第38話 進歩

 翌日にはすっかり体調は元に戻っていた。ベッドから降りてカーテンを開けると、空は厚い雲に覆われていた。

「梅雨入りかな。」

 いつもどおり顔を洗って、母の作ってくれた朝食を食べた。

「もう体調はいいの?」

「うん、もう元気。」

「芽久美ちゃん、心配してたわよ。」

「うん…。」

 昨日、芽久美は「もう試すようなことはしない」と言っていた。

(…今日から今までの関係とは違うんだよな。)

 ホッとしたような、寂しいような。

 身支度を整え、芽久美の家に向かった。


「おはよ!」

「…おはよ。」

 家につくと既に芽久美は支度を終えており、玄関先で俺を待っていた。

「早いな。」

「うん、もう明楽に甘えるのは辞める。」

 早起きが苦手な彼女だが、頑張って起きたのだろう。目の下には薄っすらクマができていた。

「今日から梅雨入りだって。」

「やっぱりかぁ。嫌んなるよな、髪のセットが決まらない。」

 思いの外気まずさはなく、でもいつものような小突き合いがあるわけでもない。以前と違う関係だが、居心地は悪くなかった。

「そう言えば昨日、”他にもいろんな人が居るのに”ってお前言ってたけど…。俺が居ないうちになんかあった?」

「内緒。」

「なんだよ、気になるなぁ。」

「私も大人になったってことだよ♬」

 芽久美はふふっと笑ってバス停まで少し走った。


 いつもより早い登校だからか、バスに乗り込むと瀬戸さんが居た。

「おはよ。」

「お、おはよ…!」

「今日は二人共早いんだね。」

「芽久美が早起きできたから。」

「これからはこの時間に起きれると思う〜。」

「マジ!?」

 まさかの発言に思わず驚いてしまった。

「何よ、起きちゃマズい?」

「いや全然…むしろ助かる。」

「あはは。石井くんが西原さんをいつも迎えに行ってる感じ?」

「うん、朝食も俺が用意してた。」

「朝食も!?なんだかお母さんみたいだね(笑)」

「それも今日で卒業ですー。」

「そう言えば、今朝の朝食どうしたんだよ?」

「自分で用意した。」

「えぇ!?」

 芽久美は生まれてこの方、調理実習以外で料理をしたことがない。

「な、何食べたんだ…?」

「フレンチトースト。…作り方分からなくて、ただの卵をまとったパンになっちゃったけど。」

 早起きだけでも驚きなのに、朝食まで作るとは。俺は驚きが止まらなかった。

「…瀬戸さん、今日槍降ると思うから気をつけて。」

「またそんなこと言って!」

「あはは。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る