11
「あっ…」
「…よお。」
偶然とは、望まぬ時にこそ起こるもののようだ。
善に避けられるようになってから、國将にも後ろめたさが生じ…。以前ほど、田代木家に行かなくなっていたのだが。
「今日も買い出しか?」
「う、うん…」
偶然は必然で。
久しぶりに出会ったふたりは、気まずさに苛まれる。
だからといって無視するなんて事は出来ないから。
口ごもってしまう善に代わって、
「あ…」
「重いだろ?ひとつ持ってやるよ。」
國将から手を差し伸べるのだった。
「…………」
「…………」
家までの帰路、弾まない会話に善は項垂れる。
なんとかしようと、國将が話題を振るのだが…。
ぎこちなさを隠し切れない少年は、微妙な相槌を寄越す事しか出来ず。
國将が断念してからは、ずっと2人無言のままに…
自宅へと到着してしまった。
「…じゃあ、な。」
自分が一緒にいると、益々追い詰めてしまうだろうからと。未練を抱きながら、國将は玄関前で別れを告げる。
「え…でもっ…」
いつもなら、決まって家に寄ってく國将だったから。荷物を持って貰った恩もあるしと、善は國将を仰ぎ見て。
目が合うと、國将は思わず苦笑を浮かべる。
「…バイト、ですか…?」
「まあ…今日は夜勤だけど…」
気まずそうな癖に、引き留めようとする少年の矛盾。本人には自覚など無いのだろうけど…。
國将は、どうしたものかと頭を掻く。
「あんま飯
なんて体のいい理由を述べてみたのだが…。
「そんなこと…ないから…」
上がってって下さいと、俯いて告げる少年に。
國将は困ったなと内心苦笑しつつも、その言葉に甘える事にした。
「なんだ、今日も俺の好物ばっかなのな?」
「それはっ…」
偶然ですと、耳を真っ赤にして告げる少年に。
やはり可愛いなと、特別な感情を沸き立たせる國将。
最近はやたらとかち合う姉も、今はまだ帰っていないからか…。目の前にいる善の様子も、少しはマシなのかなと感じた。
「…そーさん」
けれど以前ほどは平静でいられない善は。
不自然だと解っていながら、國将に対しぎこちなくて。
「あ、食器は僕が片付けるから…」
言って國将が手にした皿に手を伸ばそうとして…
「あっ…」
ほんの少し、指と指が掠っただけで動揺してしまう。
「飯食わして貰ってんだ…こんくらい自分でやるよ。」
「あ…ありがとう…」
頬を染める善を目に、言い知れぬ感情が募る。
(意識、されてんだよな…)
あんなことをしたのだ。
それは当然な事だろうし…ここまで分かり易い態度をされれば、自惚れだと言われても仕方ないというものだ。
(ヤベェよなあ…)
今すぐにでも、この腕で抱き締めてやりたいなんて。そんな欲求に駆られつつも、寸での所で耐え凌ぐ。
最近はずっと避けられっ放しだったし…
姉の存在を気にしてか、あんな態度をとられ続けたものだから。
久しぶりにも、今は少しだけでも以前みたいな自然さを取り戻しつつあったので…。
國将は誘惑と闘いつつ、善に伸ばし掛けた手を引っ込めるのだった。
それでも、据え膳に耐え兼ねて早々に切り上げ帰ろうとした時に。
「じゃあ…またな。」
「うん…またね、國将さん…」
無意識に寂しいと表情で訴える善に、煩悩を擽られて。
「んな顔すんなよ…」
善の頭に、くしゃりと手を伸ばしてしまう。
「え…?」
「帰る時…いっつも捨て猫みてぇな顔、してんぞ?」
指を絡めた髪を手櫛に、悪戯な笑みを浮かべる國将。案の定、善は焦って顔を朱に染め上げる。
「そういう顔されっとよ…」
─────こないだの続き、したくなるだろ?
ついつい邪なものが滲み出てしまうから。
「っ………!!」
「はは、冗談だよ。」
最後にグシャグシャと善の頭を掻き混ぜて、國将は田代木家を後にした。
(これ以上は…)
身体に毒だと、國将は暗がりの中苦笑する。
我慢強い方だという、自信はあったのだが…
こと善に関しては、それもなんだか心許ない気もする。
まさか自分が、出会って間もない…しかも年下の少年に対し。このような感情を覚えるとは思いも寄らなかったから…。
(あんな真っ直ぐなんだもんなぁ…)
派手な割に好きなタイプは清純派とか。
友人達に言われてた事が、今なら理解出来た。
(俺もまだまだガキだな…)
5つも年下な相手に、色々やらかした感は否めないし。善が予想以上に初々しいので…ここは自分が大人にならねばと。
國将は掌に残る柔らかな感触を省みては、誓いを立てるのだった。
「さっぶ…」
季節の変わり目特有の冷たさに触れ、天を仰ぎ見る。
澄みきった夜空は小さな煌めきを幾つも散らばせて…自己主張しないそれぞれに、清らかな少年の心を思い描く。
それは…
「キャー國将と出会えるなんて運命だわ~!」
「お前ぇじゃねーよ!」
招かざる騒音によって、掻き消されてしまったが。
「國将~家に泊まってかないの~?」
「今から帰るんだよ…ってか当たり前に抱き付くんじゃねぇ!」
鬱陶しく纏わりつくストーカーにもまあ、感謝しねぇとなと…少しだけそれを許してしまった事を、
(…姉、さん……)
きっと後悔するのだけど。
今の國将には、清子という騒音が邪魔をして…
その存在に気付く事は叶わなかった。
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