第7話混沌

夜10時。

黒井川は山荘を巡回した。特に異状はないようだ。

山荘の板場に、ビールを取りに行くと水の音が聞こえる。

そこには、田崎がいた。

「先生、お疲れ様です」

「黒井川さんこそ」

「配ったティーカップを洗ってるんです。生徒は落ち着いた様子です」

「小田切さんは?」

「少し話してみたんですが、まだ震えながら紅茶を口に運んでいました。施錠だけはしっかりするように伝えて別れました」

「そうでしたか。先生も一杯どうです?」

黒井川は瓶ビールを手にしていた。

「じゃ、少しだけ」


従業員休憩室で、黒井川と戸川、そして田崎はビールを飲んでいた。

「先生、一度学校でお祓いした方がいいですよ。絶対」

田崎はグラスに目を落とし、

「生徒をこんな事件に巻き込んだ責任で、たぶん学校には復帰出来ないと思います」

「そりゃそうだが、あなたは良く頑張ってますよ!東南高校はダメでも、他に異動すればいいじゃないですか。ねぇ、黒井川さん」

「ワトソン君の言う通りだ」

「ありがとうございます」

田崎はグラスのビールをゴクリと飲んだ。

「わたしは、森田先生みたいな責任の取り方しませんから、安心して下さい」

黒井川は田崎のグラスにビールを注ぐ。

「先生、結構いけるね~。明日にはどうにかなるかもしれないから、とことん飲みなさい」

「はい」

「あれっ、ワトソンはどこ行ったんだ?」

「黒井川さん、なぜ、戸川さんをワトソンと呼ぶんですか?」

黒井川はビールを飲みながら、

「彼とは、付き合いが長くてね。長野で起きた事件を解決するとき、彼が非常にいい働きをしてね。それから、"ワトソン"って呼んでるんだ」

「そういえば、ホームズのワトソンも医者でしたね」

田崎はタバコを取り出した。

「先生も喫煙者?」

「はい」

「良かった。タバコばかばか吸ってたから心配しちゃったよ」

「大丈夫です」


「みんなお待たせ~」

「なんだこりゃ、ワトソン君」

「板場の冷蔵庫に鯛の刺身がありましたよ」

田崎は目を輝かせている。

3人は深夜まで、刺身をつまみにビールを飲んだ。

「先生、寝ちゃったね」

「ワトソン君。タオルケットを掛けてやりなさい」

「はい」

戸川はかわいらしい田崎の寝顔を覗き込み、タオルケットを掛けてやった。


朝、6時。

田崎は目を覚ました。タオルケットが掛けてある。黒井川と戸川の姿が見えない。

窓の外を見るとまだ雨が降っていた。

田崎は昨夜お風呂に入っていないので、大浴場へ着替えを持って向かった。

すると、廊下で黒井川と戸川が首にタオルを掛けて歩いてきた。

「あらっ、先生も朝風呂?」

戸川がニヤニヤしながら尋ねた。

「おはようございます。昨日、お風呂に入り損ねたので。7時までには戻ります」

「はーい、行ってらっしゃい」


朝、7時。

「みんな揃ってる?」

「まだ、山本君が来ていません」

「あいつは、興奮し過ぎて早く寝られず、今、爆睡してんじゃねえの?」

「じゃ、佐々木君。あのタコを連れて来て」

佐々木は山本の部屋に向かった。

黒井川も付いて行く。

佐々木はドンドンと扉を叩いた。反応がない。

黒井川は走って事務所に向かい、丸田からスペアキーを借りて、戻ってきた。食堂の連中も2階の部屋を心配そうに見守っている。


黒井川が扉を開くと、山本はベッドの上で寝ている。

しかし、首に自転車のタイヤチューブのようなものが巻き付いていた。

山本は既に、冷たくなっていた。

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