第2話 となりの席

 学籍番号の書かれた靴箱に真新しいローファーを入れ、手元から真っ白な上靴を出す。その動作は慣れているはずなのに、アイテムやシチュエーションが違うだけで全く違うものに思えてくる。まず、新入生説明会の時にもらった『オリエンテーションファイル』に挟まれた学校の地図を片手に、これから一年間お世話になる1-Bの教室に向かう。


「ん〜?ねえねえ榛眞はるま〜、なんか想像よりもこの学校すごい綺麗じゃない?」

「そうか??......まぁ確かにそういう気がしなくもないな。」

「でしょ?あぁ俺、この学校入って良かったー!!ばんざーい!!」


うぐっ。周囲の視線が痛い。ただでさえその容姿で目立つ蒼月あいるなのに、廊下のど真ん中で騒いだせいで余計に注目を浴びている。中にはくすくすと生暖かい笑みを浮かべている先輩方もいて、非常に居た堪れない。


「おいっ、蒼月!ちょっと落ち着け。早く行くぞ。」

「えぇー!ちょっ、ちょっと待ってよー榛眞〜!!」


もたついてはいるがすぐに追いついてくるであろう蒼月を待つことなど当然せず、俺は早足で教室へと向かった。



 

 からからからから。

そんなに重くないドアを開けるとすでにたくさんの人がいた。そこは今までの世界とは全く違う、別世界が広がっているように俺には思えた。新学期というだけでこんなにも新鮮な気分になれるのだから、もしかしたら俺はすごくミーハーなのかもしれない。


「あっ、俺は〝そ〟だから三列目だ!榛眞は〝さ〟だからぎりぎり二列目だねっ!!それじゃっ!」

「ちょっ....、」


俺が引き止める間もなく蒼月は自分の席へと向かってしまった。蒼月が席に着くと途端に奴の周りには女子の壁ができて、あっという間に見えなくなった。まあ、いつものことだけど。気持ちを入れ替えようと、右肩にかけた鞄を左に持ち替えて、俺は自分の席へと向かった。


 窓側から二列目の一番後ろの座席。本来この席は物語のヒロインの定位置ではなかろうか。窓側一列目の一番後ろの席に座る、普段は怠惰だけどやればできる系の男子と、べらぼうに可愛いモテ女子の学園ラブストーリー......的な、見てると背筋がぞわーとするようなベタなやつの。

 彼女いない歴=年齢で、恋愛偏差値というものにはマイナスがつく俺には、どうしてあんなものにキャーキャー騒げるのか全く理解できない。そんなことをぼーっと考えていると、隣から小さな声が聞こえてきた。


「ねぇ、もしかして......、この席の子??」

「あぁ、は、はい。そうですけど......、」


声の主を見て俺は思わず息を呑んだ。小さな顔にバランスよく配置されたアーモンドのような丸い瞳に小さな唇、絹のようにさらさらと流れる艶やかで黒々としたロングヘアー。可愛らしさと美しさを兼ね揃えたその容姿に、不覚にも俺は一瞬目を奪われた。

 だが俺は、そんな事で驚いたのではない。彼女の全身に散りばめられたに驚いたのだ。頭から爪の先にまで、至るところに散りばめられた。白くて小さな花。なぜ彼女はこんなにもかすみ草を身につけているのだろうか。そんな俺の思考を読み取ったかのように彼女はくすりと笑った。


「ふふっ。それはまだ秘密。でも、これだけは言えるよ。それは、好きだから。それ以外は......いつか、話すべき時が来たら、ね。」


彼女の綺麗な笑みに、俺は二の句を継げなくなった。

「そうそう!私の名前は天満あまみ彩夜さや。これからよろしくね。」


 これが、俺と天満の初めての出会いだった。




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