第8話 ルナさんとの対決

「うっ……」

「まだ分からないの? 私達宇宙人にとっては地球の事なんてどうでもいいの」

「超AIの暴走によって滅びようとしているのよ」

「お姉ちゃんの星のように人間がいなくなっちゃうかもしれないんだよ」


 妹であるちづるちゃんの言葉にもルナさんは耳を貸そうとしない。ただ冷笑するだけだ。


「どうでもいいのよ。私はただこの戦艦を残しておくわけにはいかない。きっと悲劇が生まれるから。こんな物がまだ残っていたなんて驚いたわ。でも、こうして乗れて良かった」

「……」

「さあ、あなた達は黙って言うことを聞けばいいのよ。そうすれば命だけは助けてあげる」

「くそ!」

「待って!」


 わたし達は飛び出そうとしたが、それを止めたのはちづるちゃんだった。


「どうしたの?」

「あの、一つだけ聞きたいんですけど……」

「何かしら?」

「どうしてお姉ちゃんはこんな事をするんですか?」

「それは……みんなを守るためよ」

「本当にそれだけなんですか?」

「どういう意味かしら?」

「だって、おかしいじゃないですか。あたし達の旅が成功しないと多くの人が死ぬんですよ」

「人はそんなに弱くはないわ。こんな戦艦が無くても滅びかけてもきっと立ち直れる」

「あたしには出来る事があるのに見過ごすなんてそんな事できないよ!」


 ちづるちゃんは魔法少女に変身する。そして、決意を込めた眼差しとなってステッキをルナさんに向けた。ルナさんの顔色が変わった。


「あなたは……たまたまたかしがどこかから拾ってきただけの子供のくせにこの私に逆らうの?」


 たかしって誰だろうとわたしは考えてそういえば艦長の名前だったと思いだす。ずっと艦長と呼んでいるとつい忘れてしまうね。

 ルナさんの気迫にちづるちゃんは一歩も退かなかった。


「お兄ちゃんはこんなあたしにも良くしてくれた。だからあたしはお姉ちゃんとだって戦えるんだ」

「そう……」


 ルナさんは目を閉じた。


「なら、仕方ないわね」

「え?」


 次の瞬間、ルナさんの姿が消えた。わたし達が驚いて辺りを見回すといつの間にか彼女の姿はちづるちゃんの隣にあった。


「きゃあっ!?」

「いい子だと思ったんだけどね。残念だわ」

「ルナさん! 一体何を?」

「こうするしかないのよ」

「何ですって?」

「この戦艦がある限り、あなた達の行動は全てAIに監視されている。それはつまり、この艦が太陽に近づく程にあなた達の命の危険が高まるという事でもあるのよ」

「……」

「だから、この艦を太陽系の外へ持っていく。敵の支配権を離れるの。地球なんて放っておけばいい。それが一番安全な方法よ」

「……」

「さあ、分かったでしょう? なら素直に言う事を聞きなさい」

「……」

「どうしたの? 早く変身を解きなさい」


 ルナさんは微笑んだまま動かない。ちづるちゃんも動かずにいる。仕方ないか。わたしはスキル『収納』でルナさんの銃をしまった。

 自分の手から突然銃が消えてさすがのルナさんも驚いたようだ。だが、ちづるちゃんは知っていた。前に彼女の手からダイヤのキングを奪ったのはわたしだもんね。


「これであなたの武器はなくなったね」

「……そうね」

「じゃあ、もうこんな事止めてくれるよね」

「どうして私がそんな事をする必要があるのかしら?」


 ルナさんの手にはまだナイフがある。これ以上はさすがにちづるちゃんが可哀想だ。


「もうやめましょうよ。ルナさん」

「どうして?」

「どうしてって、このままじゃちづるちゃんまで傷つけちゃうじゃないですか」

「……」

「それに、わたし達はあなたを止めたいんです。この艦を太陽系の外へ持って行くのは反対です」

「どうして?」

「この艦はAIに監視されているんでしょう?」

「そうよ」

「それって、この艦が太陽の近くで止まったらAIは艦が太陽の熱で溶けたと勘違いしませんかね?」

「……」

「もし、太陽系の外まで艦を持っていくのであればAIの監視から外れている場所まで行かないと駄目だと思うんです。でも、わたし達にはそんな時間も余裕もない。それに何よりも地球を救うにはこの艦の真の力がどうしても必要になる」

「……」

「だから、ここは一旦引いて別の方法でこの艦を止める方法を考えた方がいいと思います」

「……」

「どうですか? わたし達の話を聞いてくれますか?」

「……」


 ルナさんは無言のまま俯いている。どうしよう?  説得に失敗したかな?

 わたしが不安になり始めた時、彼女は顔を上げた。その表情には先程までの冷笑ではなく何かを決意したような強い意志が現れていた。


「あなた達の言いたい事は良く分かったわ。確かに、地球をそのままにしておけないというのはわたしも同じよ。でもね、あなた達に選択の余地はないのよ。私にはあなた達を殺す事もできるのよ」

「でも、あなたはそうしない。あなたは優しい人だからね」

「……」

「あなたは誰かを傷つける事を嫌がる。だから、あなたはこの戦艦を制御不能にすればいいと思っている」

「違うかしら?」

「違います」

「じゃあ、どうするというの?」

「それは……」

「ねえ、ルナさん。どうしてそんなに焦っているんですか?」

「……え?」

「ルナさんは、この艦に乗れた事が本当は嬉しいんですよね?」

「……」


 ルナさんは黙った。


「だってここにはあなたの弟の艦長や妹のちづるちゃんがいる。あなたは今の自分が正しいと信じ込んでいる。でも、本当は間違っているかもしれない。でも、他の事なんて目に入らないし考える暇も無い。だから、本当は頼りたくてきたんじゃないですか? 自分の家族を」

「そんな事……無いわよ」


 ルナさんは目をそらす。


「嘘ですね。あなたはきっと艦長の乗ったこの戦艦をずっと見守ってきた。そして、この戦艦がいつか暴走する日が来るのではないかと恐れ続けていた。そうでしょう? あなたは艦長が帰ってくるのを待っていた。しかし、もう時間が無かった。太陽までの長い旅も超AIに侵略されていく地球ももう待てる猶予を与えてくれなかった。あなたはみんなで今の状況を改善し、考えを改める事を願っていた。だってちづるちゃんのお姉さんが彼女を不幸にさせる事を選ぶはずがないもの。きっとあなたは艦長にこの戦艦の本当の姿を見せたかったのでしょう。艦長がこの艦に乗っていて嬉しくて仕方なかったのでしょう」

「違うわ!」


 ルナさんの否定の声は震えていた。


「ここはそんな優しい世界ではないのよ。私はただ望んだ事を叶えようとしただけ。私達の星を滅ぼした超兵器なんて絶対にあってはいけないもの。それがたとえ今の地球を救うのに必要な物でも」

「そんな事ありません!」

「あなたに何が分かるというの?」

「分かります! だって、わたしもあなたと同じ気持ちだったから」

「え?」

「わたしは地球を守る為にこの艦に乗った。地球が滅びたら元も子もないのは分かっています。でも、それでも、地球を救いたいと思ったから。だから、地球を救えるのならどんな手段も厭わないと決めました。わたしは地球の人達を信じています。地球を滅ぼそうとする力に負けないくらいの強い力を彼らは持っていると。だから、わたしは地球を救いたい。わたし達が信じた地球人の力を信じる。そう決めたんです」

「でも、この艦の力なら超AIを滅ぼすだけでは終わらない。地球その物を終わらせる可能性だってあるのよ」

「あなたの星のようにですか?」

「そうよ。分かっているならどうして?」

「わたしはそれほど人を信用していないからです。艦長もみんなもAIのように指示通りには動いてくれない。みんな自分の意思で動いているんです。だから分からない未来を選ぶ事もあるかもしれない。わたし達の事を決まった未来へ進む生き物だと自分達の道具として見ているのはAIだけです」

「……そんな事は無いわ」


 ルナさんは俯きながら呟く。


「そんな事あります。現にあなたはわたし達の話を聞こうともしなかった。でも今、こうして聞いてくれているじゃないですか」

「そうね……。でも、ごめんなさい。もう引き返せない所まで来てしまったのよ。わたしはあなた達を殺さなくちゃいけない」

「どうして?」

「そうしなければこの艦を止められない」

「でも、ルナさんがこの艦を止めても結局超AIに地球は侵略されるのでしょう?」

「そうだけど……」

「それならば、ルナさんにはAIと戦って欲しいです。やり方が正しいのか、間違っているのかはこれからわたし達で判断します。わたし達は地球を救う為にAIと戦う。あなたは地球を救う為にこの艦を止める。それでいいと思うんですけど」

「……」

「安心しろ、艦の暴走など艦長のこの俺がさせん」

「たかし……」

「お姉ちゃんはもっと人を信頼してよ。月面基地の副指令だったんでしょ」

「ちづる……」

「火星の神マルスがついでに地球も守ってやるぜ」

「マルス……」

「そろそろお茶の時間にしませんか? 話が難しくて混乱してきました」

「妖精ロボ子……」

「ここにはみんながついている。だから、正しい未来もきっと選べるよ」

「雑用係で収納スキル持ちの花子さん……だっけ? 」

「何でわたしだけ疑問形?」

「雑用係の名前なんて覚えてられんか」

「艦長……」

「まあ、こんな感じでみんなで頑張ってみよう」

「……分かったわ」


 ルナさんが微笑む。


「ありがとう、みんな」


 彼女はわたし達に頭を下げた。


「うふふ、やっとルナさんが笑ってくれましたね」

「え?」

「だって、ルナさんずっと暗い顔をしていたから。でも、今は笑っている。わたしはルナさんには笑顔が一番似合うと思います」

「……」


 ルナさんは黙ったまま、少し頬を赤らめていた。

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