第46話 梅雨
(え、何が起こった…?)
明楽は自分の身に起きたことを理解できずにいた。
(え、…え??)
驚きのあまり体が動かない。だが唇に感じる熱が現実であることだけは段々と認識することが出来た。
「……!」
唇にかけられた圧がなくなったと思ったら、そのまま抱きしめられた。雨音をかき消すように相手の鼓動が太鼓のように激しく聞こえる。
「先…輩…?」
「ごめん。」
先輩の抱きしめる力が強くなる。
「…もう少し、このままにさせてくれ。」
「…はい……。」
抵抗できなかった。瀬戸さんが好きなはずなのに。
雨は止む気配はなく、ざぁざぁと振り続けている。
どれほどこうしていただろう、未だに先輩からは激しい鼓動が聞こえてくる。
「…楓を好きなのはわかってる。でも、どうしても…諦めたくない。」
諦めたくない…?先輩は好きな人が居るんじゃなかったのか?
「そ、その…山路さんと別れる原因になったのって…?」
「ほんとに鈍いな。好きでもないやつにキスすると思うか?」
「…っ。」
「俺が好きなのは、明楽だよ。」
***
「……。」
楓はまるで足に根が生えたように動けなくなってしまった。
(逸と、石井くん…。)
屋根のついたベンチで二人は仲良く腰掛け、飲み物を飲んでいた。親しい先輩と後輩ならば珍しくない姿だ。
しかしただの先輩後輩では起こりえない事が、直後に起こったのだ。
(…逸は、やっぱり石井くんが好きだったんだ。)
いとこがゲイであることは随分前から知っていた。だから自分も男性のふりをして、同じ目線に立ちたかった。興味のなかったバスケを必死に勉強し、逸と1on1を楽しめるまでになった。身長の高さを活かし、メンズファッションを極めんと手当たり次第に雑誌を読み漁った。少しでも女性らしさをなくせるようにと、さらしを巻いて胸をつぶし、低い声が出るようにとボイストレーニングを独学でやってみたりもした。
翔琉と別れたと聞いたとき、もしかしたらと希望を抱いた。でもいくら男性の格好をしても、結局女であることに変わりない。
(いくら努力をしても、本物の男性には敵いっこないんだ。)
今までの努力が全て無駄だったと思い知らされた。
楓は地面に張り付いていた足を引きずるように、その場から立ち去った。
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