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「あっ…」


「…よお。」


偶然とは、望まぬ時にこそ起こるもののようだ。




善に避けられるようになってから、國将にも後ろめたさが生じ…。以前ほど、田代木家に行かなくなっていたのだが。







「今日も買い出しか?」


「う、うん…」


偶然は必然で。

久しぶりに出会ったふたりは、気まずさに苛まれる。


だからといって無視するなんて事は出来ないから。

口ごもってしまう善に代わって、






「あ…」


「重いだろ?ひとつ持ってやるよ。」


國将から手を差し伸べるのだった。








「…………」


「…………」


家までの帰路、弾まない会話に善は項垂れる。

なんとかしようと、國将が話題を振るのだが…。

ぎこちなさを隠し切れない少年は、微妙な相槌を寄越す事しか出来ず。


國将が断念してからは、ずっと2人無言のままに…

自宅へと到着してしまった。






「…じゃあ、な。」


自分が一緒にいると、益々追い詰めてしまうだろうからと。未練を抱きながら、國将は玄関前で別れを告げる。






「え…でもっ…」


いつもなら、決まって家に寄ってく國将だったから。荷物を持って貰った恩もあるしと、善は國将を仰ぎ見て。


目が合うと、國将は思わず苦笑を浮かべる。






「…バイト、ですか…?」


「まあ…今日は夜勤だけど…」


気まずそうな癖に、引き留めようとする少年の矛盾。本人には自覚など無いのだろうけど…。


國将は、どうしたものかと頭を掻く。






「あんま飯 たかんのもアレだろ…?」


なんて体のいい理由を述べてみたのだが…。





「そんなこと…ないから…」


上がってって下さいと、俯いて告げる少年に。

國将は困ったなと内心苦笑しつつも、その言葉に甘える事にした。








「なんだ、今日も俺の好物ばっかなのな?」


「それはっ…」


偶然ですと、耳を真っ赤にして告げる少年に。

やはり可愛いなと、特別な感情を沸き立たせる國将。


最近はやたらとかち合う姉も、今はまだ帰っていないからか…。目の前にいる善の様子も、少しはマシなのかなと感じた。











「…そーさん」


けれど以前ほどは平静でいられない善は。

不自然だと解っていながら、國将に対しぎこちなくて。





「あ、食器は僕が片付けるから…」


言って國将が手にした皿に手を伸ばそうとして…





「あっ…」


ほんの少し、指と指が掠っただけで動揺してしまう。





「飯食わして貰ってんだ…こんくらい自分でやるよ。」


「あ…ありがとう…」


頬を染める善を目に、言い知れぬ感情が募る。






(意識、されてんだよな…)


あんなことをしたのだ。

それは当然な事だろうし…ここまで分かり易い態度をされれば、自惚れだと言われても仕方ないというものだ。






(ヤベェよなあ…)


今すぐにでも、この腕で抱き締めてやりたいなんて。そんな欲求に駆られつつも、寸での所で耐え凌ぐ。



最近はずっと避けられっ放しだったし…

姉の存在を気にしてか、あんな態度をとられ続けたものだから。

久しぶりにも、今は少しだけでも以前みたいな自然さを取り戻しつつあったので…。


國将は誘惑と闘いつつ、善に伸ばし掛けた手を引っ込めるのだった。




それでも、据え膳に耐え兼ねて早々に切り上げ帰ろうとした時に。






「じゃあ…またな。」


「うん…またね、國将さん…」


無意識に寂しいと表情で訴える善に、煩悩を擽られて。





「んな顔すんなよ…」


善の頭に、くしゃりと手を伸ばしてしまう。





「え…?」


「帰る時…いっつも捨て猫みてぇな顔、してんぞ?」


指を絡めた髪を手櫛に、悪戯な笑みを浮かべる國将。案の定、善は焦って顔を朱に染め上げる。





「そういう顔されっとよ…」


─────こないだの続き、したくなるだろ?



ついつい邪なものが滲み出てしまうから。





「っ………!!」


「はは、冗談だよ。」


最後にグシャグシャと善の頭を掻き混ぜて、國将は田代木家を後にした。








(これ以上は…)


身体に毒だと、國将は暗がりの中苦笑する。

我慢強い方だという、自信はあったのだが…

こと善に関しては、それもなんだか心許ない気もする。


まさか自分が、出会って間もない…しかも年下の少年に対し。このような感情を覚えるとは思いも寄らなかったから…。






(あんな真っ直ぐなんだもんなぁ…)


派手な割に好きなタイプは清純派とか。

友人達に言われてた事が、今なら理解出来た。





(俺もまだまだガキだな…)


5つも年下な相手に、色々やらかした感は否めないし。善が予想以上に初々しいので…ここは自分が大人にならねばと。


國将は掌に残る柔らかな感触を省みては、誓いを立てるのだった。








「さっぶ…」


季節の変わり目特有の冷たさに触れ、天を仰ぎ見る。


澄みきった夜空は小さな煌めきを幾つも散らばせて…自己主張しないそれぞれに、清らかな少年の心を思い描く。


それは…







「キャー國将と出会えるなんて運命だわ~!」


「お前ぇじゃねーよ!」


招かざる騒音によって、掻き消されてしまったが。





「國将~家に泊まってかないの~?」


「今から帰るんだよ…ってか当たり前に抱き付くんじゃねぇ!」


鬱陶しく纏わりつくストーカーにもまあ、感謝しねぇとなと…少しだけそれを許してしまった事を、





(…姉、さん……)


きっと後悔するのだけど。

今の國将には、清子という騒音が邪魔をして…


その存在に気付く事は叶わなかった。

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