第6話 月面基地の副指令

「ん……」


 わたしは目が覚めた。辺りを見ると妖精ロボ子とちづるちゃんはまだ眠っているようだ。


(なんか懐かしい夢を見た気がする。もう地球が恋しくなったのだろうか)


 わたしは起き上がって伸びをした。この旅はまだまだ長い。今日も雑用係の仕事が待っている。

 そう思っていると部屋の扉が開く音が聞こえてくる。誰かが入ってきたようだ。

 わたしは後ろを振り向いた。


「あ、花子。起きたのだな」

「艦長? なんでここに……」

「実はな……」


 艦長は事情を説明した。これから旅はさらに過酷になるだろうから、これからもちづるの面倒を見て欲しいと。


「そういう訳で、しばらくちづるを預かって欲しいんだ」

「はい、それは別に構いませんけど……」


 わたしはベッドに腰かける。

 艦長はいろいろと忙しいだろうから子供の面倒を見るぐらいはやぶさかではないが……


「それで……、あの、わたしも……」

「どうした? 何か言いたい事があるのか?」


 わたしは思わず口ごもる。


「いえ、なんでもないです」

「そうか、まあいい。とにかく頼んだよ」


 そう言うと艦長は部屋を出て行った。


「わたしも……、か……」


 わたしはため息をつく。


「はあ……」


 わたしは天井を見上げた。


「艦長はみんなの艦長だもの。雑用係が頼み事をするわけにもいかないよね……え?」


 なぜかわたしは、ある事に気がついた。


「ねえ、ちづるちゃん」


 わたしはちづるちゃんに声をかけた。


「なに?」


 ちづるちゃんは艦長が来て目を覚ましたようだった。まだ眠たそうにしながら首を傾げる。


「今って西暦何年だっけ?」

「いきなりどうしたの?」

「いいから教えて」


 ちづるちゃんは腕を組んで考え込んだ。


「えっと……、確か2030年のはず……」

「じゃあさ、その前は?」

「前っていつの事?」

「西暦2000年より前の事だよ」


 ちづるちゃんは再び考え込む。


「うーん……」


 彼女は眉を寄せて考えていたが、やがてハッとした顔をして言った。


「そうだ! 確か1999年に世界が滅ぶとかなんとか……」

「それ、本当?」

「ううん、嘘だと思う。だってあたしが生まれてすらいないもん」

「そっか」


 やっぱりね……。


「それがどうかしたの?」

「ううん、何でも無いよ」


 そう、そんなことありえない。きっと艦長の冗談だよね。

 わたしは窓の外を見る。


「あれ?」


 宇宙は真っ黒に塗りつぶされていた。




「どういうことだ!?」


 艦長はモニターを見ながら叫んだ。


「これは……」


 通信士の女の子が困惑した声を上げる。


「まさか本当に……」

「くっ……」


 艦長の胸の中に不安が広がる。


「花子……」


 みんなはただ呆然と画面を眺めていた。




「花子!」


 わたしがちづるちゃんと妖精ロボ子と一緒に艦橋に行くといきなり艦長に呼ばれたものだからびっくりしてしまった。


「はい! この雑用係に何の御用でしょうか」

「これを見ろ」


 そこにはやはり真っ黒になっていく宇宙。何が起こっているのだろうか。


「なんですかこれ」

「分からん」

「どうしてこんな事が……」

「それは俺にも分からない」

「そんなことって……」

「だが、このままだと地球が危ない。超AIの暴走で滅ぶよりも早く危機が訪れたのだ」

「え……」


 わたしは妖精ロボ子に視線を向ける。しかし彼女もまた無言のまま立ち尽くしていた。


「とにかく花子にはちづるの護衛を頼みたい」

「護衛って……」

「頼めるな?」

「でも、わたしは……」

「大丈夫。君なら出来るさ」

「……」


 わたしは唇を噛む。


「分かりました」

「ありがとう」

「お礼なんて言わないでください。当たり前のことですから」

「ああ」


 わたし達は黙ったまま、宇宙を見つめた。




 わたし達はリビングルームへと集まった。


「これからどうなるんでしょうね」


 ちづるちゃんが心配そうな顔で言う。


「分からないわ……」

「……」


 わたしはソファーに座ってうつむいていた。すると艦長が部屋に入ってくる。


「全員揃ったようだな」


 わたしは艦長に向かって質問する。


「あの、ここはどの辺りなんですか?」

「俺達は太陽を目指している。ここはまだ地球と金星の間ぐらいだな」

「目的地はまだまだ遠いですね」

「お前達にはそろそろ話しておこうと思うんだ。実は俺は人間じゃないんだ」

「え? じゃあ一体……」

「俺は……」


 艦長が説明しようとした時、部屋の扉が開かれた。


「あら? お客さんかしら?」


 そこに立っていたのは、美しい女性だった。長い髪に整った顔。そして大きな胸が目を引く。


「初めまして。私は月面基地の副司令です」

「あ、どうも。俺は……」


 艦長に続いて、わたしは慌てて立ち上がる。


「あの、わたしは……」

「あなたは確か……」


 彼女はわたしの顔を見て少し驚いたような表情をする。


「えっと、どこかで会ったことがありますか?」

「いえ、その……」


 わたしはどう答えればいいのか分からず戸惑ってしまった。


「なんでもありません。ただの雑用係です」

「そうですか……」

「それよりも月面基地の副司令がなぜここへ?」

「実は大事な話が……」

「分かっていますよ。みなまで言わなくても」

「え?」

「あなたの事は知っていましたから」


 みんなは艦長の顔を覗き込む。


「知っていたって……、まさか……」

「ああ、そうだ」


 艦長はゆっくりと口を開いた。


「この人は俺の姉貴なんだ」




 それからしばらくの間、わたし達の会話はほとんどなかった。


「ふぅ……」


 副司令がため息をつく。


「それで、状況は?」

「あまり良くない」

「そうですか……」


 彼女は再び大きくため息をついた。月面基地の副指令、彼女の名前はルナというらしい。この度この艦の副長となった。

 雑用係のわたしには上の事なんて分からないけど、それだけこの旅が大変なのだろうという予感はしていた。


「ねえ、艦長のお姉さん」


 ちづるちゃんが声をかける。


「なに?」

「あなたは何者なんですか?」


 彼女は微笑を浮かべた。わたしにはわけが分からなかった。艦長のお姉さんならちづるちゃんにとってもお姉さんではないのだろうか。

 それに艦長が自分は人間ではないと言っていたのも気になっていた。ルナさんは微笑を浮かべたまま言う。


「そうね……、強いて言うなら……」

「いうなら?」

「宇宙人よ」

「「え!?」」


 わたしはちづるちゃんと一緒に声を上げた。


「宇宙人?」

「うん」

「本当に?」

「本当だよ」

「どうして地球に?」

「まあ、色々あってね」

「それってもしかして……」

「おっと、それ以上詮索しないでもらえるかな。俺達は地球人じゃないからね」

「あっ……」

「いいのよ別に気にしなくて」

「はい……」


 何だか無理やり納得させられてしまったが、確かに今は地球人とかどこ生まれとか気にしている場合ではないと思う。

 今気にするべきは宇宙で起こっているこの現象だろう。まさか超AIの暴走で滅ぶよりも早く地球に危機が訪れるとは。

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