第14話 水星の試練

 戦艦のブリッジに到着すると主要なメンバーはもう集まっていた。


「艦長、何があったんですか?」

「うむ、すぐに何かあると言う訳ではないが……見てみろ」


 わたしはちづるちゃんと共に艦長の指差した方向を見た。

 そこにはこの戦艦の全体図が表示されていた。そして艦の周りを青い球体がゆっくりと回転していた。


「あれは?」

「この戦艦を包み込むようにして展開している結界だそうだ」

「結界? 誰がそんな物を」

「恐らく水星の神でしょうね」


 そう言ったのはヴィーナスさんだ。


「水星の神? その人がこの戦艦を封じようとしているのですか? 何の為に?」

「大方人間達が素通りするのを快く思っていないのでしょうね」

「あるいは俺達と喧嘩をしたいかだ」


 マルスさんが剣を抜いてもう戦いたそうにしている。艦長はやんわりと宥めた。


「まあ、待ってくれ。俺達の目的は水星の神と争う事ではない。水星の神とは何者なのです?」

「ポセイドンよ」

「ポセイドン?」

「ポセイドンって地球の海の神様じゃなかったの?」

「地球の海も管理しているしこの水星も管理しているのよ」

「なるほど、そういう事でしたか」

「それで、わたし達はこれからどうすればいいんですか?」

「ふむ、すでにこの艦は結界に囚われているし下手に手を出すのは得策ではないな。しばらく様子を見よう」

「随分と消極的だな。こんな結界ぐらいすぐにぶっ壊せるだろうによ」

「マルス、彼らは慎重にゲームを進めてるのよ。ここはお手並み拝見とさせていただきましょう」


 船長の決断にマルスさんとヴィーナスさんが従ってわたし達も様子を見る事にする。水の結界に牽引されて船は水星に近づいていく。

 水星といえば太陽に最も近い惑星だ。目的地を前にしてここであまり時間を潰したくはないのだが……。


「おい、なんだあれは!」


 突然、誰かが叫んだ。見ると前方に大きな物体が浮いていた。


「あれは……船?」

「戦艦ですね」

「なんで、あんなものがここに?」

「分からないけど、とりあえず様子をみよう」


 それからしばらくして、その船がこちらに向かって飛んできた。


「攻撃してくるつもりかしら? この距離なら砲撃の届く範囲じゃないし、まだ大丈夫だと思うけど」

「そうですね、攻撃するつもりならもっと不意を打って仕掛けてくるはず……」

「なら、どうして? まさか話し合いに来たとか?」

「それこそありえないだろう。それにもしそうだとしても相手はかなり強引な手段で攻めてきたぞ。こっちはすでに結界に囚われて見ているだけで、向こうは問答無用だ」

「それはそうだけど、でもこのままだといずれぶつかるんじゃないの?」

「それもそうだな……」


 その時だった。突如として巨大な竜巻が発生した。


「きゃあああっ!!」

「うおおおっ!?」


 激しい突風に船体が大きく揺れる。わたし達は必死になって壁に捕まった。


「な、なんだよこれ!?」

「まるでハリケーンみたい……」

「ちづるちゃん! しっかり掴まって……」

「うん……」


 そして、暴風が収まると今度は嵐のように雨が降り始めた。


「ど、どういうこと!? 宇宙に雨が降るなんて」

「これは……水星の神の仕業か?」

「どうやら、ポセイドンは俺達の事をお気に召さないようだぜ」

「マルスさん、そんな呑気な……」

「ふっ……上等じゃないか。俺は戦う相手が強ければ強い程燃える男だからな」

「えー!?」

「ルナさん、あんまり驚かなくていいと思うよ。こういう人だし」

「まあね……」

「よし、行くぞお前ら。まずはあの戦艦を叩き落とすんだ」

「えっ、ちょっと待って下さい。今、戦闘になるともっと相手を怒らせてもっと酷い大嵐になるかもしれないですよ」


 何せポセイドンの神話は無学な雑用係のわたしでも知っているぐらいだ。この船があの話のように宇宙の海に沈められても困ってしまう。


「心配いらない。俺にはこの剣があるからな」

「いや、確かにマルスさんの武器は強力かもしれませんが、今は相手を沈めるより先にこの結界をどうにかしないと……」

「結界か……ならばこの剣の力を解放して一気に破壊しよう」

「そんな事できるんですか? いえ、そもそも剣の力でどうやって結界を破壊するつもりですか?」

「簡単だ。この剣で斬ればいい」

「はぁ?」

「さあ、来い。ポセイドン!」


 マルスさんは剣を構えるとそのまま船の外に飛び出した。


「ちょ、ちょっとマルスさん!?」


 慌てて後を追う。マルスさんはもう剣で結界を切り裂いていた。


「はやっ、っていうか、すごっ」

「フン、火星の神の力をもってすればこんな物だ。それにしてもこれがポセイドンの力なのか? 思ったより歯ごたえがないな」


 そこに神秘の光に包まれてヴィーナスさんがやってきた。


「もう、マルス。艦長さん達のゲームを邪魔しちゃ駄目じゃない」

「お前は分かっていたんじゃないのか? 相手がポセイドンじゃないって」

「まあね」

「え? 相手ポセイドンじゃないの!?」


 すっかりその気になっていたわたしは呆気に取られてしまう。


「どうやらポセイドンは私達の相手をしているほど暇じゃないようね。一度艦に戻りましょう」

 わたし達はヴィーナスさんに従って艦に戻る事にした。




 ブリッジに戻ると相手からの通信はすぐに入ってきた。


「どういうことですか、マルス。ポセイドン様の結界を破壊するなんて」

「マリナ、お前だったのか」


 相手は人魚の少女だった。


「人魚なんて初めて見ました」

「彼女はポセイドンの雑用係なのよ」

「雑用係言うな。あたしはポセイドン様にこの水星を任されているのよ」


 彼女の瞳が艦長を見る。艦長が代表して話を行った。


「それで、ポセイドンは今どこに?」

「ポセイドン様は今地球の海の事でお忙しいのよ。あなた達の造った超AIのせいで滅びかけているせいでね」

「それは申し訳ないことをした。我々は今地球を救う旅をしている。ここを通してもらいたい」

「駄目よ」

「駄目なのか?」

「人間を黙って通すなんてポセイドン様が許すはずないじゃない。ここを通りたかったら神に服従するか試練を受けてもらうわ」

「やっぱりあいつ斬るか」


 マルスさんが剣を抜こうとするのをヴィーナスさんが止める。艦長が返答を行った。


「分かった。それで我々は何をすればいい?」


 艦長の言葉を優柔不断と捉える事も出来るだろう。目的地の太陽を目前にしてもう無駄にできる時間はないのだ。

 だが、これこそが人間の選択なのだ。ヴィーナスさんは微笑む。

 艦長の返事にマリナちゃんも驚いたようだが、すぐに体勢を立て直して言ってきた。


「随分といさぎいい返事じゃない。強引に来るなら返してやってもよかったんだけど。あたし達はお互いに忙しくて時間がない。だから、勝負はシンプルに短くしてあげるわ。あなた達あたしのクイズに答えなさい」

「彼女きっとお留守番で退屈だったのね」

「クイズを考えるぐらいしかやる事が無かったんだな」

「もうヴィーナスとマルスは黙ってて。どう? 人間。あたしのクイズ受けるわよね?」

「受けてもいいが、条件がある」

「何よ」

「俺達が勝ったらここから先へ行くのはもちろん、俺達に水星の神への謁見の機会を与えてほしい」

「あなた達、ポセイドン様に会いたいの?」

「ああ、地球を救うには彼の力もきっと必要になるからな」

「ふーん、変わってるのね。まあいいわ。じゃあ、始めるわよ。第一問! 次の内、ポセイドン様がお作りになった惑星はどれ?」

「えっと……」

「誰か分かる人いる?」


 わたしは周囲を見る。手を上げたのは妖精ロボ子だ。


「はい、妖精ロボ子さん、どうぞ」

「火星」

「正解! どうして分かったの!?」

「AIがそう答えたので」

「AI!」


 その言葉にわたしもマリナちゃんも驚いてしまう。そう、AIは何も地球を脅かすだけの存在じゃないんだ。

 わたあめ君を生み出して助けてくれたし、こうしてクイズにも答えてくれる。

 マリナちゃんはしばらくぐぬぬと唸っていたが、すぐに気を取り直して指を突き付けてきた。


「まだ一問だけよ。雑用係は無駄に雑学だけはあるんだから覚悟することね。次はAIでも答えられない問題を出してやるんだから」

「雑用係……」


 ちょっとマリナちゃんに親近感が沸いてしまったがこの勝負にはこの旅の行く末がかかっている。わたしも答えられる問題は答えないと。


「第二問! 火星の衛星であるフォボスとダイモス。そのフォボスとダイモスはどちらが大きい?」

「うっ」


 わたしは思わず声を上げてしまう。火星の衛星の大きさなんて知らなかったからだ。

 二択なら当てずっぽうでも当たるかもしれないが、50パーセントの確率に地球の運命は掛けられない。

 これは思わぬ落とし穴のある問題だ。


「どうしたの? まさか分からないとか言わないでしょうね。おっとマルスは答えちゃ駄目よ。これは人間との勝負なんだから」

「ぐぬぬ……」


 マルスさんが悔しそうに唸る。どうしよう分からない。わたしもマリナちゃんと同じ雑用係なのにこうした知識がからっきし無い。

 落ち込むわたしの肩に艦長がそっと手を置いてくれる。


「気に病む事はない。お前は旅の間もよく働いてくれた。誰かさんみたいに暇じゃなかったんだから仕方がないさ」

「さあ、早く答えなさいよ。答えられなかったら無能なあなた達はゲームオーバーよ。ポセイドン様が帰ってくるまであたしの雑用係としてこきつかってやるわ」

「そんな、雑用係の雑用係なんて嫌です。艦長、答えはなんなんですか?」

「なるほど、分からん」

「艦長~~~」

「まったく、たかしは駄目ね」


 その時、手を上げたのはルナさんだ。彼女は自信満々に言ってくる。


「私に任せなさい」

「おお、流石はルナ。博識そうだもんな」

「ふふん、任せときなさい。私は宇宙の事なら何でも知っているわよ」

「へぇ、それは楽しみね。じゃあ、さっそく言ってみなさい。どっちが大きいのかしら?」

「簡単よ。答えはフォボスの方でしょ。フォボスの直系は22.2km、ダイモスの直系は12.6km。 だからフォボスの方が大きいのよ」

「正解、何で分かったの? 地球からここまでの旅で火星は通らなかったはずなのに」

「フッ、私達には積み上げてきた人類の叡智があるのよ」


 マリナちゃんは悔しがっている。わたしはただ凄いと思うばかりだ。自信たっぷりに答えたルナさんを美しいと思う。


「凄いです、ルナさん。正解を当てただけでなく大きさまで知っているなんて」

「ああ、それね。ググッたのよ」

「ググッ……!?」


 見るとルナさんの手には小さな端末がある。あれでググッたというのだろうか。つまり検索したと。

 沈黙するわたしにルナさんはそっと唇に人差し指を当ててみせる。

 ああ、そうですね。何か正解の雰囲気ですもんね。気を取り直したマリナちゃんはすぐに吠えてきた。


「ここまではよく頑張ったと褒めてあげるわ。でも、この三問目はそうはいかないわよ。何せ正解率0%の超難問なんだから」

「0%……」


 そのあまりの難易度の高さにわたしは絶句してしまう。隣でヴィーナスさんが静かに言う。


「マリナちゃん、その問題に答えた人って何人いるの?」

「うるさい。神は黙ってて。これは人間との勝負なんだから。いい? これはあたしのとっておきの秘密兵器なのよ。これに答えたら通してあげる。でも、間違ったらあなた達は一生あたしの召使いよ」

「何か負けた時の条件が厳しくなってない?」

「うるさいうるさい。ポセイドン様にも会わせてあげるんだからこれぐらい飲んでもらうわ。三問目!」


 マリナちゃんは問答無用でクイズを出してくる。これでわたし達の一生が決まってしまう。でも、みんながついているんだもの、きっと正解できるよね。

 そして、マリナちゃんが自信満々で出してきたクイズは……


「この世には何でもしまえちゃう不思議な能力があります。それは何でしょう? ふふん、難しすぎて頭抱えちゃうでしょう? 言っておくけど四次元的なポケットじゃないわよ。これは道具じゃなくて能力なんだから。洗濯物を綺麗に畳める能力とかでもないわよ。これは本当に何でもしまえちゃうんだから」

「あ、それわたし分かります。スキル『収納』です」

「んぎゃふううう!」


 マリナちゃんは満塁ホームランを打たれたピッチャーのようにひっくり返ってしまう。


「……」

「……」

「……あの、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫なわけあるかぁ! 何なのよあんたは! どうして分かるのよ!?」

「えっと、だってわたしそれ使えますし」


 マリナちゃんの前で軽くスキル『収納』を披露してみせる。マリナちゃんは号泣した。


「使えるってなんなのよぉおおお!」

「えっと……雑用係のたしなみ……みたいな?」

「とにかく俺達が勝った。ポセイドンとの謁見を取り次いでもらうぞ」

「フン、来たかったら勝手にくればいいでしょう」


 マリナちゃんの戦艦が水星へ向かっていく。わたし達も後をついていった。

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