。

 年のころは成人前に見える少女で、まだあどけない顔をしている。大きな瞳をそわそわとらし、落ち着かない様子でビクついていた。そのおどおどとした姿は才能ある魔術師にも、名家のれいじようにも見えない。

(だが、実に興味深いな……)

 彼女の才能もそうだが、このメラニーと言う少女についてもみように気になった。

 それは他人に興味を持つことなどそうそうないクインにとってめずらしい現象だった。

(──おもしろい)

 クインはおのれの中に芽生えた気持ちにおどろきを感じながら、少女に対して一つの提案を投げかけた。

「君、私のにならないか?」


    ● ● ●


「えっ!?」

 突然、弟子にならないかとさそわれて、メラニーはその場に固まった。

 あまりにとつぴようもないことに、何かの間違いなのではないかと思った。

「く、クイン君!? 一体、何を言い出すんだ!?」

 クインの申し出に驚いたのはメラニーだけではない。ダリウスもまた目を丸くしていた。

 そんなダリウスに対し、クインは胸に手を当て、おお真面目まじめな顔で言った。

「ダリウス教授。、お嬢さんを私にください」

「……そんなよめりをお願いするように言われても。正気かね? だいたい、君。弟子は取らない主義だったのでは?」

「そうですね。ですが、彼女のような存在をみすみすのがすような真似まねはしませんよ。それに彼女の才能はここでは持て余すのでは?」

「それは、そうだが……。いや、やはり許可できない」

「なぜです?」

「それは……、メラニーを弟子にするには一つ問題があるからだ」

「問題?」

(あっ……)

 ダリウスが何を言うのか察したメラニーは顔をくもらせた。

「実は、メラニーは魔力がほとんどない」

「なっ……」

(……やっぱり、そんな反応をするわよね)

 思わず絶句するクインに対し、メラニーは体を縮こまらせ、「すみません」と小さく謝った。

「彼女はこの学校の生徒ではない。今は私の助手としてざいせきしているが、本来であればここにいられる子ではないんだ。魔術のは知っていても、できるのは精々、調合程度。君が得意とするこうげき魔法などの発動型魔法は論外だ。弟子にすると言っても、君は一年の半分以上は国内外の魔物とうばつに出かけているじゃないか。そんな危険な場所にメラニーを連れていけないぞ」

「……なんと」

 ダリウスのてきにクインは相当なショックを受けたようでだまり込んだ。

 そんなクインの失望した顔を見て、メラニーはかたを落とす。

 今までメラニーが出会った人はみな、メラニーに魔力がないと聞かされて同じような反応をしていた。驚き、同情、失望……。口にしなくても反応を見ただけで、スチュワート家のむすめなのに価値のない人間だとらくいんを押されているように感じてしまい、メラニーはそのたびに傷ついてきた。

(きっとこの人も弟子に取りたいと言ったことを取りめるわ)

 メラニーはうつむきながら、小さく息をいた。

 しかし──。

「……では、私のしきで研究をしてもらうのはどうでしょうか?」

「え?」

 メラニーが顔を上げると、クインは良いことを思いついたとばかりに顔をかがやかせていた。

「待ちたまえ、それはどういう意味だ?」

「確かに私はえんせいに出かけることが多く、留守がちになってしまいますが、私の屋敷は城から近いので、仕事が終わればすぐに指導にあたれますし、設備も材料もほかの魔術師の家よりじゆうじつしていますので、有意義に調合に打ち込めるはずです」

「……本当に魔力をもたないメラニーを弟子に取るつもりか?」

「ええ」

 揺るぎない目でクインはうなずいた。

 そしてクインはメラニーに再び向き合うと、しんけんおもちでメラニーを誘った。

「どうだ? 一度、私の屋敷に来てみないか?」

「えっ……。あ、あの、その、私……」

 その申し出にろうばいするメラニーに対し、クインは手をばすと、メラニーの両手を取って、しっかりとにぎった。

「──君が欲しいんだ」

 両手を握られた状態で熱いまなしを向けられ、そんなことを言われたものだから、たちまちメラニーの顔は赤くなった。

「く、く、クイン様?」

 あまりのしようげきに頭の中が真っ白になるメラニーに対し、クインは両手を握る手に力を込め、さらねつれつにプッシュする。

「君の価値ある才能をにはしないことを約束しよう。是非、私のもとへ来てくれ」

「え、あ、あの……私は……その……」

 もはやメラニーの頭は混乱で機能することができない。

 そんなメラニーを助けるかのように、ダリウスが横から口をはさんだ。

「クイン君」

「なんですか? 教授」

「とりあえず、その手をはなしたまえ。メラニーが困っている」

 ダリウスがにらむと、クインはメラニーの両手をがっちりと握っていたことに気づき、あわてた様子で手を離した。

「……すまなかった」

「い、いえ……」

 メラニーはドキドキしながら、首をった。まだ両手にクインの温かい大きな手のかんしよくが残っていて、なんだかそわそわする。

 クインもクインでダリウスに水を差され、少し冷静になったようで、気まずそうに目をらしていた。

 そんななんとも言えないこそばゆいふんかもし出す二人をながめ、ダリウスは「ふむ」と頷いた。

「クイン君。メラニーを弟子にしたいなら、こちらからも条件がある」

「条件?」

「メラニーを自分の屋敷に呼ぶつもりなら、彼女をめとりなさい」

「……はっ?」

「お、叔父おじ様っ!?」

 ダリウスの出した条件に二人は同時に声を上げた。

 弟子入りの話の次はけつこんの話になって、メラニーは顔色を真っ青にさせる。

「いいかい。メラニーはまだ成人前だ。いくら弟子といえども、としごろの男女がいつしよの屋敷で暮らすなど言語道断。メラニーを屋敷に連れて行きたいなら、それなりのていさいを整えてもらわないと困る」

 確かにダリウスの言うことも一理あったが、それにしても話が飛び過ぎているようにも思えた。それはクインも同じようで、その条件に彼も狼狽していた。

「……いや、しかし、教授。それは……」

 しかし、そんなクインに対し、ダリウスは厳しい目を向ける。

「それとも君はメラニーに良くないうわさを立てるつもりかね?」

「そ、それは……」

 クインがまどった様子でメラニーに視線を送ってくるが、そんな風に見つめられてもこっちも困る。メラニーはどうしていいかわからずに、おろおろと目を泳がせた。

 そしてしばらくして、クインはかくを決めたように顔を上げて宣言する。

「………わかりました。彼女を妻としてむかえ入れましょう」

「く、クイン様!?」

「うむ。よく言った」

「ちょ、ちょっと、叔父様も!」

 一人、ついていけないのは当事者のメラニーだけだ。

 メラニーは顔を赤くしたり青くしたりと挙動しんな動きでクインとダリウスをこうに見上げた。

 そんなメラニーにダリウスは安心させるように付け加えた。

「とは言え、メラニーの気持ちもあるからな。おたがいを知ることから始めなさい。とりあえずはいきなり結婚ではなく、まずは婚約という形にしよう。婚約さえ結んでおけば、一緒に暮らしても周りも変な噂を立てないだろう」

「はい」

 クインはしんみような顔で頷くが、メラニーはすぐにはしようだくできない。

「あ、あの!? 叔父様! クイン様も! そんなことを急に言われても私──」

 おろおろと困り果てるメラニーの肩をポンとたたいてダリウスは言った。

「メラニー。こう見えてもクイン君は悪いやつではない。それは師であるこの私が保証しよう。それに、もしクイン君が気に入らなかったら、いつでももどって来ていいからね」

「そ、そう言われましても……。えええ!?」

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宮廷魔術師の婚約者  書庫にこもっていたら、国一番の天才に見初められまして!? 春乃春海/角川ビーンズ文庫 @beans

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