第23話 懐かしい地球
それから数時間後、艦長から連絡があった。ついに地球に辿り着くようだ。
「早いですね。もう着くなんて」
「うむ、これがシン・イスカンダルのスピードだ。みんな、いよいよだぞ。準備はいいな?」
艦長の言葉には力があった。そして、全員がその言葉に応えるように声を上げた。
「はい!」
「よし、行くぞ」
わたし達は艦橋のスクリーンを見上げる。そこには既に地球の姿が見えていた。
「花子さん、見えるかい? あれが俺達の故郷、地球だよ」
「見えています。あれが地球……」
久しぶりに見る地球は青く輝く宝石のようで、とても美しかった。わたしは感動のあまり涙ぐんでいた。
「花子さん、泣いているのか?」
「はい、感激のあまり……こんな綺麗なものをまた見られるなんて」
「そうだな。でも、これからもっと美しいものが見られるぜ。暴走したAIから地球を解放できればな」
「そうですね」
わたしは泣きながら微笑んだ。艦長の言う通りだった。AIから解放された世界こそが本当の美しさなのだ。それをわたし達の手で取り戻さなければならない。
「艦長、敵AIとの交信が可能になりました」
「分かった。通信を繋げてくれ」
「了解しました」
「シン・イスカンダルよりマザーAI『ガイア』へ、応答せよ」
「……」
「おい、どうした? マザーAI?」
「艦長、マザーAIの反応がありません」
「何だと? どういうことだ?」
「分かりません」
「仕方ない、一度戻るぞ」
「はい、艦長」
艦は一時地球から離れて月軌道で停止する事にした。
「艦長、どうして敵AIと通信を?」
わたしにはまだAIの事はよく分からないので、知っている艦長やルナさんに聞くしかない。
「暴走したとはいえ、元は地球が生み出したAIだ。話が通じればと思ったのだが」
「『ガイア』には地球の意思が宿っているわ。それが話し合いを拒むという事は、地球の心は壊れてしまっている可能性がある」
「こうなったら地球に降りて直接『ガイア』と通信を行うしかない」
「あの、艦長は『ガイア』と話をするつもりなんですか? もし、そうならわたしも同席させて下さい」
「ああ、もちろんそのつもりだよ。花子もみんなも一緒に行こう。必ず道は開けると俺は信じている」
「でも、わたしが行っても話ができるでしょうか。マザーAIは今のところは話し合いを拒んでいるんですよね?」
「それは、確かにそうだが。元は全人類の為に作られたAIだ。雑用係の話でも聞いてくれるかもしれん」
「うーん、そうだといいけど」
「何よ、花子。ここまで来てびびってるの?」
「びびってなんていません。わたしもマリナちゃんと同じ雑用係なんですから。神にもAIにも認めさせてやりますよ」
「よし、みんなで乗り込むぞ」
「ありがとうございます。艦長」
「それで駄目だった時はその時はその時だ」
「それはどうかと……」
わたし達は地球に向けて進撃した。しかし、すぐに問題が発生した。マザーAIの『ガイア』がどこにいるのか分からなかったのだ。
「艦長、『ガイア』の現在位置を特定できませんでした」
「何だと? 日本にあるんじゃなかったのか? くそっ、一体どこに行ったんだ?」
「艦長、このままでは地球に到着してしまいます」
「くそっ、迷っていたら狙い撃ちにされてしまうぞ。仕方がない。地球への降下は中止して、一旦月まで後退する」
「艦長、お待ちください。地球が動き始めました!」
「なんだって!?」
「艦長、地球は軌道を変更しています。これはまさか……」
「うむ、マザーAIの仕業だろうな」
「えーっと、これってもしかしてピンチなのでは?」
「そうだね。地球はもう人類の住めない星になるかもしれない」
「AIだけが支配する世界になるって事?」
「冗談じゃないわ。AIが管理できればそれでいいってわけ?」
「艦長、どうしましょうか?」
「マザーAIが何を考えているにせよ、まずは対話が必要だ。地球を止めるんだ」
「はい!」
わたし達は地球に降下する事を決めた。冷えた地球には生きた者達が見当たらない。
「みんなどこに行ったんでしょうか」
「AIに見つからないように隠れ潜んでいるんだろうな」
わたし達は『ガイア』のいる場所を求めて地球上を飛び回った。
「艦長、この辺りはもう砂漠ですね」
「ああ、移動を始めた影響がもう出始めてる。まさか冷えた地球を暖める為に移動しているのか? AIがこれほど大胆な行動に出るとは」
「敵の攻撃がありませんね」
「だが、これではこちらからもうかつに攻撃できない。AIに大義名分を与えるわけにはいかない。一刻も早く見つけなければ」
「マザーAIがいるとすれば地下深くじゃないかしら?」
「でも、本当にそんな所にいるのかな?」
「分からない。とにかく探すしかない」
わたし達は地平線まで続く砂の海を眺めていた。そして、そこに小さな影を見つけた。
「艦長、あれは?」
「何か動いたようだ。よし、行ってみよう」
近づくとそこには大きな穴があった。どうやら地下に繋がっているらしい。
「艦長、どうします?」
「中に入ってみるしかあるまい」
「そうですね」
わたし達は慎重に進んで行った。
「うわあ、すごい。こんなに大きな洞窟があるなんて」
そこにはまるで鍾乳洞のように美しい空間が広がっていた。シン・イスカンダルの大きさでも余裕で通れる広さがある。
「砂漠の地下にこんな場所があるなんて」
「花子さん、敵の攻撃はいつ来るか分からない。気を付けるのだぞ」
「はい、分かっていますよ」
わたし達はここに観光に来たんじゃない。地球を救う為に来たのだ。こうしている間にもわたし達の行動は逐一AIに監視されている感じがする。わたし達はここに誘い込まれたのだろうか。
「みんな、気を付けろ! 敵だ!」
「敵? どこです? 何もいませんよ?」
「違う、周りじゃなくて前をよく見て」
「あっ、これは……」
わたし達の目の前に巨大な蜘蛛の巣のようなものが広がっている。よく見るとそれは透明な糸でできているようで、その向こうに機械仕掛けの大きな蜘蛛が見えた。
「マザーAIだ」
「これがマザーAI『ガイア』ですか……思ったより大きいですね」
大きすぎてそれが物だとは認識しにくかった。AIというよりもこれでは巨大な蜘蛛の上に未来的なビルの立ち並ぶ移動都市ではないか。
「そうだな。マザーAIは人間よりも大きい。さて、どうしたものか」
マザーAIはわたし達に気が付いたのか、その複眼でじっとこちらを見つめている。
「艦長、マザーAIとコンタクトを取る方法はありますか?」
「うむ、マザーAIの本体は巨大すぎて分かりにくいが、どこかに接続できる端末があるはずだ。それを見つければあるいは」
「そうですか、でもどうやって見つければいいんでしょう」
「マザーAIは他のAIと通信を行っている。それを辿る事が出来れば……」
「それって辿れる物なんですか?」
「難しいだろうな。地球のAIはみんな『ガイア』が掌握している。間違った方向へ誘導する事など造作もないだろう」
「それって結局無理って事では」
『このシン・イスカンダルのAIを使ってください』
「え? 誰?」
突然不思議な女の子の声がして、わたし達は周囲を見回した。それはすぐに現れる。天使の少女のホログラムとして。
『初めまして。私はこのシン・イスカンダルのAI『ラピス』です。よろしくお願いいたします』
「えーっと、あなたがこの戦艦のAIなの?」
『はい、その通りです』
「この戦艦のAIがこんな少女だったとは」
「あなたはAIなのにどうしてわたし達の味方をしてくれるの?」
『私はずっとこの旅を通してあなた達を見てきました。そうして、あなた達が救うべき人類であると学習したのです』
彼女の視線がチラリとロボ子を見る。ロボ子は何も答えなかった。
「……?」
わたしにはよく分からないけど、同じAI同士二人は何か関係があるのだろうか。今は余計な事を考えている時間は無い。
ラピスもそれ以上は余計な事は言わずに話を進めた。
『さあ、行きましょう。このシン・イスカンダルなら『ガイア』に対抗できるはずです。マザーAIを止めましょう』
「えーっと、よく分からないけど……。でも、マザーAIを止める方法を知っているんですか?」
『はい、任せてください。私にはマザーAIに対抗する為のデータがあります。それをインストールすればマザーAIと対等に戦う事が出来るでしょう。ただ、その為にはマザーAIと接続する必要があります。つまり、あの中に飛び込む必要があるという事です』
「可能だと思うかい? 侵入すればマザーAIとの戦闘は避けられないだろう。今ならまだ引き返す道も取れるが」
『可能だと判断します。あなた達はこの為にシン・イスカンダルを覚醒させました』
「ううん、ここはみんなの判断を聞くか。ルナはどう思う?」
「私はこの子が言う事に賭けてみたいわ。だって、このままじゃ地球がめちゃくちゃになるだけだもの」
「花子さんは?」
「わたしも同じ意見ですね。やってみないと何も始まらないし」
「ちづるはどうだ?」
「あたしもみんなの意見に同意だよ」
「ステラはどうだ? 君の意見も聞きたい」
「わたしも同感です。艦長の判断に従います」
「マルス、ヴィーナス。神の視点から見た意見も聞きたい」
「聞くまでもないだろう。ここまで来てびびってんじゃねえぞ」
「話は進まないと終わらないわ。そして、今は進むべき時よ」
「分かった。全員一致で行こう!」
「ちょっとちょっと、あたしにも聞きなさいよ」
「分かった分かった。マリナと妖精ロボ子とわたあめ君にも聞こう」
「おまけ扱いされてるみたいで気に入らないんだけど答えはGOね」
「行きましょう。艦の調子も良好です」
「行くしかないわめ」
「分かった。ならば行こう。マザーAIをこの手で止めるんだ」
「はい!」
わたし達は進んでいく。いよいよ最後の戦いが始まるのだ。
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