第6話 花火大会 《前編》

 外の暑さを知らせるがごとく、蝉達の大合唱が俺の部屋に響く。最近の目覚まし時計となりつつあるその音を聞いて起きるとスマホの画面が光っていた。寝起きの腫れぼったい目を擦りながら画面を見ると、そこには〝蒼月あいる〟と表示されていた。


「もしもし。なに?こんな朝っぱらから。」

「朝、ってもう13時じゃん!!まさか、今の今まで寝てたの?」

「なんか問題でもあるのか??」

「いや、ありすぎっしょ!!今日何の日か忘れちゃってるの??」

「今日なんかあったっけ?」

「は・な・び・た・い・か・い!!」

「え?今日何日?」

「8月15日っ!!」


もう!今から迎えに行くから最低限の準備はしといてよね!!、と一息で一方的に言うと、蒼月は電話を勝手に切ってしまった。


「はぁ。相変わらずアイツは......。」


ベッドに吸い込まれそうになる身体を無理やり起こし、俺はもたもたと支度を始めた。と言えども、アイツのことだ。電話を切った後すぐに家を出ているはず。となると、あと3分くらいでこっちに着くだろう。出来ることはそう多くない。

 

 


 


 『ピーンポーン!!』

なんとか着替えを終えて玄関のドアを開けると、もあっとした空気と共になぜか大荷物を持った蒼月がいた。汗で濡れた蒼月の髪は艶やかで、普段からサラサラなそれをより一層引き立てていた。


榛眞はるま!今から準備するよー!!」

「はぁ!?用意ならできて......、」

「そんなんで行くつもり!?はぁ。やっぱり持ってきて良かったー。」


蒼月は部屋に荷物をどーんと下ろすと、俺を上から下まで見てにやりと不敵な笑みを浮かべた。そんな蒼月がおもむろにバッグのチャックを下ろすと、そこには大量の服が入っていた。


「お前、この大量の服はなんだ??」

「決まってんじゃん!榛眞に着せる服候補だよ!」


俺が何か言葉を返す間もなく蒼月は、俺に大量の服を順番に当てていく。

「これでいいじゃんか!?」

「のんのん!榛眞は女子のことなーんにも分かってない!!そんなダっさい格好した男子と一緒に並んで歩きたいとか思う女子なんていないんだから!」


「そんなもん、俺には関係ないだろ??」

「あ・る・のっ!!いいから黙ってお人形にでもなってて。」


 やる気に溢れている蒼月にかなうはずもなく俺は、嫌々されるがままになっていた。それから1時間ほど経ってやっと蒼月は俺を解放してくれた。

 その時の蒼月の顔は、やり切ったことへの充実感でいっぱいという感じの憎たらしい表情になっていた。



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