第一章 メラニー・スチュワート②

 それから数日後。魔法学校にある研究とうの一室で、ゆかいつくばった姿勢でメラニーはいつしようけんめいに書き物をしていた。それはこうしやく家のれいじようとは思えない姿だったが、幸いここにはメラニーと使い魔のメルルだけで、𠮟しかる人間はいなかった。

「……できた!」

 最後のページを書き終えると、インクが付いた手でよごれないよう、書き上げた羊皮紙をしんちように指先でつまみ、ゆっくりと目線の高さに持ち上げる。びっちりと紙のすみから隅まで書かれた力作に思わずみがこぼれた。

 床にはそうやって書いた羊皮紙が広がっていて、足のみ場もない状態となっていた。机が調合道具と材料で散らかっていたために、床の上で研究論文を書いていたが、さすがに長時間変な体勢でいたので、こしが痛い。

「ふぅ。すっかりてつしちゃったわ」

 本当はちゆうで切り上げて、校舎のとなりにあるりように帰るつもりだったが、ついつい夜通しで書き上げてしまった。

 立ち上がって、ぐーとびをすると、机の上に置かれた昨日完成したばかりのくすりびんが目に入った。それはこの魔法学校に来て、初めて自分の力だけで作った回復薬であった。

 机の上には開かれたままの書物や調合で使ったガラス器具、にゆうばちといった道具がところせましと並び、いかに調合にあくせんとうしていたかがわかる。

 ここは魔法学校の校内にある研究棟のメラニーにあたえられた部屋で、机の上の調合道具の他にも特大のれんせいがまや薬品だなといった設備がそろっていた。さらには部屋の隅にきゆうけい用のながが備わっており、その上にメラニーが持ち込んだとんやクッションが積まれていて、実質ベッドと化していた。その長椅子の下には使い魔であるメルルの居住スペースもあり、気持ちよさそうにメルルが眠っている。

 叔父であるダリウス教授にさそわれ、魔法学校にやってきたメラニーだったが、まだ大して日数もっていないのに、与えられた研究室はすっかりメラニーの巣となっていた。

 元々、魔法学校にはダリウスの助手として呼ばれたはずだったのだが、その仕事は簡単なもので最初の数日で仕事のほとんどが終わってしまい、メラニーがひまを持て余していると、ダリウスが学校の研究棟の一室を好意で貸してくれたのだ。しかも、学校の設備は自由に使っていいとまで言ってくれた。

 そんな叔父の計らいに感謝し、メラニーは好意に甘えてあこがれの魔法学校での生活をまんきつしようと考えた。

 とは言うものの、魔力のないメラニーにとって魔法学校での過ごし方は限られていた。当然、実技系の授業には参加できないし、大勢の生徒に交じって座学を受けるのも人見知りのメラニーにとって苦痛に等しい。そもそも正式な生徒でないのに、勝手に授業に参加するのはいかがなものか。その辺りはダリウスも特に何も言わなかったが、生徒に交じって何かするのはえんりよすることにした。

 そうなると、できることは与えられた研究室で自分の研究を行うくらいのものだ。

 そこで、ダリウスから魔術に使われる薬品作りや魔法道具の作製などの簡単な調合の基礎を教わると、研究室にて一人で調合をするようになった。

 ある程度の物が作れるようになると、今度は以前から作ってみたいと思っていた古文書にさいされた回復薬の調合に乗り出した。

 幸いなことに研究に使う材料や調合道具などは、国中の魔術師の卵が集まる学校なだけあってじゆうじつしており、研究に打ち込むにはらしいかんきようだった。

 しかし、さすがはいにしえすたれた魔術。今まで本を読むこと以外魔術にれてこなかったメラニーにはいつちよういつせきに作れるものではなく、何度も試行さくを重ねながら、与えられた研究室にこもりっきりになることになった。

 そして昨日、ついに完成したのだ。

 薬瓶の中でむらさきいろに発光する液体を眺め、改めてじゆつらしいことができたと喜んだメラニーは、せつかくなのでその作り方を論文として文章にしたためていたのである。

 調合から研究論文のしつぴつとかなり長い時間集中していたが、一仕事終えた達成感からかねむはどこかに行ってしまっていた。

「そうだわ。叔父様に見せに行きましょう。私が自分一人の力で作ったって言ったら、どんな反応してくれるかしら」

 メラニーはけておいたローブを手に取ると、服の上からまとい、フードをかぶった。

 灰色のふちに銀のしゆうが入った魔術師のローブは魔法学校の制服だ。助手になるときにダリウスから借りたものだが、これを着ていると本当に学校の生徒になったようでうれしい気分になる。

「じゃあ、メルル。行ってくるわね。お留守番よろしくね」

 眠ったままのメルルに声をかけ、薬品の入った瓶をかばんに入れると、論文を脇にかかえてウキウキと部屋から出た。



「……日差しがまぶしい」

 数日ぶりに浴びる太陽の光に目を細め、メラニーはヨロヨロと校内を進んだ。

 魔法学校はその名の通り、魔力を持った生徒たちが魔法を学ぶための国の重要な教育機関である。

 校舎は自然豊かな森の中にあり、その森にはかくてき弱い魔物も生息していた。この森で調合に使う材料の採取方法を学んだり、魔法を使って魔物退治のじつせんをしたりと、森自体が魔術を使うための教材となっているのだ。

 生徒の多くは貴族の令息令嬢であるが、魔力を持った平民も数は少ないながらざいせきしている。特にねんれい制限を設けているわけではないが、たいがいの貴族は社交界に出る前に的な魔力のあつかいを学ぶため、生徒のほとんどは十代前半から半ばくらいだった。

 基本的に必要単位を取ればいいので早ければ二、三年で卒業できるが、この国は魔術が使える者は何かと重宝されるため、将来をえて本格的に魔術を学ぶ生徒は多い。特に下級貴族ほどそのけいこうが強く、花形職種であるきゆうてい魔術師を目指すために何年も在籍する生徒もいる。

 そのため、この学校には数多くの生徒がおり、いつもならどこにいてもにぎわいを見せる校舎なのだが、幸運なことに、ちょうど午前の授業が始まる時間のようで、建物内を移動する生徒の姿はまばらだった。

 大勢の人間が集まった場所が苦手なメラニーにとってちょうど良かった。そうでなければ、早々にあきらめて自室にもどっていたかもしれない。

 そう考えた直後、ろうの前方から数人の生徒たちがこちらに向かって歩いてきた。

「──っ!」

 とつぜんの人の姿にメラニーは顔をかくすようにフードをぶかに下げ、廊下のかべに引っ付くように寄った。

 建物の中にもかかわらずローブのフードを被り、壁に引っ付いた少女を見て、生徒たちはかいなものを見るような目でけていく。

「……行ったかしら?」

 生徒たちが通り過ぎるのをかくにんして、顔を上げたメラニーは小さくたんそくした。

「……うう。こわいよ」

 なんだか引き籠って研究していたせいで、自分の人見知りはますます激しくなっているようだ。

「早く、叔父おじ様のところへ行こう」

 メラニーは論文を抱え直すと歩みを速めた。しかし、フードを目深に被っているものだから、視界はせばまったままだ。

 よって、廊下の曲がり角からやってきた人物とぶつかってしまうのは避けられないことだった。

「きゃっ!」

 メラニーは突然現れた大きなかげにぶつかり、ぐらりとよろけた。

 運の悪いことに着ていたローブのすそんでしまい、ずるりとゆかすべる。そのひように手からはなれた論文が宙へとった。

 後ろにたおれる、と目をつぶったしゆんかん、横から長いうでび、メラニーの腰を受け止めた。

「──えっ?」

 おそる恐る開けたメラニーの目に飛び込んできたのは、切れ長の紫色のひとみだった。

 目鼻立ちの整ったたんせいな顔が近づき、メラニーはその深い紫の瞳に目をうばわれた。

 男の長いくろかみが、さらりと前に垂れる。

だいじようか?」

 髪の長い男は低い声でメラニーにたずねた。

「……あ、ありがとうございます」

 メラニーは男に支えられながら真っぐ立つと、礼を言った。

 その男はとても背が高く、がらなメラニーは自然と顔を上げる形になる。

 長いストレートの黒髪の男は美丈夫で、りんとした空気をまとっていた。年は二十代半ばくらいだろうか。魔法学校ではあまり見かけない年齢の生徒だと思ったが、よく見れば彼が身に纏っている服は魔法学校の灰色のローブではなかった。

 白を基調とした上下の服に、縁に金色の刺繍の入った白いローブを羽織った姿は、世間知らずのメラニーですら知っている宮廷魔術師の制服だ。

(宮廷魔術師がどうしてこんなところに?)

 しばらくぼうぜんと目の前の男を観察していたメラニーだったが、男の目がいぶかしそうに細まったことに気づき、あわてて目をらした。

「…………す、すみませんっ!」

 と、床に目をやって気づく。

 転びかけた拍子に落とした論文が廊下一面に散乱しているではないか。

「きゃあ! 論文が!」

 メラニーは悲鳴を上げてしゃがみ込み、急いで論文をかき集めた。

「すみません、すみませんっ!」

「……」

 論文は男の進行方向をふさいでおり、メラニーは謝りながら、床に散らばった羊皮紙を拾っていく。

「あああ、風が……」

 窓から入って来た風が論文を飛ばそうとするのを急いでつかまえ、ハッと顔を上げた。

(もしかして!?)

 窓が全開になっていることに気づくと、メラニーは慌てて窓辺へけ寄った。

「あ、あんなところにまで……」

 窓から顔を出して下をのぞくと、数枚が外に落ちてしまっていた。さらに追い打ちをかけるかのように外は風がいており、メラニーの論文がひらひらとっている。

「ど、どうしましょう……。取りに行かなきゃ」

「待て」

「えっ?」

 急いできびすを返そうとするメラニーに後ろから低い声がかかった。呼び止めたのは今しがたぶつかった宮廷魔術師だ。

 男は外へと顔を向けると、左手を上げ、窓の外に向かって長い指を伸ばす。男がその指をパチンっと鳴らすと、男の目線の先──窓の外に複数のつむじ風が発生した。

「え?」

 おどろくことにそのつむじ風はメラニーが落とした羊皮紙を巻き上げていく。外に散らばった羊皮紙が一枚、また一枚と、風に乗って男の手元へ集まってくる様子に目を見張った。

(今、じゆもんを唱えてなかったよね)

 ふうを起こすほうは初歩的な魔法だが、今の魔法はそれとは少しちがう。見た限り、彼は風を複数同時に発生させ、それぞれの風を自由自在にあやつっていた。

(複数の風を一度にコントロールするなんて、初めて見たわ)

 こんな精密な技法は熟練の魔術師でもそうそうできるものではない。しかも、彼はえいしようともなわず、指先一つでそれをやってのけていた。

(宮廷魔術師の使う魔法って、こんなにもすごいものなの?)

 すっかり感心している間に、男は外に飛んでいた羊皮紙を集め終わっていた。

「ほら」

 集まった羊皮紙の束を差し出され、メラニーはハッと意識を取り戻し、慌てて論文を受け取った。

「あ、ありがとうございます。それと……さ、さっきはぶつかってすみませんでした。前をよく見ていなくて……。あ、あの、拾ってくださいまして、本当に、あ、ありがとうございました」

 お礼を言い、チラリと顔を上げると男のするどい眼光と目が合った。

(ひぃっ!)

 慌てて顔を隠そうとして、ローブのフードを引き下げようとしたが、いつの間にかフードがげていた。慌ててフードをかぶり直し、男に向かってもう一度謝る。

「──本当にごめいわくをおかけしました!」

 メラニーは論文の束を腕にしっかりとき、その場からげるように立ち去った。


    ● ● ●


「おいっ!」

 男は逃げるように立ち去る少女を呼び止めたのだが、彼女はその声に気づかなかったようでそのまま行ってしまった。

「──チッ」

 メラニーに逃げられた男は、再び窓の外に目を向けると、木に引っかかったままの羊皮紙をながめた。まだ一枚残っていると言いたかったのに、逃げられてしまった。

 やはり自分の目つきが怖いせいか、と男は考える。

 友人からもお前はだまっているとおこっているように見えると言われたことがあるが、こればかりは生まれつきのものだから仕方ない。別に怒っていたわけではないが、さきほどの少女には誤解をあたえてしまったようだった。

 男は気を取り直して、窓の外へ視線をもどす。

 どうやら、さっきの風魔法のりよくでは上手うまく風に乗らなかったらしい。

 もう一度指を鳴らすと、今度は先程より強い風が吹き、木に引っかかっていた羊皮紙もちゃんと男の手に戻ってきた。

「論文だと言っていたな。……やれやれ。どこの生徒だ?」

 名前が書かれていないかと思って、手元の論文に視線をわせた。

「………………はっ?」

 数行文章を流し読みした男の口から思わず声がれた。

 チラリと見るつもりだったのに、男は目を見開いて何度もその論文を読み直した。

「なんだこれは……」

 男の名前は、クイン・ブランシェット。

 歴代最年少できゆうてい魔術師となり、現在二十代半ばという若さながら、宮廷魔術師のトップに君臨している天才魔術師である。

 そんな魔術のことならだれよりもすぐれている男が、一枚の論文を見て、ぎもかれたのだから余程のことである。

 一見、あまりにこうとうけいな研究内容で、もしつうの魔術師が見たら悪戯いたずらで書いた物だと見なしたかもしれない。だが、クインはこの国一番の魔術師であり、彼の直感がこれは悪戯で書かれたものではないと告げていた。

(──一体、誰がこんな研究を?)

 普通に考えれば、先程の少女が書いたものと考えられる。

 しかし失礼だが、あんなきやしやで大人しそうな少女がこんなすごい論文を書いたとはとうてい思えなかった。だが、この論文の手がかりとなるのはあの少女だけだ。

(──とにかく、さっきの少女をさがそう)

 そう考えたクインはおおまたで校舎を移動した。


    ● ● ●


 教授の部屋が並ぶ教育とうの一室。

 メラニーの叔父おじであるダリウスもまためいの作った薬品と論文を前に、クインと同じような反応を見せていた。

 ダリウス・スチュワートは多くの著名な魔術師をはいしゆつしている名門スチュワート家に生まれ育ち、幼いころからトップクラスの実力を備え、この魔法学校の中でもかなりの権威をもった教授であった。とくを姉にゆずり、教職についてから早数十年、今まで多くの才能ある学生を育ててきたという自負がある。

 そんな彼が今、姪が作ってきた薬品を前にうなっていた。

 テーブルの上にあるのは、ドロリとしたむらさきいろの液体が入ったくすりびんである。

 メラニーの説明によると回復薬らしいが、普通回復薬といえば薬草の色がついたあわい緑色のサラサラとした液体がいつぱん的である。しかしながら、彼女の作った薬品は見たことのないい紫色のドロドロとした液体で、どういうわけかキラキラと発光していた。

 ひかえめに見ても劇薬にしか見えず、とてもじゃないが回復薬だとは信じられなかった。もしこれを飲めと言われたら、かなりの勇気がいることだろう。

 一体どのように作ったのかとメラニーに問えば、彼女は作り方をさいした研究論文を見せてくれた。そしてそれを読んだダリウスはますます頭をかかえるのだった。

「……あ、あの。どうですか?」

 論文に最後まで目を通した後、ダリウスがどうだにしないことを不安に思ったのだろう。メラニーがおそる恐るといった風に声をかけてきた。

 ダリウスは顔をゆっくり上げると、テーブルの向かいのソファに座る姪にたずねた。

「メラニー。これ、君が一人で作ったのかい?」

「はい、そうです……。あの、どこか変でしたか?」

「ああ、全部かな」

 自信なさそうに訊ねるメラニーに、思わず本音が出てしまった。

「え?」と驚く姪にダリウスは取りつくろうように言い直す。

「ああ、いや、……うん。そうだね。まず論文だけど、書き方がめつれつだね。研究の主題を頭に書いて。それから使う材料、道具の記載、その後は実験の手順、結果、考察の順に書こうね。今のままだと全部混ざっていて読み解くのが大変だ」

「す、すみません」

「いや、いいよ。初めてにしては上出来だ。ちゆう、ページが抜けていることも今は置いておこう」

「えっ!? ページが抜けている? あ、さっき落としたときかな。……ごめんなさい、叔父様。すぐに取ってきます」

「いや、待ちなさい。それよりも、メラニー。ちょっと話そうか」

「え? あっ、はい」

 抜けているページを捜しに戻ろうとこしかすメラニーを押しとどめ、ダリウスはふぅと息をいた。

 生まれたときから彼女のことを知っているが、スチュワート家に生まれながら大したりよくを持ち合わせないメラニーは昔から家族に対して引け目を感じている非常に内気な少女だった。

 スチュワート家というのは魔術師の家系として位が高く、国内でも強大な力を持った家である。その重圧はダリウスもよく知っている。そんな家に生まれながら魔力を持たないというのはどれだけ苦痛なことか。幸い、そんなメラニーを彼女の家族はいとうことなく愛していたが、兄妹きようだいの中で一人だけ魔法学校にも通えず、しきに引きこもって過ごす彼女はちがいなくびんな子であった。

 そんな姪を可哀かわいそうに思い、時々彼女のもとを訪ねては魔術の知識を教えたりもした。

 その時も座学だけで言えば非常に物覚えが良く、頭のいい子だと思っていた。これで魔力さえ人並みにあれば、ゆうしゆうな魔術師になれるのにと何度なげいたかわからない。

 しかし、そう思っていたダリウスでさえも、彼女の本当の実力に今の今まで気づいていなかったのであった。

かしこいとは思っていたが、これはもう規格外じゃないか)

 ダリウスは難しい顔をして、じっとメラニーを見つめた。

「叔父様?」

「ああ、すまない。少し考え事をしていてね。……さて、何から聞いた方がいいかな。そうだな。まず、この毒薬……じゃない。えっと回復薬? なんだけど、これはどこから発想したものなんだい? 君が一から考えたものではないよね?」

「はい。家の書庫室から持ってきた古文書に記載されているレシピです」

「古文書だって!?」

「え、あ、はい。古代魔術の製法がっている本です。それを解読して作ってみました」

「……ちょっと、待ってくれ、メラニー。今、解読したと言ったか? それは、その……古代文字を解読したってことか?」

「そう……ですけれど……。あ、あの、何か問題でしたか?」

 問題どころの話ではない。

 姪の口から語られる衝撃的な事実の数々に頭がついていかないダリウスはぼうぜんと目の前の少女をぎようした。

「……なんということだ。つまり、君は古代語が読めるということか?」

「はい。読めますけれど……」

 それが何か? とでも言うように、メラニーはあっさりとその事実を認めた。

「一体、誰に教わった?」

「え? いえ、特に誰かに教わったというわけではなくて、えっと、自分で」

「自分で!? どうやって!」

「え? ……あ、あの、本を読んでいるうちに何となく」

「何となく?」

「えっと、えっと。上手く説明できないのですけれど、この単語は薬草を意味しているなとか、この文章は作り方が書かれているんだなとか、そういう風にわかってきて、だんだんと読めるようになりました」

「……」

 なんてことのないように彼女は答えるが、これはただごとではなかった。

 古代語は数百年前の言語であり、すですたれた言葉だ。

 現代において、古代語を読み解ける人間は非常に数が少ない。それゆえに古代語で書かれた所謂いわゆる古文書と呼ばれる書物はあまり出回っておらず、そのあつかいも厳重に管理されているものがほとんどだ。もちろん、この学校の禁書庫にも古代語で書かれた本や、それを読み解くための辞書などは存在している。しかし、実際に読み解くにはぼうだいな知識と経験が必要とされていた。

 古代魔術に使われた古代語はそれほどまでに古い失われた言語だった。

(──それをこの子は独学で解読したというのか? ……よく書庫に籠っていることは知っていたが、まさかこんな才能があったとは……。このことをこの子の両親は知っているのか? いや、知っていたら言っているはずだ)

 そこまで考えて、ダリウスは重大なことに気づき、目の前の異様な液体を凝視した。

「ということは、つまり、これは……」

「古代魔術のレシピを参考に作ってみた回復薬です。レシピに書かれていた材料の中には、現代にはもう存在しない物もあって、全部が同じとはいきませんでしたけど、似た作用をもつ薬草などを使って調合してみました。一応、効力もかくにんして、ちゃんと回復薬として使えることもためしましたし、問題はないと思うのですが……」

 メラニーの説明にはだあわっていくのが感じられた。

 古代語が解読できるというだけでも恐ろしい才能なのに、メラニーはさらに、その古代語で書かれた大昔の製法を再現したと言うのだ。

 確かに、ドロドロとのうしゆくされた液体にもかかわらず、なぜかキラキラと発光しているという気味の悪い見た目も、古代魔術の製法によって作られたと聞けば、みようなつとくできるものだった。

 古代魔術は現代魔術よりもりよくや性能が格段に高く、高度な技術がまった失われた魔術である。こうげき魔法のような発動型の魔術しかり、調合などのれんせい術しかり、すべてが今とは比べ物にならないほどすぐれていて、その失われた技術を復元しようと今までどれほどの魔術師が研究をし、そしてその高度な内容にせつをしてきたか。

(それを魔法学校にも通っていないメラニーが……しかも独学で錬成に成功したとは……)

 もちろん彼女が言うように昔と同じ道具や材料が全てそろっているわけではないが、彼女の論文を読む限り、現在ある道具や似た成分の材料で代用して作られていた。こんな器用な真似まねは、よほどの才能とセンスがないとできない芸当だ。

「……叔父おじ様?」

「──いや、なんでもない」

 ダリウスが再びだまり込んだのを見て、不安気な表情を見せるメラニーに、ダリウスはゆるく首をった。

 こうしやく家のクソボンボンにこんやくされ、傷ついた可哀想なめいっ子をわざわざ助手というかたきをつけて学校に呼んだのは、屋敷であんたんと過ごすよりは彼女の気分てんかんになるだろうと考えた両親にたのまれたからで、決して彼女の才能を知っていたからではなかった。

(──なんということだ。魔力がとぼしいという理由だけで、これほどのいつざいもれさせていたなんて……)

 これはスチュワート家、いや、この国にとって、大きな損失になるかもしれないところだった。

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