第7話 古の伝承

「ところでルナさんはこの宇宙が真っ黒になっていく現象の原因って何だと思います? 艦長は分からないって言ってましたけど」

「それは……」


 彼女が言いかけたその時、艦内放送が流れる。


『緊急事態発生! 本艦は何者かの襲撃を受けています!』

「また何か来た!」

「行こう!」


 わたし達は一斉に立ち上がった。




 艦を襲った謎の襲撃者はわたし達が艦橋に行く前にすでに撃退されていた。しかし、一体誰が……。


「敵は倒した」

「ありがとうございます。助かりました」


 妖精ロボ子は礼を言う。すると歴戦の戦士のように風格のある彼は言った。


「なあに、礼を言われる程のことじゃないさ」

「でも、どうして助けてくれたんですか?」

「困っている人を助けるのは当然のことだからな」

「ありがとうございます!」


 妖精ロボ子は頭を下げた。わたし達もつられて下げておく。


「あの、よろしかったらお名前を教えていただけませんでしょうか?」

「俺の名前は……、えっと、あれ?」

「どうしました?」

「名前が思い出せない」

「え?」

「記憶喪失になったみたいで……」

「えぇっ!」

「まあ、そのうち思い出せると思うから大丈夫さ」

「そうですか……」

「それより君達はここで何をしてたんだ?」

「わたし達は……」


 どう説明しようか迷っているうちに妖精ロボ子が説明してくれた。頼りになる仲間である。

 彼女の説明を聞いた後、


「なるほどな……」


 と彼はつぶやく。


「君達の目的は太陽にあるのか」

「ええ、そうです」

「太陽ねぇ……」

「何かご存知ですか?」

「うーん……」


 彼は腕組みをして考え込んだ。


「あの、もしよかったら教えてもらえないですか。太陽の事」

「分かった。俺で良ければ話そう」

「ありがとうございます」


 わたしは彼にお辞儀をした。

 それから記憶喪失の男は語り始める。名前が無いのも不便だからタロウでいいかと提案したがカイザーにしてくれと言われた。

 というわけでカイザーと呼ばれるようになった男は記憶喪失だったが何もかも忘れたわけではないようだった。宇宙の知識を教えてくれた。


「まず最初に伝えておくことがある。これから話すことはこの世界の秘密でもある。つまり、秘密を知った以上もう引き返すことはできない。それでも聞くかい?」

「はい」


 わたしは即答した。艦長やみんなも頷いた。


「じゃあ、教えるよ。この世界の真実を……」


 そうして語られ始める神話をみんなが真面目に拝聴した。


「この世界にはかつて高度な文明が存在した。その科学力によって人類はあらゆる問題を解決してきた。しかし、ある時を境に人類の科学技術は大きく進歩した。それは宇宙への進出のためだ。人類は新たな星を見つけ、そこに新しい国を作った。それが地球連邦の前身となる国家だ」

「じゃあ、それが宇宙人なんですね」


 わたしが艦長とルナさんを見ると気まずそうに目を逸らされた。カイザーさんの説明は続く。


「ああ、そうだ。だが、その国は滅びてしまった」

「え?」

「その国の名はアガルタ。そして、この戦艦はその国の遺産だ」

「そんな……」

「この戦艦には強力な兵器が搭載されている。この船にはある特殊な機能が備わっていた。それは時間移動能力だ」

「時間移動?」

「ああ、この船は過去へ飛ぶことができる。そして未来へ行くこともできる」「え? どういう事ですか?」

「この船が過去に飛んだ時、この世界は今とは違う歴史を歩んでいる」

「別の歴史?」

「この世界では人類は宇宙に進出せず、代わりに恐竜がいた」

「恐竜?」

「ああ、恐竜だ。そして、この艦に積まれている武器は恐竜を絶滅させた武器だ」

「まさか……」

「そうだ。隕石落としだよ」

「それって……」

「そう、この艦に搭載されているのは原子爆弾だ」

「原爆……」

「そう、原子爆弾。これが全ての元凶なんだ」

「…………」


 わたしは何も言えなかった。あまりにも衝撃的な事実を前に言葉が出てこなかったのだ。


「原子爆弾の威力は凄まじかった。たった一発で大陸を焦土に変えた。人類は一瞬にして絶滅したかに見えた。しかし、奇跡的に生き残った人々もいた。彼らは地下にシェルターを作り、そこで生活を始めた。しかし、それも長くは続かなかった。ある日、彼らのもとにロボットが現れた。彼らはこれを神の使いだと信じた。それからロボット達は人類のために様々な事をしてくれた。食料生産プラントの建設、医療設備の整備、教育システムの構築。そして、宇宙への旅。ロボット達の協力により人類はまた繁栄を取り戻した。しかし、それも束の間、今度は空から大量の爆弾が落ちてきた。ロボット達は必死になって守ろうとしたが、ついに全滅してしまった。人々は地下へと逃げたが、やがて放射能の影響で次々と死んでいった。こうして、人類は滅亡した。残されたのはこの艦だけだ。この艦だけが今も稼働し続けている」

「……」


 わたし達は黙って聞いていたが、カイザーさんの話が終わる前に艦長が口を開いた。


「ちょっと待ってください」

「何だい?」

「あなたが言っていることが本当なら、どうして俺達の先祖は生き残ってるんですか?」

「それは……」


 彼は言い淀んだ。


「それは俺にも分からない」

「分からない?」

「俺は神だからね。神は人間じゃない。神に人間を理解することは不可能なんだよ」

「そうか……」

「ただ一つ言えることは、この艦だけはずっと動き続けていたということだ」

「なるほど」

「まあ、そういうわけで俺の知っている事はここまでだ。何か質問はあるかな?」

「あの、もう一ついいですか?」

「いいよ」

「その……、あなた神なんですか?」

「あ……」

「やっぱりそうなんだ」

「しまった……」

「あの、どうして神様がこんな所に?」

「うーん……」

「もしかして、お腹が痛くてトイレに行きたくなって、それでトイレを探していて偶然ここに来たとか?」

「え?」

「違います?」

「違うよ!」

「じゃあ、一体どうしてここに?」

「うーん……」

「もしかして、UFOにさらわれて来たんじゃないでしょうね」

「そんなヘマをこの俺がする訳ないだろ!」

「じゃあ、どうして?」

「えっと……」

「正直に言ってください」

「実は……」

「はい」

「君達が心配だったからだ」

「え?」

「俺のいた世界で君は死んだことになっている。でも、本当は死ななかった。だから、もしかすると君はまだ生きているかもしれないと思って探しにきた」

「そうだったんですか……。ごめんなさい。わたしのせいで大変なことに巻き込んでしまって」

「いいや、いいさ。君を助けられてよかったよ。ところで……」

「何ですか?」

「俺の事、信じてくれるかい?」

「もちろんです」

「ありがとう。俺の本当の名前は火星の神マルスだ」

「火星……わたし達の目指しているのとは正反対の方角ですね」

「本当は寂しくなって追いかけてきたんじゃ……」

「うるせえよ。いちいちくだらない詮索してるんじゃねえよ」


 艦橋が笑いに包まれる。ひとしきり笑い終わってからカイザーさん……いや本当の名前はマルスさんか。彼は改めて言った。


「それともう一ついいかい?」

「何ですか?」

「この戦艦で地球に帰らないかい? もう、火星の神がいるんだから太陽の力なんて必要ないだろう?」

「いいですね! 艦長どうします?」

「俺は別に構わないぜ」

「じゃあ、決まりですね」

「駄目よ。駄目駄目」


 そこでストップを掛けてきたのはルナさんだった。


「え? どうしてですか?」

「この艦は地球の磁場と太陽の力で動いているの。だから、もし、地球に戻れば二度と動けなくなるわ」

「え? どういうことですか?」

「つまり、この艦は一度大気圏を突破すれば二度と元の場所に帰れなくなってしまうということよ」

「真の力を解放すれば話は別だが、この艦の全ての機能を解放するにはどうしても太陽の近くに行く必要があるんだ」


 艦長……それなのにさっき帰っても構わないと言ったのか。マルスさんを信頼しているのかもしれないが、あまり知らない神の力をあてにするのもどうかと思う。

 わたしもつい帰りたいと言ってしまったので人の事は言えないが。


「そ、それは困りましたね」

「それに……」


 ルナさんは言葉を詰まらせた。


「いえ、何でもないわ」

「?」

「それより、あなた達にはやって欲しいことがあるの」

「何でしょうか?」

「この艦を太陽系の外へ連れていって欲しいの」

「太陽系の外にですか?」

「ええ、そうよ。この戦艦イスカンダルは滅んだわたし達の文明の名残。地球に残しておくよりは……いずれこの艦は燃料切れで停止することになる。地球の磁場が届かない場所まで行けば再び目覚める事はないわ。だから、あなた達にはこの艦に乗っている他のロボット達と協力してこの艦をどこか遠くで眠らせて欲しいの」

「分かりました。でも、それはこの事件が片付いてからの話ですよね」

「それはどうかしら?」


 ルナさんはわたし達に銃を突きつけた。

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