第22話 アガルタの杖
「うう、体が痛い……」
目が覚めると全身が筋肉痛になっていた。
「昨日は無理をし過ぎたかなぁ……」
何せ太陽を『収納』したり出したりしたのだ。協力してもらったとはいえやはり負担は大きかった。
わたしはゆっくりと起き上がると、窓の外を見た。すると、金星が通り過ぎていくのが見えた。
「うわ、もう次が地球じゃん。下車の準備をしないと」
つい寝起きの頭で電車の感覚で考えてしまう。ここは宇宙の戦艦で地球に着けば決戦が待っているというのに。
窓の外に艦長の姿が見えたので、慌てて服を着替えて艦橋に向かった。
「おはようございます、艦長」
「おはよう、花子。地球に着けば嫌でも忙しくなる。今はゆっくりしていていいのだぞ」
「何かしていないと落ち着かなくて。他のみんなは?」
「みんななら食堂にいるぞ。一緒に朝食をしてくればいい。俺はもう済ませた」
「分かりました」
わたしはそう言って、みんなと朝食をする事にした。
食堂で食事しながらみんなは言葉少なだった。地球での決戦が近いんだもの、緊張しているのはみんな同じだった。
食器を動かす音だけがする中、話を切りだしたのはマルスさんとヴィーナスさんだった。
「ヴィーナスと話しあったんだけどよ。地球での戦いではあまり力を貸してやれないかもしれん」
「神の力は強大でAIにとっては未知の領域よ。それを地球で振るえば暴走したAIにどんな影響を与えるか分からない。最悪地球が壊れるかもしれないわ」
「それは困ります」
「だろ? ポセイドンの奴が本気で地上に乗りださないのもそれを警戒しているんだろうな」
「地球が無くなったら彼にとっても困るものね」
「……」
だとしたら、どうすればいいのだろうか。わたし達の力でAIに勝てるのだろうか。マルスさんとヴィーナスさんは元気付けるように言ってくる。
「そう悲観することはないぜ。いざとなったら地球を壊してでもお前達を助けてやる」
「火星も金星もあなた達を受け入れるように努力するわ」
「はは、出来ればそうならないように努力します」
そうして静かな気分で食事を済ませ、自分の部屋に戻った。
しかし、これから何をすれば良いのか分からない。大変な戦いが予感されるのにこのまま決戦まで何もしなくていいのだろうか。とりあえず、部屋にあった雑誌を読んで時間を潰す事にした。
「やっぱり、これって艦長の事が載ってるんだよね」
わたしはそう言って、雑誌のページを開いた。そこには『人類最後の希望』とか『奇跡の生還者』などと書かれている記事があった。
「やっぱり艦長って凄いんだな。地球を救えばわたし達もこんな大層な一員になるのだろうか。パーフェクト雑用係花子なんてね……」
わたしが苦笑いをしていると、扉の開く音が聞こえてきた。そして、誰かが部屋に入ってきた。
「あれ、ちづるちゃん。どうしたんですか?」
「花子さんにちょっと話があってね」
「そうですか……それでなんでしょうか?」
「前にわたあめ君から魔法の杖をもらってたよね。地球のAIとの決戦を前にその事で話しておこうと思ったの」
確かにわたしはわたあめ君から魔法の杖をもらっていた。この戦艦に残されていた滅んだ文明アガルタの遺産。
でも、これは魔法少女の適性が無い者が使うと暴発する恐れがある。
だから、使わずにしまっておいたのだが、わたしが忘れかけていたこの杖の事をちづるちゃんは覚えていたんだ。
「AIとの決戦になれば暴発する危険性があってもこの杖を使う時が来るかもしれない。だから、よく考えようと思ったの」
「そうですね。魔法は暴発するとどうなるんでしょう」
「もう暴発した時の事を考えてる」
「備えておきたいと思って。ちづるちゃんは魔法に詳しいんですよね? どんな効果があるんですか?」
「そうね、色々あるけど一番有名な効果は大爆発を起こす事かしら」
「大爆発……」
「他には時が止まったり、多重防御障壁を展開する事や神話の武器を召喚する事もできるわ」
「へぇ、凄いですね」
「だから、暴走はやっかいなのよ。上手く当たれば儲けものだけど、その効果が自分に返ってくることもある。大きすぎて制御できないのよ」
「じゃあ、これをわたしが使う事は出来ないんでしょうか」
「ううん、だって花子さんはスキル『収納』が使えるでしょ? だから、能力を使う才能自体はあるんだと思う」
「『収納』しか使えないし、魔法とスキルは別物だと思うけど」
「それでもだよ。その時の覚悟だけはしておいて。いざとなったらあたしが花子さんをサポートするからさ」
「分かりました。頼りにしてます」
「うん、任せてよ!」
わたし達はそう言って笑い合った。
「ところで、ちづるちゃんは今何をして過ごしているんですか? わたしも地球に着くまでに何かをしたいと思っているんですけど、今は雑用係の仕事も無くて」
「ああ、それね。実は、わたあめ君の様子を見ようと思ってたんだけど……ここにはいないみたいだね。後は変形した戦艦の様子を見ようと艦内を歩き回っていたところなの。花子さんは?」
「わたしは雑誌を読んでいました。他に何もすることが無かったもので。これって艦長の事も載ってるんですよ」
「お兄ちゃんって凄いよね。実際に会ってみるとそんな感じしないのに」
「そうなんですよね。でも、わたしにとっては命の恩人ですし、尊敬しています」
「そっか、花子さんはお兄ちゃんが好きなんだね」
「えっ!? あっ、いえ、そういうわけでは……」
「ふーん、そうなんだ」
ちづるちゃんがニヤリと笑った。しまった、つい本音が出てしまった。わたしはちづるちゃんにからかわれていたのだ。
「別に好きとかじゃないですよ! ただ、艦長はわたしの命を助けてくれたし、感謝しているだけです」
「そうかなぁ。まぁ、いいや。じゃあ、あたしは艦内の散歩に戻るね」
「はい、わたしも部屋でごろごろを続けます」
こうして、わたし達はそれぞれの生活に戻っていった。ゆっくり出来るのは今だけだ。誰もがそれを感じていた。
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