第8話 花火大会 《後編》

 とは言え、困っていたのでメモ通り進めることにする。だが俺は蒼月あいるの思うツボに嵌まる訳ではない。アイツを利用するだけだ。うん、そういうことだ。


天満あまみさんもその浴衣すごくに......、似合、って、る。」


 う、うぅ。こ、こんな歯が浮くようなセリフ、どこぞのチャラ男くらいしか使わないのではなかろうか??耳が熱くなるのを感じながら俯きそうになる顔を上げると、同じように、いや、おそらく俺よりも顔を真っ赤に染めた天満がいた。


「あ、ありがと。なななんか調子狂うなぁ。あ!!かき氷でも食べる??」


照れ隠しか何かは知らないがすぐに話を逸らしてくれたため、俺もそれに乗ることにする。このままじゃ気まずすぎてどうにかなりそうだ。熱帯夜なはずなのに、手にはびっしょりと冷や汗をかいていた。


「そ、そうだな。じゃあ出店回るか」

「かき氷の出店、向こうの方にあるの見かけたからこっち行こ!」

「あぁ。」


天満は、黒い下駄をかろんかろんと鳴らして前を歩いていく。丸くまとめられた髪の毛に、ゆらゆらと髪飾りが揺れていた。

「なぁ、それってかすみ草??」

「うん!そうだよ!季節外れだと思ったでしょ?」

「ま、まぁ......、ちょっとは。」


躊躇いがちにそう言うと天満は丸い目を少し細めて笑った。まるで、「よくできました」とでも言うように。


 たくさんの人でごった返しになっているが、天満とすれ違うあらゆる男が彼女を振り返る。先程からずっとそれらの突き刺すような視線が痛い。

 外で一緒に歩いていて、本当にこいつはモテるんだな、と改めて実感した。


「ほら、着いたよ!何ぼーっとしてんの?早く買わないと始まっちゃうよ?」


 天満は手に持っていた小さな袋の中からベージュ色の財布を取り出して、「おじさん!ブルーハワイ1つちょーだい!!」と叫んだ。天満に300円を渡された店主は顔をでれーっとさせて、「いいよ、ねぇちゃん。おじさんのとびきり大サービス!まけてやるよ。ほら、これは持ってきな」と200円を彼女に手渡した。

 心持ち多くシロップがかかったブルーハワイのかき氷を持った天満はとびきりの笑顔で俺の方を振り向いた。


「めっちゃ優しい人だね!!なんか嬉しくなっちゃった!!ほら、沢井君も!」


とてつもなく嫌な予感がしながら、俺もかき氷を買う。

「おじさん。メロン一つ、お願いします。」


 100円玉がなかった俺は、500円玉を出した。おじさんは受け取りざまに小さな声で「さっきの子分、君からもらうからネ」と言い、あからさまに少ないメロンシロップがかかったかき氷を渡してきた。


 世の中は不条理だな。いくら自分が可愛いと思った子のだとしても、それはないだろ。はぁ。




  『バーン!!ババーン!!!!パチパチパチパチ』



「あぁ!始まっちゃった!!ここで見よっ!!」

だけど、大輪の花火の光に照らされる天満の横顔を見ていると何故だかそんなことは全部どうでもよく思えてきた。

「うわぁ、綺麗......」


 夜空を見上げる彼女の笑顔には何か特別な力があるのではないかと、花火が空で咲く音を聞きながら俺は、不覚にもそんなことを考えていた。



  

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