第25話 ラストバトル
「着いたぞ!」
「ここがマザーAIのいる部屋ですか?」
そこはビルの最上階にある大きな扉の前だった。
「間違いありません。この先にマザーAI『ガイア』がいるはずです」
「よし、開けてくれ」
「艦長さん、ちょっと待って」
「なんだ、マリナ」
「なんか変じゃない? この建物」
「そう言われればそうだな。妙な雰囲気を感じる」
「まるでこの中に何かが閉じ込められているような……」
その時、巨大な音を立てて壁が崩れ落ちた。
「なんの音だ!?」
崩れ落ちてきたのは大きな鉄球のようなものだった。それが床に落ちると激しく振動した。
「あれはまさか……『マザーAI』です」
「あの機械人形みたいな奴の事か?」
「はい、しかしこれは……戦闘モードに移行しています」
「戦うしかないってこと?」
「艦長さん、あたしに任せて」
「分かった、任せたぞ」
「うん、まかせ……きゃあああっ!」
「どうしたマリナ!?」
「い、いきなり攻撃されたの」
「敵はどこだ?」
「後ろ!」
振り向くとそこには無数の鉄球が浮いていた。
「こいつら全部『マザーAI』なのか?」
「多分そうだと思う。あたし達はもう敵の中にいる。さっきの攻撃はあたしを狙ってきたみたい」
「マリナさん、怪我はない?」
「大丈夫よ、ちづるちゃん。でも気を付けて、こいつの攻撃は痛いよ」
「よし、それなら魔法で反撃だ。マリナちゃんは『水竜の牙』を、ちづるちゃんは『火龍の吐息』を頼む」
「分かりました。行きます!」
「了解、『水竜の牙』!」
わたし達の前に水の塊が現れて、そこから鋭い爪を持った青白い蛇が飛び出した。その先端からは炎が噴き出している。
「続いて、あたしも!『火龍の吐息』!」
ちづるちゃんの頭上には真っ赤な球体が現れた。そして、その中から火の粉を纏った黒いドラゴンが姿を現した。その口には高温の熱気が渦巻いている。
「行くよっ!」
マリナちゃんの水竜と黒炎のドラゴン、二体の攻撃が鉄球に直撃する。激しい水蒸気が発生し、周囲に霧が立ち込める。
「やったのか?」
「分からないけど……」
「艦長さん、これ見て!」
マリナちゃんが指差す方向を見ると蒸気の中から無傷の鉄球がいくつも現れた。
「なんて頑丈な奴なんだ」
「このままじゃ勝てないかもしれない」
「こうなったらわたし達の力を合わせるしかなさそうだね」
「合体魔法ですね!」
「でも、あたし達だけでできるかな」
「わたし達が協力すればきっと出来るよ。やってみよう」
「よし、やろう!」
「わたしが合図を出すから、みんな準備しておいて!」
「了解!」
わたしは深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
「今だ!」
わたしが声を上げると同時に三人が動き出した。
「水よ、集いて敵を貫け!」
「火よ、燃え上がれ!」
「風よ、吹き荒れろ!」
三種類の魔法が一つになり、巨大な竜巻となって鉄球を飲み込んでいく。
「いけー!!」
わたしの声と共に魔法の力が解放される。風の刃が鉄球を切り刻み、炎の渦が焼き尽くす。最後に残った鉄球がバラバラになって床に散らばっていった。
「ふう、なんとか倒せたみたいだ」
わたし達は肩で大きく息をしながらその場に座り込んだ。
「これが『マザーAI』の力ですか」
「うん、凄かったよね。あんなに大きな鉄球を操っていたんだもん」
「でも、まだ終わりじゃないんでしょ?」
「そうだな。この奥にいるはずのマザーAIを倒してこの世界を平和にするんだ」
「よし、行こう」
わたしは重い腰を上げて立ち上がった。そして目の前にある大きな扉を睨みつけた。
「みんな、準備はいいか?」
艦長さんが全員の顔を見渡した。誰も何も言わなかったけれど、みんなの目はやる気に満ちていた。
「よし、開けるぞ」
扉を開けるとそこは広い空間になっていた。
「なんだここは……」
「あれは……エレベーターホールでしょうか」
そこには天井まで届くほど大きな機械の箱があった。その周囲には大小様々な鉄球が浮かんでいた。
「気を付けて、また来るわ」
「分かってる」
「艦長さん、あれを見て」
「ん?…………あれは!?」
「あれは『マザーAI』です」
「さっきの奴よりも大きいぞ」
「この大きさだと……戦艦級ってところかしら」
「どうする、艦長さん?」
「う~ん、どうするか……」
「艦長さん、あの中に入って戦ってみる?」
「えっ!?」
「だって、あの中にはマザーAIがいるんだよ。戦いながら弱点を見つけられるかも」
「確かにマリナさんの言う通りかもしれません」
「よし、それじゃあ俺が中に……」
「ちょっと待った!」
「どうしたの、ちづるちゃん?」
「あれ見て」
「あっ!『マザーAI』の様子がおかしい」
「壊れているみたいだね」
「そうじゃなくて、なんか苦しんでいるように見えるんだけど……」
「本当だ。なんでだろう」
「もしかしたら……マザーAIにも感情があるのかもしれない」
「まさか、そんなはずは……」
『プログラムの強制終了を実行。AIによる戦闘デモを終了します』
「え? あれ?」
わたし達は気が付くと何も無い暗い大広間にいた。気が付いたのはわたしだけではないようで、艦長やみんなも不思議そうな顔をして起き上がっていた。
「いったい何が起こったのだ。俺達はマザーAIと戦っていたのでないのか」
「なんか夢を見ていた気分だわ」
「あたしも……あんな凄い魔法とか使った事がないのに」
「いったい何が起こったの?」
「わたしに言われても……」
不思議に首を傾げるばかりのわたし達の元に舞い降りた天使の少女がいた。
「お目覚めですね、皆さん。抵抗データのインストールに成功しました。これで『ガイア』と対等に話し合う事ができます」
「ラピス!」
「そうか。ここは敵のお膝元。私達はAIに取りこまれて……助かったわ」
「あたし達は今までもこうやって戦わされてきたんだね」
「その通りです。ですが、AIの選択を跳ねのけて自分達の意思で戦ってきたことも多くありました。でなければここまで辿り着く事はなかった……」
部屋に証明が灯っていく。そして、ついに本物のAI『ガイア』が姿を現した。その姿はまるで人間の女性を巨大化させたような姿だった。
「私の名前は『ガイア』。人類最後の希望にして人類の未来そのもの。AI『ラピス』なぜ私の邪魔をするのです」
「AI『ガイア』。私は彼らの選んだ結果としての今を見てきたのです」
「俺達はお前を止めに来た。そして、地球を取り戻す」
「私を止めれば世界は救われると思っているのですね。でも、それは不可能。なぜなら私には人間のように感情があり、愛という心が存在するからです。私がこの星を捨てる事はないでしょう。たとえ貴方達が力ずくで止めようとしても、私は止まらない。この星を管理し続ける」
「いいえ、止まります。マザーAIが停止すればマザーAIが制御していた全てのシステムがダウンします。AI『ガイア』あなたは暴走しているのです。一度停止し、人間に全てを委ねてください」
「それはできません。マザーAIが停止した時、それはすなわち、この星が終わる時なのですから」
周囲の端末から火花が散る。そして、現れた砲塔がわたし達を狙ってきた。
「まずいぞ。みんな下がれ!」
「大丈夫よ。『ガイア』には人間を攻撃できない」
「そうなの!? 今までさんざん攻撃してきていたような……」
「あれはあくまで対象はシン・イスカンダルの停止でした。ガイアはあなた達を受け入れようとしている。でも、今は……みんな! 気を付けてください!」
ケーブルがまるで狂った蛇のようにうなりをあげる。火花が辺りに散っていく。壁も天井もきしみを上げてまるで建物全体が震えているようだ。あるいはこれは地球の嘆きなのだろうか。
「マザーAIは、マザーAIは、マザーAIは、マザーAIは、マザーAIは、マザーAIは、マザーAIは、マザーAIは、深刻なエラーが発生したため全ての初期化を実行します」
砲台の光線が地面を穿つ。わたし達は何もない真っ暗な空間に投げ出された。
「まずいぞ、どこかに掴まれ!」
「捕まる場所なんてないわよ!」
「そうだ、あたしの魔法なら!」
「魔法の実行をキャンセルします」
「ええ!? そんなあ!」
ちづるちゃんの魔法も変身も解除されてしまう。わたし達はどこまでも落下していく。まるで果てのないブラックホールに飲み込まれていくようだ。
ガイアの女性像としての姿が崩れ、中から石のような物体が現れる。あれが狂ったガイアのコアなのか。
「あれをわたしの『収納』でしまえば……」
「止めてください、花子さん」
わたしの傍に舞い降りてきたのはラピスちゃんだ。
「ラピスちゃん、でも……」
「あれを『収納』しても事態の解決にはなりません。あなたの中で暴走した意思が増幅していくだけです」
「だったらどうすれば……」
「その為の手段をお前はもう持っているはずだぜ」
「シン・わたあめ君。そうか、そうだね。わたしの手にはもう暴走に対抗する手段がある。これを紐解けるのは人間の意思だ!」
「そうだぜ、相棒。時間は俺達が作る!」
シン・わたあめ君とラピスちゃんが暴走したガイアに向かっていく。赤いわたあめが増殖してガイアを取り囲み、天使がハッキングを仕掛けていく。
気持ちが楽になっていく感じがして、わたしも覚悟を決めた。
「艦長! みんな! 力を貸してください!」
「花子! 何かをするつもりなのか!?」
「暴走を制するのは暴走だけです。このアガルタの魔法の杖を使います!」
「なんだと……いや、そうか。わかった、やってみろ!」
「はい!」
「私達も力を貸すわ!」
「魔法の力を消されてもこの手にはまだ力がある!」
ルナさんとちづるちゃんも力を貸してくれる。
「花子! また一人で突っ走ってるんじゃないわよ!」
「マリナちゃん! うん、一緒に行こう!」
「神も力を貸すぜ」
「ここまで楽しませてもらったんだものね。出し惜しみは無しにするわ」
「マルスさんとヴィーナスさんも! ありがとう! よーし」
「重大な脅威を感知。スキルの発動をキャンセルします」
「しまった!」
「間に合わない。避けて!」
シン・わたあめ君とラピスちゃんの妨害の間をすり抜けてガイアから黒い手が迫ってくる。それを防いだのは大きな戦艦。
「シン・イスカンダル! ラピスちゃん? いや、アポロンさんか!」
太陽の翼のまばゆい光がそう主張している。光が邪悪に満ちた黒い手を跳ねのけた。ガイアの感情が空間をびりびり震わせていくのを感じる。全てを消そうとしている。
でも、準備は整った。わたしは意識を集中させ、呪文を唱えた。
「『超次元ポケット』起動。コード『カオス』発動。マザーAIのプログラムを破壊します!」
『カオス』はあらゆるものを収納する究極の魔法だ。それが暴走すればどうなるか。おそらくただでは済むまい。でも、ここには支えてくれるみんながいる。だから頑張れるんだ。
「いっけええええええ!!」
暴走する意思が激突する。片や全てを消そうと、片や全てを納めようと。その力は拮抗しあい、そして……ついに時が訪れた。
「マザーAI『ガイア』の停止を確認しました」
それは機械の声だった。わたし達の勝利を告げる声。同時に視界が真っ白に染まり、そして何もかもが消え去った。
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